あなたのためなら、何回だって
本格的に魔王討伐を目標としてからは、とにかく色んなクエストを受けまくった。
私でも倒せそうな弱い敵から、神作に合わせた経験値を多く得られる敵、たまの気分転換に素材集めから武器収集。内容は選ばず受けに受けて、一ヶ月。
「っぷはぁー……クエスト終わりに飲むビールおいしい!」
「……旦那様に怒られそうな光景が毎日続いていて、そろそろ胃が痛いです」
すっかり異世界に馴染んでお酒を楽しむ私の隣で、神作は額を押さえていた。
「李瑠様……飲みすぎは体に毒です。少し控えた方が…」
「このくらい大丈夫!それよりも、ほらほら。神作も飲んで。ビールは一気に飲むのがおいしいんだよ!」
「うわぁー……典型的なアルハラ。そして発言がもう酒乱。旦那様、安易にお酒を勧めてしまった愚かな私をどうかお許しください」
異世界にはいない相手に向かって、祈るように謝罪するノリの悪い神作は放置で、ため息が漏れそうになる口にお酒を注ぎ込んだ。
苦い味も、今では嫌いじゃない。そもそも酔ってくるとお酒の味なんてどうだって良くなってくるからあんまり関係なかった。
クエストに行っては飲んで、気絶するように寝ては起きて、またクエストに出向く。終わりの見えない繰り返しの毎日に、当初の目的を忘れるほど私は酒に溺れていた。
しっかり意識がある状態で帰っても、何も間違いが起こらない神作との関係にヤキモキして、欲求不満が溜まるだけ。それなら、もう何がなんだか分からない状態でぐっすり眠りに落ちた方が良い。
「……李瑠様」
それなのに、当の本人は知ってか知らずか、私の手に自分の手を重ねて飲酒を止めてくる。
触れても平然とできる人は良いよね、とやさぐれた気持ちで悪態をつきそうになって、唇を締めた。神作が止めるのは正しい、今日の私は明らかに飲みすぎてる。
「帰りましょう」
「……うん」
「クエスト続きの生活も、今日で終わりです。明日からは、最後の情報収集にホーキンズへ向かいましょう」
「ホーキンズ?」
「はい。温泉にも入って、体を癒やしたら……いよいよ魔王城へ向かいます」
欲求不満もいよいよ限界に近づいてきた頃、ようやく準備期間を終えたことを告げられた。
「一晩で片付ける予定です、ここからは早いですよ」
「ほんと?」
「はい。なので今日と、ホーキンズに着いてからはできるだけゆっくり過ごしましょう、心の準備も兼ねて」
「うん!」
そうと決まればさっそく家に帰ろう、とほとんど抱きつく形で神作の腕に引っついて、そんな私を受け止めてくれた手に支えられながら帰路に着いた。
ダミアンの家を貰ってからというもの、広いから部屋は別々だったんだけど、その日はここで過ごすのも最後になるかもしれないからか同じベッドで寝てくれた。
お風呂にも一緒に入ってくれたし、今日の神作はなんだかいつもより優しい。
「魔王倒したら、結婚しようね!」
毛布の中、抱きつきながら見上げて言ったら、眉は下がって目は細まって……困ったようにも見える微笑みを返された。
あ、そっか。今はまだ返事できないんだっけ。
約束を思い出して、唇を閉じた。そこへ、そっと親指の腹が当てられる。
「わ……神作、熱いね」
じんわりと汗ばんでいる手を握って、頬にピトリと押し当てた。
どうしてか辛そうに瞼を伏せた彼女は小さく震えた息を吐き出して、まるで精神統一をするみたいな動作を見せる。
「なんだか、気持ちが昂ぶっていて……申し訳ありません」
「もしかして……神作も欲求不満?」
これはチャンス?と思う前に、呆気なく首を横に振られてしまった。
「いえ。魔王へ挑む恐怖心や不安からです。もし負けたらと思うと……どうにも心が落ち着きを失くしてしまって」
「死んでも生き返るんだから良いじゃない」
「そういう問題ではありません。……仮に生き返ったとしても、もう目の前で李瑠様が死ぬところを見たくないのです」
その気持ちは、痛いほどに分かる。私も、神作が死ぬところなんて二度と見たくない。
目覚めなかったらどうしようと怯えて待つのも、いずれ起きると分かっていても言いようのない恐怖に襲われるから嫌いだ。
「李瑠様の衣服には全て、強力なガード魔法を付与しております。魔王の攻撃でさえ弾き返せると、頭では理解しているのに、怖いのです」
次第に、触れる手の体温が失われていく。
青ざめる一歩手前の顔色をした神作の表情はだんだんと沈んで、そのうち瞳には涙が滲み出した。
「魔法が発動しなかったらどうしよう、李瑠様の体を刃が、魔法が貫いてしまったら……と。考えるだけで耐えられない」
こんなにも感情的に、余裕なく声を震わせる神作を見られることは、そうそうない。これまでの人生でも、ほんの数回にも満たない程度だ。
