ドラゴン、再び
「今回受けたクエストは、【メガ盛りスライム、一騎打ち!】です」
「……なにそのクエスト名」
「依頼人は、酒場店主。新商品のスライム料理に使用するスライムを狩ろうとしたところ、スライム同士が合体して巨大化してしまった!俺には手に負えん、代わりに退治してくれ!…とのことです」
クエスト内容が書かれているんだろう羊皮紙をめくりながら、神作は目を通した内容をそのまま伝えてくれた。
「スライムという雑魚敵なわりに報酬が良いので引き受けましたが……何か裏があるのでしょうか」
「裏?」
「まぁ、仮に失敗したとしても、クエストは何度でも受けられます。倒すことに固執せず、命大事に行きましょう」
「わかった!」
モンスターの出現場所までは、ウォーリアルの出入り口で待機してもらっている馬車に乗って向かう。
馬車を走らせること数十分。各自装備を整えて、どこまでも草原が広がる場所で降りた。
インターレスト村で手に入れた風属性の剣は、防御的な使い方も出来るらしく、せめてそれで自分の身を守れということなんだろう。渡された武器を受け取って、想像以上の軽さに驚く。これなら、私でも簡単に振り回せそう。
神作はお気に入りの日本刀と右手の手袋だけを装備して、いよいよスライム探しが始まる。
「いないねぇ」
「おかしいですね……この辺りのはずなのですが」
神作の持つ地図を頼りに腰ほどもある草を掻き分けながらひたすら進み、拓けた土地に出ると、
「いました!あいつです」
土の上をぴょんぴょん跳ねる、体長約2メートルほどの大きなスライムを発見した神作は、指をさして叫んだ。
黄色の本体に、小さな王冠をちょこんと乗せたスライムは、まだ私達の存在に気が付いていないらしく、呑気に飛び跳ね続けている。
「スライムの集合体――通称、マスタースライムです」
「へぇ……ほんと、スライムが大型になっただけって感じね」
「はい。そこまで強くはないはずです、さっそくやっつけましょう!」
「うん!」
戦闘態勢に入った神作はまず、背後から真横に一閃、マスタースライムに向かって日本刀を切り放った。
スパンッと真っ二つに割れたスライムを見て、撃退成功かと思いきや……落ちてぶつかった本体同士がまた繋がってしまう。
立て続けに神作が刃を滑らせても結果は同じで、まるでダメージを受けてないスライムは振り返り、私達に向かって勢いよく突進してきた。
「李瑠様…!」
咄嗟に私の体を抱きかかえ、勢いをそのままに地面へとダイブした神作は、間髪入れず起き上がり日本刀をボックス内へと投げ捨てる。
「何かあるとは思いましたが……物理攻撃無効とは。少し厄介ですね」
一連の攻撃で察したんだろう、刀はもう使えないと判断した神作が次に仕掛けたのは手袋の炎魔法で、指鳴りの動作と共に巨大なスライムを覆うほどの炎が噴き出した。
炎を浴びたスライムの体は一瞬にしてどろどろと溶けていき、数秒後にはコインをひとつ残して静寂に包まれる。
「あれ。弱い…」
拍子抜けするほどあっさり倒してしまったことに驚きながら立ち上がると、神作も同じことを思ったらしい。
「なんだ……この違和感は」
草ひとつ靡かない嫌な静けさが、辺りを包む。
マスタースライムを倒した後も警戒を解かず、視線だけを動かして周辺を見回していた神作と、棒立ちで戸惑う私の耳に、大地を揺らすほどの凄まじい咆哮が届いた。
そのすぐ後で、現世でいう地震速報に近い警告音がどこからか響き渡る。
「え……なに?」
「っ…乱入か!」
何が何やら分かっていない私と違って、すでに察しがついているらしい神作が焦った顔で私の方を振り向く。
「クエストには記載されていない、強力なモンスターが現れた合図です!……くそ、最初からハズレを引くなんて。私のそばに来てくださ」
早口で説明してくれた神作の言葉が止まる。
フッ……と、雲が太陽を隠した時のように周囲が薄暗くなり、見上げた時にはもう遅かった。
一瞬、飛行機かと思うような形状をした影は空中で旋回して、あっという間に目の前まで迫り来る。
「ドラゴン…」
かろうじてその姿を認識した瞬間には、私の体はふわりと宙に浮いていた。ドラゴンの爪の先が、服を引っ掛けたからだ。
きっと「李瑠様!」と叫んだんだろう神作の声も聞こえないくらい、地面が物凄いスピードで遠ざかる。
翼を羽ばたかせる音と風が耳にぶつかる音が脳内で弾けて、服が破けきって落ちる事を本能的に恐れた私の手は、頭上にある足先へと伸びていた。
下を見れば、今はもう雲の上なのか真っ白な霧に覆われ、緑に染まっていたはずの地面すら見えない。
「ひぃい……しぬ、しぬ……死ぬ――!」
情けない声が勝手に喉から漏れ出て、硬く赤黒い鱗に覆われた足に必死でしがみつく。
心の中で神作に助けを求めても、こんな上空ではさすがの彼女も助けに来ない。絶体絶命の現実が心を襲い、風圧で乾いた瞳が涙を溢した。
ドラゴンは何度か旋回し、進行方向を変えてどんどん空を飛んでいく。
そして巨大樹が鎮座する山の奥、おそらく巣なんだろう場所へと急降下を始めた。
ジェットコースターに乗った時と同じように、内臓がふわりと浮く感覚がして意識が飛びかける。だけど不思議と、人間はそんな簡単に気絶できないらしい。人によっては即気絶だろうけど。
「きゃ……へぶ!」
バチン、と地面に放り投げられ、顔面から着地した私は痛みでしばらく動けなかった。
ステータスを見なくても分かる……これは致命傷、HPは絶対に残り少ない。そのくらいにはダメージを受けた。
レベルの高い神作なら平気だったかもしれないけど、まだ10にも達してない雑魚レベルの私にとっては致命的で、かなり危険な状態に晒されたことを焦ってボックス内からキズ薬をひとつ取り出した。
だけど急いで飲もうとした手を止める。
影が私を包み込んで、隣を見たらドラゴンの顔と牙がすぐそばにあったからだ。
グロテスクにも思える口からは、シュウウと煙幕が上がり、つり上がった金色の瞳が引きつった顔の私を映した。
「は……はは」
命の危険をひしひしと感じて、もはや乾いた笑いしか出てこない。
「ごめん、神作…」
私、死ぬかも…?




