休息エリア
部屋を出ると、廊下にしては広すぎるほどの空間があった。
柱が何本もシンメトリーに並んでいて、天井も照明の光が届かないほど高く、遠い。
両脇の壁には扉がいくつかあって、ランダムに配置された一つを開けると、扉の向こうには配下が寝泊まりしているんであろうベッドと、棚なんかが置かれていた。
「……休息ポイントでしょうか」
「モンスターいないもんね、そうかも」
「死んだらホーキンズに戻らねばならない状態でしたから、ありがたいですね」
「敵の本拠地で安全に寝られるとは思えないんだけど…」
「特殊な結界でも張ってあるんでしょう。……知らんけど」
そんなガバガバ理論で大丈夫?と不安に思いつつも、穏やかな静けさが、本能的に“ここは安全だ”と教えてくれる。
だからさっそくひと息つこうとベッドに座ろうと思ったら、その隣で神作はテントを敷き始めた。
「な、なにしてるの」
「え?テントで回復しようかと…」
「ベッドあるのに?」
「せっかくのアイテムを使い切らないの、なんかもったいないじゃないですか」
「えー……何かあった時のために残しておいた方が良くない?」
「それで結局、使わずにボス戦を終えるんですよね。あるあるです」
なんの“あるある”かは知らないけど、アイテムを使い切りたい神作に合わせてテントに潜る。
テンテンテレレンと、どこからか音が聞こえた気がした。
無事に全回復を果たした神作は「もうここに用はない」と言わんばかりの足取りで部屋を後にして、次の部屋へと映る。
二個目の部屋は物置か何かなのか、壺やら木箱やらが部屋の隅っこにぽつんと置かれていた。部屋の一部は、木箱が積み上げられていて、圧迫感がある。
「何もないね……ひゃう!」
特に何も無さそうだ、と感想を伝えようとして、パリンッという突然の物音に体を跳ねさせた。
「え、なに…?」
振り返れば、神作の足元には割れた壺の欠片が広がっていて、何事かと目をパチクリさせていたら、そばにあった壺を手にした神作は躊躇うこともなくそれを地面に叩きつけた。
また割れる音が響いて、反射的に肩が竦む。
理解不能な行動にも驚いて、砕け散った壺を指さして叫んだ。
「な、なにしてんの?!人様の物だよ、それ!」
「魔王城だし、いいかな…って」
「だめだよ!魔王城だからって勝手に壊すのはだめだよ!」
「でも、中になんか入ってるかもしれないし…」
「覗き込んで!?なんでわざわざ割るの?見れば分かるじゃない、中に物が入ってるかどうかなんて!」
「割れた瞬間にアイテムが出てくるのかなって…」
「そんな訳ないよね!?中に何もなかったら割っても割らなくても何もないに決まってるよね!なに考えてるのよ、もう…」
呆れて言葉も失ったところに、しょんぼり顔の神作はまた諦めず、今度は木箱を思い切り投げ飛ばして壊した。
「ほんとなにやってんの!?」
「木箱は中を覗けないから…」
「蓋開ければいいよね!そのくらい考えたら分かるよね!?」
「あ。でも見てください、李瑠様。コインが手に入りましたよ!」
「うん……よかったね。後で訴えられないか怖いよ、私」
「他の木箱にもあるかもしれません、片っ端から破壊していきましょう!」
「うん。もうやだ、この勇者」
倫理観が崩壊しすぎていて、本気で置いていこうか一瞬悩んだ。
その後も棚を勝手に開けたりと好き放題な神作を止める気力さえ失くして、もうこうなったら満足するまでやらせようと放置することに決めた。
ひと通り物を壊しまくった彼女はようやく満足したようで、次の部屋へ移動する。私は後で魔王に怒られないかヒヤヒヤしながらもついていった。
三つめの部屋には、宝箱がひとつだけ。部屋の中央に置いてあった。
宝箱には鍵穴がついていて、何かの罠かと警戒する中、神作はさくさく歩み寄っていく。
「ち、近付いて大丈夫…?」
「だって宝箱ですよ、開けないと」
「そもそも開くの?鍵かかってるっぽいけど…」
「こんな事もあろうかと、これを買っておいたんです」
そう言って取り出したのは鍵の形をした独特な剣で、なるほど……と思いかけたけど、合わない限り開かないんじゃ?とすぐ首をひねる。
「これを、こうやって…」
慣れた手つきで剣を投げ回し、見事キャッチした後で宝箱を二回トントンと叩く。
すると、自ら蓋が開いて、中には青と緑が混ざったような、半透明の綺麗な液体が詰まった小瓶が入っていた。
