魔法陣の使い方
起きてから、それぞれ歯磨きや着替えなんかを済ませて、宿を出てすぐまずは商店街に向かった。
昨日と同じく夜でも朝でも賑やかな商店街には様々なお店が並んでいて、屋台のような光景が広がるのはお祭りみたいで楽しい。
「人いっぱいだね!」
「はい。邪魔ですね……あ、いや。ぶつからないように気を付けてくださいね」
本音を言い換えて、私の肩を抱いた神作は自覚なくきゅんとさせてくる。
服越しに触れ合う体温にドギマギするのは私だけで、相手は何も思わないんだろうなって考えると、少しばかり虚しくなった。
だけど表には出さず、私も私でなんでもない顔をして歩み進んだ。
今回、用があるのは武器屋だ。神作の買ったお気に入りの日本刀を買い直すため、鎧やら槍やらが吊り下げられたお店の前に立つ。
「何を買うの?」
「うーん……見た目がかっこいいやつ」
「……神作って意外と子供っぽいよね。というか、厨二病?」
「分かっていませんね、李瑠様は。剣はかっこよければかっこいいほど強いんですよ!……心情的に」
「ふぅん。そういうものなの?私には分からないや」
いくら装飾が派手に施された剣だとしても、あんまり心には刺さらなくて首をひねる。
こういうとこ、彼女はけっこう男性的なのかもしれない。私は武器よりもドレスや、アクセサリーの方に興味がある。
悩んだ末に神作が購入したのは日本刀を一本と、刃の部分が半透明の水色で、揺れる水面のようなデザインが刻まれた剣を一本、なんの変哲もない白の手袋。後は私のための鉄のブレスレット、それから赤い石のついたシンプルなネックレスだ。
「鎧とかは買わなくていいの?」
「はい。それに関しては、対策をもう練ってあります。とりあえず宿に戻って、準備をしましょう」
攻撃特化な買い物ばかりの神作に疑問を抱きつつ、またお金を払って宿の一室へと戻る。
部屋に入ってから、神作はおもむろに買った剣たちをベッドの上へ並べた。そして、どこから取り出したのか何枚かの紙を手に持つ。
「それはなに?」
「魔法陣です。……言うよりも見せた方が早いでしょう、さっそくやってみます」
「?……うん」
いったい何をするつもりなんだろう?興味深く眺めていると、神作は並べた武器の上にそっと紙を置いていった。
置かれた瞬間、紙は光を放ち、溶けるように消えていく。そして、残ったのは剣本体に記された紋章だ。
見せた方が早い、というわりに説明なしでは何をしてるのか検討もつかず、ただただ小首を傾げる。剣に何か細工をした事だけは、かろうじて伝わった。
「今、何をしたの?」
「魔法陣による条件付与です」
言いながら、水色の剣を手に取った神作は、出来上がった紋章に手を添えて説明を始める。
「こちらの剣には、元から水属性という特性が備え付けられています。それに加え、耐久力と攻撃力を向上させる魔法陣を付与しました。つまり壊れにくく、めちゃつよな剣の完成というわけです。かっこいいですね」
「魔法陣で……そんなことができるの?」
「はい。図書館で得た魔法に関する技術の知識を応用したものになります。ちなみに、この日本刀には闇属性を付与しております。闇属性には相手の命を刈り取り、自分のHPに反映させるという能力があります。妖刀爆誕というわけです。わくわくしますね」
楽しそうな言葉とは裏腹に無表情で説明を続けていく神作は、さらに手袋を装着して、甲の部分にある赤い紋章を見せてくれた。
「この手袋には右手に炎、左手に雷属性を付与しております。ついでに耐火、対雷も。ある条件を満たすことで、炎魔法と雷魔法を使う事が可能です。かっこいい、まじ滾る」
「……ある条件?」
「はい。この狭い空間では使えないので、後ほどお見せしましょう。きっとかっこいいですよ、テンション上がります」
「そ、そう……それは良かったわね」
テンションが上がるという割りに表情はそのままな神作は、最後に買ってくれたアクセサリーの数々を私の腕と首につけてくれた。
前から抱き締めるようにさらりとするから、動揺する隙さえ与えてもらえない。
「李瑠様のブレスレットとネックレスには、防御力の向上、それからリフレクション機能をつけております」
「リフレクション……反射?」
「はい。相手の攻撃を反射し、そのまま返す。いわばカウンター防御といったところでしょうか」
これで私は何もせず、ただ敵にボコされるだけでやっつけられるらしい。……ボコされる前提なのは、なんとなく気に食わない。
でも、彼女なりに考えてくれた結果だと思うと、素直に感謝した。
それに、理由はなんであれ好きな人からのプレゼントだ。嫌う理由がない。
