酒場へgo…!
「そうだ……そういえばウォーリアルには酒場があると聞きました」
「酒場?」
「はい。たくさんの情報が集まる場所とも言われております。現世へ戻る方法を探るためにも、ここはひとつ行ってみませんか」
「……別に今のところ現世に戻りたい気持ちは微塵もないんだけど」
「向こうの法律とは違い、こちらでなら李瑠様もお酒を嗜めますから。ぜひ、どうですか?」
「お酒…」
それにはちょっと、興味があるかもしれない。
おそらく私の扱いを任せれば右に出るものはいない神作に上手い具合に乗せられて、さっそく酒場とやらに向かってみた。
木で作られた小さな扉の先には、瓶がたくさん並んだバーカウンターと、テーブル席がいくつかあって、立ち飲みする人もいるほど賑わっている中、私達は開いていたカウンターの席に腰を下ろした。
女が来るのは珍しいのか、入った時からニヤニヤとした男性達の視線が気になって、身を縮める。その隣で、何も気にしていない様子の神作は木製のメニュー表を開いて見せてくれた。
「何を頼みますか?お酒の種類も豊富ですよ、ほら」
「んー……どうしよう。神作はお酒飲めるの?」
「それなりに。迷うようならここは、王道にビールでもいかがですか?」
「いいね。じゃあ、それにしようかな」
カウンターの向こうにいるお姉さんに注文した後は、なんとなくソワソワしながら待った。こっちの世界の法律で許されてるとはいえ、この年でお酒を飲むのはなんだかいけないことをしてる気がして。
神作も神作で、異世界のお酒はどんな味がするのかと心待ちにしているようだった。
少しして提供されたのは、アニメなんかでよく見る樽の形をしたジョッキで、密かにテンションを上げる。
持ってみるとずっしり重く、たぷたぷに入った泡立ちの良い半透明な黄色の液体を見て、現世で見かけるビールと見た目はよく似ているなという印象を抱いた。
「それでは、乾杯しますか」
「うん!」
樽同士を浅くぶつけて、ドキドキ胸を高ぶらせて口をつける。
「……うえ。にがい…」
「はは。李瑠様にはまだ早かったようですね。他に甘いお酒もありますよ。残りは私が飲みますから、次のものを頼んでも…」
大人の余裕を見せつけて、メニュー表を渡してきた神作の言葉が止まり、不意に視線が逸れたから私もつられて向く。
視線の先には豪快に飲んで盛り上がっている男性が数人いて、何がそんなに気になるんだろう?と首を傾げた。
「神作、どうし…」
「お前それ本当かよ!魔王を倒せば願いが叶うって」
そこで、私の耳にも情報が飛び込んできて、「あぁ…」と納得した。
「今の、聞きましたか?」
「うん。魔王を倒せば願いが叶うとかなんとか…」
「もしかしたら、現世へ戻ることもできるかもしれません」
私と違って向こうへ帰ることに積極的な神作は、「話を聞きたい」と落ち着かない様子で、仕方ないからついていくことにした。男だらけの店でひとりにしたくなかったみたいだから。
カウンター席から立ち上がって、男達のいるテーブル席へと近付く。
「今の話は、本当ですか」
「んん?なんだぁ……お前ら」
「願いが叶うという話です。詳しく聞かせてくれませんか」
神作がお願いすると、男達は顔を見合わせ、次にこちらを向いた時には悪巧みをそのまま現すように醜悪な笑みを浮かべていた。
「お嬢ちゃん達、かわいいねぇ〜」
「服を脱いでくれたら、教えてやってもいいぜ?」
「それか、俺達を酔わせることができたら教えてやるよ。……まぁ、負けた時は?その体をたっぷり堪能させてもらうけどな!」
下心にまみれた言葉に、全身がゾワゾワする。
値踏みされるような視線はあまり気分が良いものではなくて、神作の後ろにスススと隠れた。
「……なんでここの男の人達はみんなこんな感じなの?」
「ウォーリアルには女性が少ないですから。色々と飢えているんでしょう」
なんでもないことのように言って、神作は肩を竦ませた。
「いいでしょう。あなた方を酔わせれば良いんですね?」
「え?ちょっと神作…」
「いいねぇ……おい!酒をあるだけ持ってこい」
嬉々として大きな声を出した男の指示に従って、テーブルには大量の樽と瓶が並べられた。
この勝負に興味を持った人達も集まってきて、気が付けばテーブルの周りには人だかりが出来ていた。
相手は数人、こちらはまともにお酒を飲めるのが神作しかいない状況で、圧倒的に不利なのは誰が見ても分かった。だからこそ、不安が湧き上がってきて心を覆い尽くす。
「か、神作……平気なの?」
「これは情報を得るのに必要なイベントですから、たとえ無理をしてでも勝つしかありません」
異世界に来てからというもの、神作はたまに不思議なことを言う。
