止めないと、しちゃうよ…?
厚さ1センチは優にある札束を数える神作を、横でじっと眺める。
ダミアン達が捕まり、平穏が訪れた後……私達は謝礼としてダミアンが購入した一軒家と多額の報酬金を手に入れた。
神作が言うには、武器屋では手に入らない“弓矢”も今回の事で入手できて、まさに一石二鳥と喜んでいた。
「これでウォーリアルにいる間は宿代もかかりませんし、遠距離攻撃が必要な場合の装備も整いました。李瑠様が変な輩に襲われる心配もありません。ギルドの男達は、ダミアンの事件で明日は我が身と怯え竦んでいますからね。安心して過ごせますよ」
よほど気分がいいのか、笑顔で語りかけてくる神作には怪訝な目を向けて、耐えきれず気になっていたことを聞いてみることにした。
「神作は、どこまで分かってて行動してたの?」
「……質問の意図が分かりません」
「なんか……未来見えてる?ってくらい、何が起こるか分かってたじゃん」
「あぁ、なんだ。答えは単純な推理です」
「推理?」
「はい。…まず、偽の勇者が問題を起こしているということは受付嬢♂から聞いていました。なので、予め警戒していたわけです。そこへ怪しい人物が現れたら……誰だって容易に予測可能でしょう」
確かに、と納得しつつも、まだまだ疑問は尽きない。
「弓矢が手に入るって……知ってたのは?」
「それも、ダミアンが仲間に引き入れた人間には弓矢を渡すと情報がありましたから。仲間になれば手に入ると考えるのが必然です。仮に渡されなくても、最終的に奪えばいいと思っていましたから、どちらにせよ弓矢は入手できていました」
「どこからそういう情報が入ってくるの?」
「主に受付嬢♂ですが……後は、ギルド内にいる人間に話しかけると、稀に教えてもらえます。地道な捜査です」
いつの間に…?基本、私に尽きっきりなはずなのに、全然知らないことばかりで戸惑う。
だけど未来が見えてるかも?っていう疑問は見事に解消されて、ソファの背もたれに体を預けた。
「いやー……しかし、この家で殺さず済んで良かったです。自分達が住むのに事故物件になっては、後味が悪いですからね」
「“この家で”ってことは、あの場では本当に殺そうとしてた?」
「いえ?最初は、レオパールアージドックに殺してもらう手筈でした。しかし、嘘とはいえ勇者を語るだけの実力はあったようです。失敗に終わった時点で、予定を変更しました」
「だから、弓矢で打ったの?」
「はい。……私が殺そうとすれば、ケンかドンのいずれかが止めに入るのは分かっていました。命乞いをしてくるのも。後は、自首するよう誘導したまでです」
「へぇー……神作はすごいね」
そこまで考えて行動してたなんて。
私がいくら頭を回転させても及ばないほどに、色々な事を踏まえて行動してる彼女を素直に尊敬する気持ちで見る。
気が付いた神作もこちらを向いて、不意に視線が絡んだ。
あ……キスできそう。
無防備な瞬間が少ない彼女だから、貴重なチャンスを逃したくなくて顔を近付けたら、意外にも後ろへ避けたりせず見つめ返してきた。
「……神作」
「はい」
「止めないと、ほんとにしちゃうよ…?」
体を重ねたことを忘れてほしいくらいなのに、いいのかなっていう不安から聞いても、神作は何も答えなかった。
相手の首筋に手を当てて、唇の先を僅かに尖らせる。
目を閉じることもせず、ただ見下ろしてくる瞳には感情らしい感情が見えなくて、どんな気持ちでいるのかなんて想像もできない。
私が目を閉じる前まで微動だにしなかった彼女は、唇が触れると息を止めて、腰の辺りを柔く掴んだ。
「なんで……止めないの」
「止めてほしかったですか」
「違うけど……期待しちゃうから。こういうこと許してくれると」
「……囮にしたお詫びです」
「そういうのやめてって、前に言った」
「……頑張った自分へのご褒美です」
不機嫌な私に合わせて言うことを変えたのがあからさますぎて疑わしい。全然喜べない。