「ほら、開いた」
「鍵穴に刺さないで、どうやって…?」
「それは、こう……なんか、不思議な力で」
「不思議な力で。…どゆこと?」
あやふやな回答に納得できるわけもなく、結局仕組みは分からないまま、キズ薬よりもさらに回復量が増えるハイキズ薬を手に入れた。
「なんか今回……色んな所から怒られそう」
「パクリではありません、パロディです。ご安心を」
「そういう問題かなぁ…?」
「あんまりメタい話はやめましょう。不安なら、全ての文に※実在する作品とは関係ありませんと記載しておけば大丈夫ですよ。…多分」
「神作……あなたが今一番メタ発言してるから、それ」
よく分からない会話を経て、フロアの散策を続ける。
他の部屋はそもそも扉が壊れていて入れなかったり、開けようとしてもビクともしなかったりで、特にモンスターと出くわすこともなかった。
唯一、最後に入れた部屋にはおじさんがいて、敵かと焦ったけど話しかけたら迷い込んだ商人だった。※実在する作品とは関係ありません。
商人は魔王城から抜け出せないから、仕方なくここに来た人達へ向けて在庫が尽きない限り物を売っているという。
「ここで回復薬を購入できるということは……どういうことですか?李瑠様」
「私に聞かないでよ……でもまぁ、最後の買い物になりそうな事は確かじゃない?他にここで物を売る人なんていないだろうし」
「そうですね。ありったけ買っておきましょう」
試しに購入しようとしてみたら、商人の持つ在庫はキズ薬をMAXの99個まで選択しても尽きそうになくて驚く。
「どんだけ在庫抱えてるのよ…」
「この様子だと、無限にありそうですね」
「おじさん、この量ひとりで運んできたの?」
素朴な疑問はスルーされ、にこにこ笑うだけで何も答えない商人の姿はもはや恐怖の対象だった。
敵陣地だというのに、上限いっぱいまで買える量のキズ薬を売る商人。あまりにも勇者側に都合のいい条件が整いすぎて、一周回って怪しく思えてきた。
やっぱりスパイか何かかもしれない。油断させて毒を盛るつもりなんじゃ…?とビクビクする私の隣で、神作は迷うことなく数個ほど購入していた。
「本当に大丈夫なの…?」
「彼は善人ですよ。見てください、この優しげな笑顔を。とても悪事を行うようには見えません」
「そんなんで信じていいのかしら…」
「それだけで信じるには充分です。さぁ、行きましょう」
たまに神作はこうして、IQが著しく下がる瞬間がある。脳死というか、なんというか。
まぁ、彼女がそう言うならそうなんだろうと納得してしまう私も私で、どこか能天気である。
「あーあ。最後にもう一回くらいイチャイチャしたいな…」
「……そう思うのも無理はありません。実際に現世でも、戦地に赴く前にはパートナーがいればその相手と体を重ねる人がほとんどです。やはり、気持ちが昂るんでしょうね。子孫を残すための本能とも言えます」
「そういう意味じゃないんだけど…」
「ゲームなんかでも、ラスボス前にはパーティーのひとりと結ばれるイベントや演出もあります。そのくらい、ありふれた反応ということです」
「うん。だから別にそういうことじゃ…」
「もちろん私も、同じことを思います」
「ん?」
「抗うのは難しい感情ですから、発散させておいた方が良いかと。休息ポイントの部屋に戻りますか?」
やけに遠回しな言い方だけど、それってつまり……神作も私とイチャイチャしたいってこと?だよね、多分。
「んもう。素直に“したい”って言えばいいのに。かわいいなぁ〜」
「うん、したい」
「え?」
「行きますよ」
「え?……え?」
冗談半分だったのに、本気かどうか分からない神作は私を連れてさっさと一番はじめに入った部屋に戻った。
ベッドの上に体をやんわり投げ出されて、上へ跨り、手首をしっかりとベッドシーツに固定した神作の口元が不敵な笑みに歪む。
「昨日は“早漏”だのなんだの……散々、馬鹿にしてくれましたからね」
あ……これ、仕返ししようとしてる。そう気が付いたときには遅くて。
「あのー……神作?怒って…る?」
「せっかくですから、性教育も兼ねて……しっかり、叩き込んでおきましょう」
「あ……まっ!アッ、アッ、アーーー」
密かに怒りを溜めていた神作によって乱された後、私は気絶するように眠りに落ちた。
魔王城で寝泊まりすることになるなんて、まさか思いもしてなかった。




