役職を手に入れよう!
部屋で少し休んだ後、感情的になってしまったことを神作に謝った。
彼女はすんなり受け入れて、何も気にしてない顔で「気晴らしに街を散策しましょう」と言ってきた。
だからシャワーを浴びたり、着替えたりしてから部屋を出た。
「ここ、ウォーリアルにはギルドがあると、来る前に説明しましたね」
「……うん」
「ギルドを運営している協会が持つ神殿に行けば、冒険者は役職を手に入れることができます。この役職がないと、ギルドでの仕事は受けられない仕様になっています」
「……そうなんだ」
つらつらと説明を並べてくれる神作と一緒に、話題に出た“神殿”とやらへ行くことにした。
神殿は真っ白な建物で、縦長の城に近い見た目をしたそこは、教会としての機能も兼ねているらしく、訪れる人間の中には修道服に身を包んだ女性もいた。だけど、その数は圧倒的に少ない。
ほとんどは、おそらく役職目当てに訪れたであろう男性ばかりで、私達も列に並んで待つこと数分。
「ようこそ、サンクチュアリへ」
「Sanctuary……聖域?」
「この場合、“神殿”という意味合いが強いかと」
どちらにせよ、ここは聖なる空間ということだろう。
神作の話によればこの世界には実際に“神”が存在するらしく、ある条件を揃えればたびたび人間界に下りて姿を現してくれるんだとか。
「一度は拝んでみたいものです」
「そう?私はあんまり興味ないや」
「李瑠様自身が、女神のようなものですから。当然と言えば当然ですね」
「あら。崇めてくれる?」
「……いつでも私は、あなたに心酔しております」
たまに、神作はさらりと口説くようなことを言う。いつもの軽口なんだろうけど。
単純な私はそれだけで少し気分を良くして、いよいよ役職を与えてくれるという女神像の前に立った。
白の修道服に身を包んだ女性は、像を揃えた手で指してにこやかな表情で説明を始めた。
「彼女の名は、ラティア。全ての幸福と平和を願う“均衡の女神”です」
「均衡の女神…」
「はい。彼女の教えはこの世界の全土に伝わっております。そのため、国民は互いにつり合いを取って……それぞれの役目を果たしながら生きていました。しかし、魔王が現れた事により、世界のバランスは崩れてしまいました」
魔物が増え、悪が増え、世界はまた均衡を保つため勇者の存在を待ちわびているという。
「今から行う儀式で得られる役職の中には、“勇者”も含まれております。しかし、今まで誰ひとりとして与えられた事はありません。神から選ばれた特別な才能を持つ者のみに与えられるとされております」
「へぇ……ま、私はなんでもいいや」
「私も別に……興味はないですね」
お互いギルドでの仕事を受けられたらいいや、程度の考えで円になった床の中央に立って、降り注いできた光を全身に浴びる。
神秘的な光景を前に、ずっと眺めていたいと思うのに自然と目は閉じて、頭の中に和やかな女性の声が響いた。
『あなたの役職は……テイマー。魔物使いです』
それだけを言い残し声は消え、ふわりと軽くなった気がした体を振り向かせ、神作の方を見る。
「私はテイマー?だったよ。神作は?」
「……勇者です」
「は?」
私含め、その場にいた全員が素っ頓狂な声を上げた。
「ゆ、勇者様……勇者様の、誕生です!」
まるで予め用意していたみたいに、パンッと弾け飛んだクラッカーからは色とりどりの紙が咲き乱れ、騒がしくなる民衆の中、渦中にいる神作は驚きも笑いもせず突っ立っている。
そこへ、どこからともなくほぼ下着みたいな格好の女性達が数人現れて、「勇者様〜」とかなんとか鼻にかけた声で呼びながら神作の腕に引っ付いた。
これにも反応がないと思いきや、
「……勇者になってよかった…!」
「このむっつりスケベ……さっさと帰るよ!」
交互に女性達を見下ろして小さく拳を握りしめた神作の頭をひっぱたき、色気ムンムンのお姉さん達は蹴散らして神殿を後にした。
「ほんと最悪。神作がそこまで女好きだとは思わなかっ…た」
怒り半分に呟いてる時、ふと。
あれ……神作って女の人も恋愛対象に含まれるのでは?と、これまでの行動や言動から察する。
この世界では同性愛なんて珍しくないし、何より自分自身が同性愛者だからなんの違和感もなかったけど、その気がなかったら風俗だって行かないし、水着の女性にも喜ばないんじゃ…?
ってことは、私にもチャンスある?
よくよく考えればキスも受け入れてくれたし?これは落とせる可能性が見えてきた。
「ふふ……へへへ」
「……なに笑ってるんですか。怖いんですが」
「んーん。なんでもない」
ますます異世界での生活が楽しみになってきた。ずっとこの世界にいればいずれ、神作だって振り向いてくれるかもしれない。
「次はどこ行く?」
「ギルドに行ってもいいですが……せっかくなので、街を散策しますか」
「うん!」
気分よく街中を歩いて、見かけた武器屋に立ち寄ると、さすがはギルドがある街。これまでとは比べ物にならないほどの種類と数の武器が並べられていた。
その中には大きな鍵の形をしたものもあって、どこかで見たことあるなぁと思いつつスルーする。
剣の形は様々で、シンプルだったり凝っていたり。誰が持てるんだってくらい大きなものだったり。逆にナイフほどのサイズだったりと、見てるだけでも楽しいくらいの品揃えに、誰よりも神作のテンションが上がっていた。
「うわぁー……かっこいい。でも、今けっこう揃ってるから買う必要ないんだよな…」
「コレクション的な感じで集めてもいいんじゃない?使わないやつはボックスにしまえるんだし」
「え!か、買っていいのですか」
「せっかくだもん、いいよ」
私の許しを得たからか、喜んで武器を見漁って選んだのは、刃の部分が黒と白で別れた独特の色合いをした剣と反り返った刃が特徴的な剣で、ふたつ合わせて3000ゼンニーもした事には驚いた。
「武器って……高いよね」
「冒険者にとっては命とも言える物ですから、そう考えれば納得の値段ですよ」
「そっか……確かに」
買った剣はボックスにしまって、魔法陣を書くのにゆっくり過ごしたいと言うから一度宿へと戻った。
私がベッドに座ってぼーっとしてる間、神作は悩みながらペンを走らせる。……やっぱりスマホが無いと、こういう時は暇だ。
カリカリと小気味いい音だけが響く室内に心を落ち着かせて、ウトウトし始めた時。
「はー!疲れた!飲もうぜ」
「そうだな!」
おそらく、隣の部屋からだろう。バタンと強く閉まる扉の音と、楽しそうに騒ぐ男達の声が聞こえてきた。
気になったのか、神作も手を止めて壁の方を見る。私も、うつ伏せの状態から少し体を起こして壁を見た。
「……うるさいね」
「……そうですね」
「……ここ、壁薄いんだね」
「……まぁ、聞かれて困ることもありません。私達は静かに過ごしましょう」
ウォーリアルの建物は全体的に雑な造りだと見た目からして分かってたけど、まさか内装も酷いとは思ってなかった。
ベッドの寝心地はまあまあ、広さも普通。だけど居心地は最悪。穏やかに寝たいと思うなら、最初の村の宿が一番だったかな。
眠気もすっかり吹き飛んだところで、神作も作業を終えたらしく、お互いアイコンタクトで気持ちが一致したから、早々に騒音被害がひどい室内からそっと抜け出した。