「もうひとつ、ご褒美をくれませんか」
「ん……なに?」
「抱きついてもよろしいでしょうか」
「え。大歓迎。むしろ待ってた。おいでおいで」
これには大喜びで腕を開いて、胸元に顔をうずめてきた神作の頭を包むようにして抱き止める。もはや私へのご褒美と言って良い。
ひとつ縛りで綺麗に整えられた髪を乱さないよう優しく撫でると、背中に回った手に力がこもって、しがみつくように服を握られる。
「んーーー、なにもう。かわいい。かわいすぎる、ちゅーしたい」
「……実は私、マザコンなんです」
私の気持ちを落ち着けるためか、はたまた本当の事を言ってるだけか。どちらにせよ、今は何を言われても気にならない。
「幼い頃は、よくこうやって甘やかされていました」
「そうなの?意外…」
「はい。私が勉強を頑張ったり、知識や技術を身につけるたび、抱き締めて頭を撫でて褒めてくれました。……だから、今でもたまに、無性に甘えたくなるんです」
幼少期の話を聞けるのは新鮮で、それも自ら話してくれるなんて…と感動が心を包んだ。
なんだかんだダミアンの一件で疲れていたのか、どこか元気のない神作は抱きついたまま離れようとはしなかった。
幼い子供のようで、庇護欲と母性本能をくすぐられる。
「神作のお母さんは……どんな人なの?」
「……母は、穏やかな人でした」
「“でした”ってことは、もしかして…」
「超元気です。勝手に殺さないでください」
「紛らわしい言い方しないでよ…」
「使用人を辞めた今では週3でフラダンスに通っています」
「バリバリ現役ね…」
「はい。自慢の母です」
誇らしげに微笑んで見上げてくる笑顔に、キュンと心臓を貫かれた。
思わず撫で回して愛でたくなった大きすぎる愛情は、無邪気な顔を不快なものに変えたくなくて、なんとか押し殺す。
「寂しく…ない?」
努めて平静を保ち、髪を触りながら聞くと神作は眉尻を垂らして笑った。
「寂しくないと言えば……嘘になります」
「……そっか。そりゃ、そうだよね」
「しかし、李瑠様がいますから。おかげで、異世界に居ても孤独ではありません」
「私も。…神作がいてくれて良かったって思ってるよ」
照れたのか、また顔を沈めて隠れてしまった神作の耳は赤く、絶え間なく襲ってくる欲望をクッ…と耐えた。ちくしょう、かわいすぎる。
反則級の愛らしさに心を揺さぶられて、こんな状況なのに手を出せないことには唇が千切れるほど噛んで、変に理性的で物分りの良い自分を悔やんだ。
「はぁーーー……生殺しすぎてつらい…」
「李瑠様、声に出ています」
「わざと声に出したんです」
「……理性がまだ働いている内に、離れます」
「そうして。じゃないと襲っちゃう」
身の危険を感じてサッと離れてしまった体温には落ち込みつつ、今はありがたい。
「もう。あんまりかわいいことしないで?私そんなに我慢強くないよ」
「はい、軽率でした。魔王を倒すまでは、私も距離感には気を付けます」
「魔王ねぇ……別に倒さないで、このまま異世界で過ごしてもいいんだけど」
「それも選択肢のひとつだとは思いますが、魔王を倒さなければ世界に安寧は訪れません。残るにしても、危険を排除して確実な安全を確保しておく方がよろしいかと」
「それ……私達がする必要ある?」
「伝えておりませんでしたが、魔王は勇者と、その仲間でないと倒せません」
だからこれは勇者としての務めでもある、と真剣な面持ちで伝えられた。
どうしてよりによって神作が勇者になっちゃったんだか……そうでなければ、今頃魔王退治は他人に任せて結婚できていたかもしれないのに。
現世でも異世界でも邪魔が入るのは偶然ではなく宿命で、自分の運命を恨みたい気持ちでそれでも頷いた。
「ふたりで魔王を倒して、あとはゆっくり過ごそ」
「……そのためにも、クエストを受けてレベルを上げましょう」
「うん。私も少しは、戦えるようにならなくちゃね」
気を取り直して、小休憩を挟んだ後で私達は再びギルドへと出向くのだった。




