ギルドの姫、登場!
ウォーリアルに存在する、この世界でも有数の規模を誇るギルド――フィアスアラ。
街の中心に堂々と位置するそこは二階建てになっており、吹き抜けの高い天井が広がる一階には受付と、待合室となる椅子やテーブルが置かれたスペースがあった。
二階は関係者以外立入禁止となっていて、興味本位で階段を上がろうとしてみたけど、見えない壁があってそれ以上先には進めなかった。
従業員なんだろう、白衣のような服装の男は横を通り過ぎて上がっていき、階段の途中で姿を消してしまう。
不思議な現象を前に訝しんでいたら、神作の手がするりとお腹に回って引き寄せられた。
「何をしているのですか。あまり好き勝手歩き回らないでください」
「なんか、人が消えちゃったから……見てた。あと、ここ見えない壁があるよ」
「……勘のいいガキは嫌われてしまいますよ」
「誰に?ま、誰に嫌われても、神作に好かれてればそれでいいけどね」
ふふん、と鼻を鳴らして得意げに言った私を見下ろしていた神作は、浅くため息を吐き出して頭の上に額を乗せた。
「いいですね、あなたは」
「何が?」
「いえ。…私は受付へ行って参ります。少しの間、自由にお過ごしください」
そばにいて、と言ったくせに私を置いてさっさと受付の方へと歩いてしまった後ろ姿を見送って、待つ間は言われた通り自由に過ごすことにした。
メイド服を着た男性からウェルカムドリンクであろうグラスを受け取って、背もたれのない木の丸椅子へ腰を下ろす。
周りを見渡せば、街中と同じく来客のほとんどが男性で、私があまりに場違いすぎる格好をしているからか遠巻きに視線が集まっていた。
「……ドレスで来たの、失敗だったかな」
今は私と神作以外に女性はいないし、なんとなく居心地が悪くて肩を竦ませたら、奥から同年代くらいの少女が歩いてきた。
その瞬間、ギルド内の空気が一変する。
「みんな、おはよう」
真っ白なドレスに身を包んだ“グラマー”な少女は、明らかに私よりも場違いな姿をしているのに、彼女を見た男性全員が歓喜の声を上げた。
瞬く間に彼女の周りを男達が取り囲み、それでも悠然と歩みを止めず、手を振りながら挨拶をしていくその子はまさにアイドル扱いそのもので、異様とも思える光景をきょとんと眺めた。
むっちりとした体型が、男の人にとってはそそられるのかもしれない。私は神作みたいな、スレンダーな方がタイプだけど、気持ちは分かる。柔らかそうなの、えっちだもんね。
なんて呑気に考えていたら、少女の足が一歩、また一歩と私に近付いてきた。
「あら……あなた。見ない顔ね?」
和やかな笑顔を向けられて、こちらも小さくお辞儀を返す。
相手から来てくれるなんて……もしかして、お友達になれる予感?
「わたし以外にドレスを着てる人、初めて見たわ」
「はは。お似合いですね、そのドレス」
「嫌味?」
「え?」
と、思ったけど……どうやら違うらしい。
「そんな色目使うようなドレス……男漁りにでも来たの?」
「いやいや。私はまったくそんなつもりじゃ…」
「だけど無駄よ。ここの男達はみーんな、わたしのもの。わたしの虜なんだから!」
「あ。はぁ……そうですか…」
謎に突っかかってきた少女には、興味もないから適当な返事で乗り切ろうと試みる。
それが逆に彼女の逆鱗に触れてしまったのか、顔を赤くして目をつり上げた少女は、パンッと顔の横で手を叩いた。
すると滑るようにひとりの男が少女の背後で地面に膝と手をついて、四つん這いになった男の背中へ、少女は躊躇いもなく腰を下ろす。
「あなた、名前は?」
「……真行寺李瑠です」
「ふん、変な名前ね」
「あんまり人の名前、貶さない方がいいと思うけど……親の顔が見てみたい」
「お前!誰に向かって口を聞いてるんだ」
親が付けてくれた名前を馬鹿にされてムカッとした私に、取り巻きの男が指をさして怒鳴ってきた。
「この方は、ギルド・フィアスアラの姫……ファシー・キャリカ様だぞ!」
「……姫?」
へぇ、この世界にはお姫様も存在してたんだ、と感心して少女――キャリカを見る。
ふてぶてしく微笑んだ彼女に貴族の品なんかはまるで感じられなくて、同じお金持ち同士仲良くなれそうと少しでも過ぎった私が間違いだった。人のこと椅子代わりにしてるし。
「よく言ったわ、褒美をあげましょう」
「ファシー様…!ありがたき幸せ」
キャリカの前に跪いて、太ももの辺りにすり寄った男の行動を見て、色々と察してしまう。
