ギルドの街・ウォーリアル
「嬢ちゃん達……悪かったな」
部屋を出ると、宿屋の亭主が申し訳なさそうに声を掛けてきた。
なんだろう?と歩み寄れば、昨日渡した5000ゼンニーがそのまま戻ってきて、さらにキズ薬まで貰った。
宿を出てからも、街はすっかり雰囲気を変えていて、寂れていた建物は見事なまでに修復され、殺伐としていた住民達も喜びの声を上げていた。
「なに、この状況…」
「……魔王軍の基地からアックスが撤退した影響で、元の治安が戻ったようですね」
「にしても、たったの一日でここまで綺麗になるものなの…?」
「そこは、まぁ……魔法で直したんじゃないですか?」
「んな適当な」
ただ、ここは異世界。何が起きてもおかしくはない。
異様とも思える現象には目を瞑り、随分と明るくなった村の中を歩いていると、昨日は無かった武器屋の店主に「おーい」と声を掛けられた。
「君達がこの村を助けてくれたんだろ?これはお礼だ、この村伝統の技術を駆使して作られた聖剣――トルネード!」
「おぉ……かっこいい…!ありがたくいただきます」
神作が店主から受け取ったのは、白ベースの薄緑色した、柄頭の部分に天使の羽のような装飾が施された両刃の剣で、キラキラと目を輝かせながら観察する神作を微笑ましく眺める。
剣の角度を変えてみたりして質感まで楽しむ彼女は子供そのもので、普段の大人っぽさが嘘のように純粋な笑顔を浮かべていた。
「これは風属性の武器ですね……一般では手に入らない武器なので、大変貴重ですよ!死んだかいがありました」
「よかったね……できればもう死んでほしくないけど」
「もちろんです。次、あのロン毛に会った時はこの剣でぶち殺してやりますよ」
不敵な笑みで顔を歪ませ、ボックス内に剣をしまう前に、神作は紙とペンを取り出してさらさらと何かを書いていく。
「何してるの?」
「剣のステータスを確認したら耐久力が低かったので、調整のための魔法陣を書いています。ついでに、何か属性も付与しようかな……李瑠様、炎と水だったらどっちがいいですか?」
「んー……風と相性良いのは炎かなって思うけど、そんな簡単に付与できるものなの?」
「慣れてしまえば、こんなの反省文を書くより容易いですよ。よし、今回は属性の付与はやめておきましょう。せっかくの風属性ですからね。……条件だけは設定して、っと…」
容易い、というわりに事細かに何かを記している神作は楽しそうで、現世にいた頃もちまちました事務作業を好んでしてたっけ。だから、性に合ってるんだろうな。
ものの数分で書き終えた神作は柄頭の羽の中心部分に魔法陣を貼り付けて、例の如く紋章へ変わり紙は消える。
革製の、緑の葉や蔦が装飾された鞘に剣を収めた上で、ボックスに収納する。
「よし。これで準備は万端です。さっそく行きますか」
「うん!」
その後も、村を歩くたび話しかけられ、お礼のアイテムを手に入れながら馬車の元へと向かった。
「ありがとうございます……なんとお礼を申してよいのなら。今後はお代はいただきません、どうぞご自由にお使いください」
最後には、地味に痛い出費だった馬車の費用を永久的に無料にしてもらえ、内心ガッツポーズをかましてるんるんと乗り込んだ。
ギルドの街・ウォーリアルまでは、インターレスト村からさらに一日はかかる。途中、馬車を止めて軽く運動したり邪魔になる魔物を倒したりしながら、ゆったりとしたペースで移動を進めた。
そしてついに、
「着いたー!はぁ〜、座り疲れたぁ…」
「思ったよりもかかってしまいましたね……ひとまず、宿で休みますか?」
「そうだね!リスポーン地の更新もしとかないと、死んだ時まずいし…」
なんだかんだ一日半もの時間を掛けて、ようやく到着したウォーリアルは、なんというか……雄々しい雰囲気だった。
街中を歩くのはほとんどが男性で、それもみんな体格のいい人達ばかりだから、すれ違うだけでも圧があった。
