テイマーとしての才覚
ドラゴンと対峙してから数分。
「……あれ?」
いつ食い殺されるんだろうって覚悟して死に待ちしてたのに、まったく食べる気配も攻撃してくる気配もなくて首をひねった。
神作がくれた魔法陣の効果によって弾き返してる訳でもないし、テイマーの能力を行使した訳でもない。
それなのに、なんで生きてるんだろう?
不思議で仕方なくて、目の前のドラゴンから視線を外してみて――やっと、ここに連れてこられた理由に気が付いた。
「赤ちゃん…?」
割れた卵の殻が散らばる木と葉で作られた巣の上、おそらく生まれて間もないんだろうドラゴンの赤ちゃんが空に向かって鳴いていた。
まだ目も開いてない三匹いるうちの一匹が、今にも死にそうな呼吸で横たわるのを見て、全てを理解する。
「治してほしいって…こと?」
ドラゴンを見上げれば、なぜだか不思議と考えていることが伝わってきて、そういうことなら…とさっそく手当をするためボックスを漁った。
ただ、困った事にアイテムのほとんどは神作が持っていて、私のボックスにはあまり物が入ってない。
とりあえずタオルと短剣、それから飲もうとしていたキズ薬を用意して、瀕死状態のドラゴンの赤ちゃんを救うため応急処置を施した。
モンスターにも効くか分からなかったけど、キズ薬を半分飲ませて、タオルを短剣で細長く切る。
ここまで弱っている原因は足の傷で、血が流れ出ている傷口にキズ薬の半分を染み込ませたタオルを巻いた。
そんな私の隣で、心配そうに覗き込むドラゴンの顔を、応急処置が終わった後でよしよしと撫でた。
「これで大丈夫。きっと回復するはずだよ」
言葉が通じるか分からなくても口に出して伝えれば、お礼のつもりなのか頬をすり寄せてくる。鱗がギザギザしてて、けっこう痛かった。
自分のHPが減らないか心配だったけど、死んでないからひとまずは安堵する。
「でも、なんで私なんだろ…」
たまたま選んだにしても、私より神作の方が能力が高いのに。ドラゴンは見分けられなかったのかな。
思い当たる事といえば、私の役職がテイマーということくらいだ。ただ、それもとても都合のいい能力とは言えなくて、使役してないモンスターに対しては当たり前に適用されないはずなのに。
本当に、なんで…?
私が思考に夢中になっている間に、ドラゴンの赤ちゃんは元気を取り戻し、自力で起き上がって親に向かってキュウキュウなくくらいになった。
「よかった。キズ薬、モンスターにも効くんだ…」
親ドラゴンも喜びの雄叫びを上げていて、鼓膜が破けるんじゃないかってほどの声量に、両耳を手で強く押さえた。
「や、やめて〜……耳痛くなっちゃう」
言っても意味ないと分かっていても、ついつい口からは苦言が溢れた。
すると、私の懇願を聞いたドラゴンは咆哮をやめ、おとなしく体を丸める。……伝わった?のかな。
困惑しながら、もしかしたらこれはチャンスなのでは?と思い、ドラゴン相手に通用するか微妙だったけどテイマーの能力を使ってみる。
テイマーの能力は必要MPを消費し、スキル【メイクフォース】を使用することで出来る。
半強制的にモンスターを支配下に置ける能力だけど、相手の許諾、もしくは“心の隙”が無いと適用されない。ちなみに使える相手に制限は無くて、スライムからドラゴン、果ては人間にまで使用可能だ。
ドラゴンに心の隙はほぼ無いだろうから、私からの申請を許諾してもらわなければならない。
手を前にかざして、ドラゴンに向かって心の中で念を唱える。
詠唱する必要はなくて、願えばいいだけだから楽なスキルではあるんだけど、失敗すると反発心から襲われる危険性を孕んでいる。
ドキドキする胸を押さえながら願うと、ドラゴンは丁寧なお辞儀をするように、ゆっくりと頭を下げた。
「おぉ……成功した」
使わなくても敵意はない様子だったし、杞憂だったかもしれない。
スキルが成功すると、仲間判定になるのか相手の簡易的なステータスを覗くことができる。
「あ。メスなんだ」
イオイルムという名前の隣に♀マークがあるのを見て、納得した。お母さんが我が子を心配する気持ちは、人間でもモンスターでも変わらないようだ。
レベルは52、今の私達にとってはとても高く、もし敵として現れてたら即死級だっただろう。本当に運が良かった。