なるほどね……ウォーリアルには女が少ないから、それを利用して彼女はある程度の権力を手に入れてるんだ。そこへ同じ女である私がやってきたから、立場が危うくなるのを恐れて焦っている…と。
きっと肉体関係にあるんだろう、嫌な裏事情には気が付かないフリをして、どう対処しようか思考を巡らせる。
「安心して。私、男には興味ないから」
「ふぅん……まぁ、あなたみたいなブスに、みんなも興味ないわよねぇ?」
挑発的な言葉に応じて、取り巻き達が同意する。
嘲笑が響く中、ため息をひとつ落として足を組んだ。
「この私がブス?あんたら、目腐ってんじゃないの」
二つ結びにした髪の束を後ろへ流して鼻で笑った私を、彼等はカッとなって睨んだ。
罵詈雑言を浴びせかけてくる男達にはにこりと笑顔を返して、言葉を続ける。
「目先の欲に眩んで本当に美しい物を遠ざけるなんて、愚かな人達。そのまま肉塊に溺れて死ねば?」
「にく……っ誰が肉塊よ!」
「それに、自分の体を労れない女に、いい女を名乗る資格はないわ。もちろん、男も同様にね」
椅子から立ち上がり、キャリカが下敷きにしている四つん這いの男の前へと膝をつけた。
手を伸ばせば、彼は驚きと困惑を宿した瞳で、私を見上げる。
そして何も言わず指先をクイと動かして、手を取るよう指示した行動につられるように、どこか放心状態で私の手に手を重ねた。
男を立ち上がらせた後で、周囲を見回して口を開く。
「せっかくだから、選ばせてあげる」
顔のそばで立てた人差し指を、まずは自分の口元に向けた。
「この私か」
次に、椅子を無くし床に転げ、自力では起き上がれないままのキャリカを指さした。
「この愚鈍。みんなは、どっちに跪く?」
呆気にとられた沈黙は数秒も持たず、周りの男達が総じて私の前で跪いたのを、キャリカは悔しそうに下唇を噛み締めて見上げていた。
ひとりの男が用意してくれた椅子に座って、足を組んでキャリカに対してもにっこり微笑む。
「私くらいカリスマ性に優れた人間なら、人を動かすのに体を差し出す必要はないって……分かってくれた?ギルドのお姫様」
上半身を前屈みにさせて手を伸ばしたけど、バシンとはたき落とされてしまった。
ヒリリと痛む手を振って、肩を竦める。立ち上がる手伝いがしたかっただけなんだけど、キャリカにとっては屈辱的だったようだ。
居場所を無くした彼女は私の事を睨みつけて、のっそりと重たそうな体を起こした。
「馬鹿にしやがって……みんなもどうしてこいつなんかを選ぶの!」
私を指さして怒鳴ったキャリカの言葉に、男達はそれぞれ顔を見合わせた。
「いや……なんか、体が勝手に…」
「どういうこと!?」
「それによく見たら、この子の方が可愛いし…」
「はぁ!?なんなのよ、もう…!」
地団駄を踏んでギルド内を揺らしたキャリカは、顔を真っ赤にして憤慨し、「覚えてなさいよ」とありきたりな捨て台詞を置いて去って行った。
入れ違いで、タイミング良く受付で話を済ませた神作が戻ってきて、すれ違ったキャリカを怪訝に首を傾げて目で追った後で、私のところに戻ってくる。
「……なんですか、この状況は」
男に囲まれて座る私に、静かな怒りを滲ませた神作はボックス内から日本刀を取り出して声を震わせ呟いた。
「私の主に手を出そうとするなんて、良い度胸ですね」
「ちょ……ちょっと待った!これは違うの、落ち着いて神作」
殺意剥き出しで、今にもその場にいる全員を殺しかねない彼女を慌てて止めに行って、簡単に事情を説明した。
状況を理解した神作が刀を納めたのを見て、ホッと胸を撫で下ろす。危うく、罪のない人達を殺しちゃうところだった。
気まずいから、男達に別れを告げて、ギルドからそそくさと退散する。
「しかし……凄いですね。あの数の男達を従わせるなんて」
「あー……実は、テイマーの能力で」
褒めてくれた神作には悪いけど、私はさっそく貰った役職を使ってズルをした。
「相手の許諾、もしくは心に隙があれば従わせるのは簡単だからさ。使っちゃった」
「なるほど。李瑠様には、テイマーの才能があるのですね」
「あんなにうまくいくとは、私も思わなかったよ」
あー、よかった。と歩き出した私の後ろで、神作は足を止めて顎に指を置く。
「……人間相手にまで使用できるなんて、何かのバグでしょうか」
「神作?どうしたの」
「いえ。李瑠様がご無事で何よりです」
気を取り直して、ふたりで歩き出す。
こうしてギルドでの出来事も一件落着し、私達は初のクエストに挑戦するため郊外へ向かったのだった。