まるで何かを理解してるみたいな発言に、疑惑は膨らみつつあるものの、「ここはお任せください」と言うからおとなしく私は見守ることにした。お酒飲めないから、邪魔になっちゃうだけだし。
あと子が提示してきたルールは単純で、それぞれ交互に樽の中身を空っぽにしていって、先に飲めなくなった方の負け、というものである。
先行は神作、彼女は迷うことなくビールを一気に飲み干して、
「飲みっぷりがいいね〜。だけど、最初から飛ばすと後悔するぞ?」
「……こんなくだらないこと、さっさと終わらせたいんです。さぁ、お飲みください」
勝てると確信があるのか、余裕な男の挑発にも乗らず返した彼女に、男は舌打ちをして樽の中身を喉に通した。
そうやって交互に飲んで行った結果。
「う、嘘だろ…」
ひとり残っていた男がテーブルに突っ伏して倒れ、最後の一杯を飲み干した神作は、雑な仕草で口元を拭う。周りにいた人間は、絶句して互いに顔を見合わせていた。
数時間に渡り、熾烈を極めた勝負は見事、神作の勝利で終わったのだ。
「約束通り、教えてもらいますよ。あなた方の持つ情報の全てを」
耳は真っ赤だけど、酔ってる気配はそんなにない神作の言葉は、酔っ払いすぎてヘロヘロで、ほぼ意識がないような男達には届いていなかった。
「……起きろ、クソ野郎」
それも構わず神作はひとりの男の髪を掴んで顔を持ち上げて、冷たく言い放つ。
彼女らしからぬ粗暴な口調を聞いてやっと、多少は酔ってるんだろうなということを察した。
「ま、魔王を倒すと……女神様からの報酬が貰えるらしいんだ」
怯えきった男が、震えた声で話し始めた。
彼が言うには、この世界の均衡を乱した魔王を退治することで、女神ラフィアが降りてきて願いを叶えてくれるという。これはただの噂話とかではなく、ついさっきギルド公式が一部の実力者に極秘で出したものなんだとか。
信憑性のある情報をゲットして、満足したらしい神作は男を解放し、私を連れて酒場をさっさと出て行った。
「大丈夫?神作」
宿屋に戻る帰路の途中、彼女の足取りはたまにフラついていて、心配で声を掛けたけど無視されてしまった。
もしかして任せっきりで、何もしなかったことを怒ってるのかな?って、申し訳なくなってそれ以上は何も聞けなかった。
「ごめんね、かみさ…く」
宿の部屋に着いてから、真っ先に謝ろうとしたところを後から抱き締められて、言葉を止めた。
「え。な……なに。どうしたの」
抱き締めたまま何も言わない彼女の息は荒く、以前にも似たようなことがあったのを思い出して、慌てて上半身だけ振り向く。
前は高熱で立つのもしんどくて寄りかかってきたから、今回もそうかもしれないと額に手を当てた。
でも、思ったより熱くない。顔色も、赤いけど……それはお酒の影響だろうし、熱があるわけではなさそう。
「神作…?具合悪い?お酒飲んでしんどくなっちゃったかな…」
「……ん」
「え?」
「李瑠ちゃん」
懐かしい呼び方が鼓膜を撫でて、驚いて呼吸も忘れた。
私がまだ幼くて……幼すぎて、愚かな願いを押し付けた時に呼ばせていたもので、神作が嫌々呼んでいたのを覚えてる。
「李瑠ちゃん…」
なのに今は、自らそう呼んで頬を触ってきた彼女の瞳は潤んでいて、切望するような眼差しに吸い込まれた。
相手の顔が近付いてくるのを、信じられない気分で見つめ返す。
唇が触れて、顔が離れた後も目を離せなくて、私の視線に切ない表情を返した神作はまた唇を重ねた。
「かみ…さく?」
腰に回った手に、力がこもる。
服越しに密着した体は熱を持っていて、汗ばむくらいの暑さがふたりを包んだ。
「李瑠ちゃ…」
「っ……お、落ち着いて、神作」
急に意識しちゃって照れた私が背を向けると、不満げに抱き寄せられる。
スリスリと甘えてくる神作の手は、けっこう際どい胸元を触っていて、腕を掴んで引き下げた。触られたくないとかじゃない。これ以上ムラムラすると襲ってしまうからである。
さすがに酔っ払いに手を出すほど、私も切羽詰まってない。
「かっ……神作、ほんとどうしたの。さっきからなんか変…」
「李瑠ちゃん……しよう?」
「はい!?」
なのに、むしろ相手の方から誘ってきて困惑する。
いやいや、いくら酔っ払ってるからとはいえ、まさかね…?
そんな都合のいいこと起きないよね、と思っていたら押さえ込んでいた手が強引に上へ、上へと移動してきた。
「あ……っや、だめ。神作…ぅ、んん――」
結局、勢いと欲に負けた私は、神作からの熱烈なキスと愛撫を受け入れてベッドの上に押し倒されてしまった。
この夜の話は……恥ずかしいから、ここでは内緒にしとこう。