中には傷だらけの人もいて、ギルドの街というくらいだから戦いに秀でた男性が多そうな印象だ。
街の建物は主に木製で、切った木をそのまま使ったような、皮が残った状態の見た目がどことなくワイルド差を感じる。後は、鉄の灰色が目立った。
ひとまず、真っ先に宿屋へと向かって、カウンターで鼻をほじっている……あまり清潔感はない男性に声を掛ける。
「泊まりたいのですが」
「あぁ…?なんだ、お前ら。女がなんの用だ」
「……宿泊費はいくらですか?」
「宿泊費?そんなのいらねえよ」
「え。まさかのタダ?」
なんて、甘い話があるはずもなく。
「一発ヤラせろ。それで泊めてやる」
「……なるほど。死にたいようですね」
「ストップ!神作ストップ!」
とんでもないことを要求してきた店主に、日本刀を抜こうとした神作の行動を焦って止める。気持ちは分からなくもないけど。
「他の宿屋行こ?ね」
「……ここ以外に、宿屋はありません」
「え」
「こいつを殺して、この私が店主になってやります」
「まっ……すとっぷ!落ち着いて、刀は抜かないで。武力行使はだめだよ」
「しかし、私の貞操に危機が」
「大丈夫!ここは私に任せて。……というか私の心配もしなさいよ」
どこまで行っても自分の貞操しか考えてない神作に寂しさと不満を抱きつつ、カウンターの前に立ってにこりと笑いかける。
眉を片方だけ上げ、「なんだ?」と言ってきた相手には、カウンターの上に胸元を乗せる形で体を前のめりにさせた。
着ていたワンピースの襟元に指を引っ掛けて、チラリと覗かせると、店主はまんまと興味深そうに視線を落とした。
「触らせてあげるから、泊め」
「何をしてるんですか。李瑠様」
「え?色仕掛け」
「……もうやだ、この主」
額を押さえて弱音を吐いた神作は、私の体を後ろから抱き寄せて、コインを何枚か叩きつけるように置いた。
「これで泊まらせてもらう。文句を言うようなら殺す。いいな?」
聞いたこともないような低い声を出して、きっと鋭い眼光で睨みつけたんだろう、店主も青ざめた顔で何度も頷く。
ほとんど引きずる形で私を部屋に連れて行った彼女は入ってすぐ、バンッと扉を叩いて壁ドンの姿勢を取った。
「軽々しく男に裸を見せるとは、どういう了見ですか」
「だって……その方が早そうだし?」
「万が一のことがあったら、どうするつもりです」
「ちょっと見せるくらい平気だって。神作もそばにいたし…」
本当に触らせるつもりもなかったし、何かあれば助けてくれるだろうって安心もあったからしただけで、他意はなかった。
好きでもない男に見られてもなんとも思わない、私にとっては蟻が靴の上を歩くくらい軽い事なのに、神作の瞳には静かな怒りが滲んでいて、怖い。
見下ろしてくる視線から逃げるように顔を背けたら、頬を掴まれ無理やり元に戻される。
「跡継ぎを残すための、何よりも大切な体です。粗末な扱いはおやめください」
神作の口からは絶対に聞きたくなかった事が飛び出てきて、傷付いた心で視線を俯かせた。
「……私は別に、子供なんて産むつもりないもん」
「義務からは逃れられませんよ」
「っ…義務じゃない!あの家に生まれたってだけで、私の人生は私のものだから。誰にも縛り付ける権利はないはずでしょ!」
「しかし……現世に戻ったら、そうも言っていられませんよ」
「じゃあ、現世になんか戻らなくていい!」
異世界に来てまでまとわりつく、“家系の呪縛”にうんざりして吐き捨てると、なぜか神作の口元がうっすら笑みを作った気がした。
見上げた時にはもう無表情で、気のせいだった…?と疑念が湧く。
私が異世界に残りたい、そう強く願うようになったこの頃。
『……なるほど?考えたな…』
現世では、私達を見守る人物がひとり、モニターの光だけが青白く照らす薄暗い部屋で感心したように口角をつり上げていた。