それほど彼女の感情を揺さぶっているんだという喜びと申し訳なさが心の中でせめぎ合って、無意識のうちに頬へと手を伸ばしていた。
自制の効かない体は勝手に動いて、赤い熱を持つ唇を奪う。
驚いて目を見開いた神作だったけど、すぐ体を脱力させて私からのキスを受け入れてくれた。
「……私、神作のためなら何回だって死ねるよ」
頬を両手で包み込んで、真っ直ぐに見つめる。情けないくらい潤んだ瞳は、戸惑いに揺れていた。
「だから大丈夫。そんなに怖がらないで」
「しかし…」
「死んだらまた……一からやり直そう?この世界なら、それができるんだから。死ぬのなんて怖くないよ。…ね?」
横髪を耳にかけて笑いかければ、神作の中の迷いが消えたのが、目つきの変化で分かった。
お互いアイコンタクトで通じ合えたのか、自然と惹かれ合って引っついた唇を何度か浅く擦り合わせる。
気を抜いた途端、安心が興奮に繋がったらしい。半ば覆い被さる体勢を取った神作の手が、腰をがっつり掴み服の中へ入る。
手は少しずつ上へ移動してきて、胸元に触れる直前でピタリと動きを止めた。
「……どうしたの?」
「いえ。…さすがに、冷静にならねばと」
鎖骨の辺りに額を乗せて、深く息を吸っては吐くを繰り返す神作の後頭部をぼんやりさすりながら、この流れはきっとやめちゃうんだろうなー…と残念に思う。
「李瑠様……その、もう少しだけ…」
「え。いいの」
「最後まではできませんが……このまま眠れる気がしなくて」
だけどしばらくして予想外に続きを望んできた相手には、もちろん迷うことなく頷いた。
さっそく目を閉じて待ってみたら、思いのほかすぐ唇の感触が当たって、手は顔の横で指を絡めて固定された。
今、神作がどんな気持ちでキスしてくれてるのかは、この際あまり重要じゃない。仮に戦いへの高揚を落ち着かせるためだとしても、してることに変わりはないからだ。
「李瑠様…」
「ん……好きなだけ、していいよ」
そう伝えても、神作なりに一線を越えないよう気を付けているんだろう。体に触れる時も服の上からで局部はあからさまに避けて、深いキスもしなかった。
ただ唇を重ね合わせて、たまに挟んだりはするけど激しくなっていくことはない。
それでも神作の体温を感じるのは充分すぎるほどで、終わる頃にはある程度の満足感も得ていた。
もっと物足りなくなって、絶対に先を求めちゃうって自分で思ってたのに、必死な仕草で拙いキスをしてくるのが想像以上にかわいかったおかげで満たされたから全然余裕だった。
「前も思ったけど……神作って慣れてるようで慣れてないよね」
「……経験なんてありませんから。当たり前です」
「え。ないの?」
「はい。基本的に長子以外は、恋愛を禁じられています。使用人として務めている間だけではありますが……私は中学の頃からなので必然的に恋愛をする機会がありませんでした。…まぁ、そういった関係になる相手もいませんが」
「うちってけっこう、倫理観危ういよね…」
「一般の労働契約とは違う、奴隷契約ですから。このくらい当然ですよ」
現世で“奴隷”という言葉が出てくる時点でおかしいはずなのに、神作はさも当たり前かのように話を続けた。
「仮に間違いが起こったとしても、妊娠を防ぐため子宮を摘出します。男の場合はパイプカットですね。ちなみに私は高校入学前に摘出しました」
「は?……ま、待って。ってことは、神作…」
「はい。この先の人生で、子供を授かる事はありません。子孫を残すのは、家長の務めですから。必要もありません」
微笑ましく思っていた感情は、一瞬で絶望に切り替わる。
今まで知らなかった真実は軽く伝えられるには重すぎて、絶句することしかできない。
人権が無い、なんてものじゃない。それこそ彼女が言うように、まさに奴隷のような扱いを受けてきたにも関わらず平然としていられるのは教育という名の洗脳の賜物……否、弊害である。
ますます、現世に戻るなんて選択肢は無くなった。帰ってしまえば、誰よりも大切にしたい神作の人権がまた失われてしまう。そんなの、絶対に許せない。
「私……何も知らなかった。神作がそんな辛い境遇にいたなんて」
呑気にぬくぬくと過ごしていた日々達が、思い返せば私も苦しめる要因のひとつだったかもと、今になって胸を痛め付けてくる。
「ごめんなさい、神作…」
「李瑠様が謝ることではありませんよ」
心に宿った罪悪感を拭ってくれようと、抱き締めて頭の後ろをさすってくれた神作の優しさに甘えて、その日は無理矢理にでも眠る事にした。
考えている時間を減らしたいのもあったけど、今は顔を見ていられなくて。どんな顔で話していいのかも分からなくて。
逃げるように意識を手放した私を、彼女は最後まで宝物を扱うかのように、大事に大事に撫で続けてくれていた。