「イルム……私を、神作の元へ届けて」
安堵するのもその辺にして、一刻も早く神作と会うためお願いしてみる。
這いつくばるように置かれた頭部から背中に乗って、イオイルムの飛行能力を使って空高く飛び立った。
角にしっかりと掴まって、髪が乱れるほどの強風を肌で感じる。周りの景色が次々と後ろへ流れていくのは迫力満点で、爽快な気分で自然と口角は上がった。
「すごい…!」
異世界ならではの非日常的な体験にテンションは高まる。
次第にウォーリアルの街が見え、きっと私を探し回るため情報をかき集めていたんだろう神作のそばへとイオイルムは華麗に着地を遂げた。
「李瑠様!」
「神作!」
頭部から降りて、周囲の目も気にせず神作の胸へと飛び込んだ。
私の体を抱き止めた彼女は強張っていた緊張を和らげて、柔らかな吐息を吐き出す。癖のように頭の後ろを支え持って撫でる手は、汗ばんで震えていた。
相当、心配してしたんだろう。しばらく抱き締めて離さなかった神作が、心底安堵した声を出した。
「よかった……ご無事で」
「ごめんね、心配かけて」
「いえ。生きて帰ってきてくれただけで、私は…」
「はは、もう……痛いよ、神作」
全身で私の存在を確かめるみたいに強く抱き締められて、こめかみの辺りに鼻先を沈めていた神作は、少ししてふと剣を握った。
片手ではしっかりと私の頭を守るよう包み込み、もう片方の手は警戒心を表すようにイオイルムへと剣先が向けられた。
「神作…?」
「よくも李瑠様を……ぶち殺してやる」
耳元で聞こえた低い声に、慌てて体を離す。
「ま、まって、神作。この子は敵じゃないの」
怪訝に眉をひそめる神作に起きたことを説明すると、聞いた後でもまだ信じきれていないのか、剣はそのまま構え持っていた。
私達を取り囲む住人達は「すげぇ……本物のドラゴンだ」と感心する者や、恐れおののく者もいて、好奇の目に晒されているのが可哀想でそばに近寄って頭を撫でた。
「ありがとう、イルム……もう帰って大丈夫だよ」
私の言葉に従って飛び立った姿を見て、ようやく疑いが晴れたらしい。剣はボックス内へと収納された。
「ドラゴンの使役ですか。…これは凄いですね」
「たまたまだよ。彼女が困って人間を頼ってなかったら、無理だったと思う」
「運もまた才能です。よく頑張りましたね」
腰を抱いて引き寄せた彼女は、無意識なんだろう、額の辺りに唇を付けて褒めてくれた。
嬉しさと照れから微笑めば、相手の口元も優しく緩む。
街中の目を気にして、その日はもう一度宿へ戻ることにした。報酬はまた明日、ギルトへ受け取りに行く。
宿の一室に着くと、気を抜いたのか神作はもたれ掛かるようにして後ろから抱きついてきて、お腹に回った腕に手を添える。
「李瑠様が連れ去られた後……生きた心地がしませんでした」
「ほんとごめん、隙だらけで…」
一瞬の出来事だったとはいえ、私がもっと強ければ立ち向かえたかもしれない。そう思うと、申し訳なさと心苦しさでいっぱいだった。
今回は強運が重なって無事に戻ってこられたけど、次またいつ奇襲に遭うか分からない。同じような事が起きた時、何度も運良く生きて帰れる保証はない。神作の心配も当然だ。
「……本当に、隙だらけですね」
落ち込んで俯いたら、彼女は何を思ったのかうなじを指先で触って、小さく呟いた。
くすぐったいなー…って首の後ろを押さえて振り向いたら、肩越しに目が合った神作の口から疲れた吐息が漏れた。
「はぁ……今後は鎖にでも繋いでおきたい気分ですよ」
「拘束プレイ……ってこと?」
「何を呑気なことを。そのくらい心配なんです、もう少し気を引き締めてください」
「ごめんなさい…」
怒られて、しょんぼりしながらベッドに座る。
「私はシャワーを浴びに行ってきます」
「あ……私も行こうかな」
「そうですね、男女で分かれていないのでご一緒します。李瑠様に何かあってはいけませんから」
ウォーリアルの宿は、泊まるほとんどの人間が男性だからか、男女混合のシャワルームしかないことを聞いて、ますます一緒に行った方が良いと私も思った。
だから神作に連れられて、宿奥のシャワールームへ向かった。