その他にも私達が身に着けている服にも魔法陣を使って防御力アップの性能をつけて、これで鎧を着なくとも普段の格好のまま身を守れると教えてくれた。
「すごいわね、神作……こんなこと思いついちゃうなんて」
「鎧なんか重くて着てられないですから。魔法陣は書ききった時点で発動してしまいますし、扱いに困っていたのですが……図書館での知識は本当に役立ちました。ここに来てよかった」
「……ごめん。私、任せきりで」
「生き抜くために必要な事をしているまでです。李瑠様が謝ることではありません」
優しい彼女はそう言ってくれたけど、心に残る申し訳なさは消えてくれない。
「……私も、戦えるようになりたい」
「それなら、ちょうどいいものがありますよ」
ぽつりと呟いた言葉に反応して、神作はダンジョンで手に入れたあのピコピコハンマーを持った。
ハンマーにも紋章があって、魔法陣で何かしらの能力を付与したことは分かったものの、どうしてそれをおすすめするのか分からなくてきょとんと見る。
「このハンマーには、爆破属性を付与しました。衝撃が加わると、小爆発を起こします」
「わお……なんか強そう」
「これなら生き物を斬り殺している感覚はないですから、李瑠様の精神の負担も減らせるかと」
「ありがとう…」
武器がピコピコハンマーなんて、なんだかおかしい気もするけど……今はありがたい。確かに、モンスターを殺しているという感覚が無くなるのも私には必要なことで、神作の親切心も汲んで受け取った。
「でも、これずっと持って歩くには……邪魔ね」
「ご安心ください。このゲーム……否、世界にはボックス機能というものが存在します」
そこで、これまで密かに疑問を抱いていた、神作がどこからものを取り出しているのか問題が解決した。
ボックス機能というのは、見えない四次元空間のようなところにアイテムを預けられる機能で、これは魔法とか関係なくこの世界に来た時から備わっているスキルらしい。
取り出したい時は頭の中で願うだけで手元に反映され、しまう時も同じく願うだけ。そんな便利な機能があったなんて、こうやって説明されるまで知らなかった。
「神作……ほんと詳しいわね」
「ここへ来た初日、李瑠様が寝ている間に一通り調べ尽くしましたから。魔法陣に関しても、あの小屋にある書物で大体の仕組みは把握しました」
「そうだ。気になってたんだけど……そもそも、どうして詠唱魔法を使えないの?」
「それは、魔法を使う際の魔力供給に要因があります」
彼女が言うには、詠唱魔法は自身の体内にある魔力を消費し、魔法陣は空間に宿る魔力を消費する。異世界で生まれ育ってない――現世から来た私達には体内に魔力が備わっていないため、詠唱魔法は使用不可。とのこと。
ちなみに詠唱魔法と魔法陣で使う魔力の質や量、使える種類なんかに差は無く、仮に詠唱魔法を使えなくとも書く手間がかかるだけで魔法陣でも問題ないんだとか。
「むしろ、魔法陣は書き加えれば書き加えるほど、際限なく何から何まで条件を設定、指定できるので使い勝手は良いです。ただ、その分より複雑で書くのが難しいものにはなりますがね」
「属性の付与とかは、簡単なの?」
「はい、比較的。しかし条件の設定となると、少し難しくなってきます。それら全てを異界の言葉で書き示さなくてはなりませんから」
魔法陣にもいくつかルールがあり、そのルール通りに書かなくてはならないため大変らしい。
それらをうまく使いこなせる神作は天才……なんかではなく、彼女の努力の上に成り立つものであることも理解していた。
どこにでもいる普通の少女だった神作には、良くも悪くも秀でた才能はないはずだ。
なのに、こうしてサクサク物事を進められているのは、現状を打破するため学び、陰ながら失敗を繰り返してはまた挑戦する。その地道な努力の結晶のおかげだ。
「神作……無理してない?」
「はい!むしろここに来てからずっと、非日常的な事ばかりで楽しいです。わくわくします。いつか異世界に行って無双してやりたいと思っていた夢が叶いました」
無邪気に笑う彼女の中に、幼い頃の抑圧が解放された気配を感じて、安堵と共に抱いたのは色々なことに対する負い目だった。
「李瑠様も、ぜひ楽しみましょう。せっかくの異世界ですから、楽しまなきゃ損ですよ」
「……そうね」
励ましの言葉も、胸を苦しめてくるばかりだ。
それでも前向きに気持ちを切り替えて、私達は仮眠を取った後、宿を後にした。
次に向かうのは、ギルドの街・ウォーリアル。
だけどその前に……波乱の予感が背後まで迫ってきていたことを、この時はまだ知らない。