敬語やめてみて
全ての準備を終えた私達はホーキンズの出入り口付近にある馬車に乗り込み、さっそく旅を再開させた。
ウォーリアルまではここから馬車でも二日、三日かかるということで、途中の村で小休憩を挟むらしく、それまでは馬車のキャビンで軽食を食べながら暇潰しに会話を始めた。
「そういえばさ、神作」
「はい」
「なんで異世界に来てからも、敬語なの?」
私の素朴な疑問に、神作自身も考えていなかったことなのか、何かを思案する仕草を見せた。
「李瑠様が……私のご主人様だから、ですかね」
「だってもう、ここじゃそんなの関係ないでしょ?神作のが年上なんだし、タメ口でも良くない?」
「……確かに。仰る通りです」
「神作だってそっちの方が話しやすいんじゃない?」
「いえ……私は基本的に誰に対しても敬語で接しているので、タメ口の方が慣れないです」
「そうなの?」
「はい。私が敬語を使わずに話すのは家族しかいません。知人友人とは、ある一定の距離を保っておきたいので……そうしています」
「へぇ……そうなんだ…」
ということは、神作のタメ口ってレア中のレアなのでは?
その事に気が付いたら、ますます敬語をやめてほしくて、「試しにタメ口でなんか話してみて」とお願いしてみた。
神作は戸惑いながらも、私の願いを叶えようとしたのか、薄く口を開く。
「えっと……ナニヲ、ハナセバイイ」
「めっちゃ棒読み」
「申し訳ありません。李瑠様に敬語を使わないのは、なんだか悪いことをしているみたいで…」
眉を垂らす神作は困惑に満ちていて、滅多に見られない表情だからついついガン見して目に焼き付けておく。
「ねぇ、もっと話してみて?神作のタメ口聞きたい」
「あ……はい。うん。どう、しようかな」
話題を探しているのか、顎に指を置いて瞼を伏せた姿が可愛くて、頬が緩んだ。
少し悩んで、彼女が思いついたのは食べていた果物に関するものだったらしく、持っていた赤い果実を見せてきた。
「こ、これ、オイシイネ」
「ははっ、ロボットみたい。話し方」
「……慣れないんです、笑わないでください」
照れたのか僅かに頬を赤く染めて顔を逸らした神作がかわいすぎて、煩悩が脳を支配する。
抱き締めたいなー……とか思っちゃうけど、そんな事したら怒られちゃうかな?なんて、悩んだのはほんの一瞬で、どうせ拒否されると頭で理解していても、体は彼女を求めて動いた。
相手の膝に手を乗せて、体を前屈みにして近付く。
「神作…」
「なんですか」
「ちゅーしたい」
唇を尖らせてみたら、神作はいつもみたいに冷めた態度はせず、目を泳がせた後で俯いた。
「だめ、だよ……李瑠…様」
タメ語縛りで恥ずかしがってるだけだったとしても、照れて断る仕草があまりにかわいすぎて、キュンと胸の奥が締め付けられた。
え。なにその顔。その言い方。かわい……え?
混乱するくらいには性癖にどん刺さり、荒れ狂う欲望を留めておけず神作の頬を両手で挟み込んで、半ば無理やりこちらを向かせた。
「っちょ……何するんですか!まさか本当にキスしようとしてます!?」
「するに決まってるでしょ!かわいすぎるんだもん!」
「っ落ち着いてください、こんなところで何を考えてるんですか!」
「大丈夫!誰も見てないから。ここにはふたりだけだから。優しくするから!」
「ふざけ……っ嫌です!いやだ!誰か助け…!」
顔を近付けようとする私と、腕を掴んで必死で顔を逸らして逃げようとする攻防の最中。
「うわ……っ!」
ガタッ、と馬車全体が大きく揺れ動いた。
その衝撃で後ろへ倒れ込んだ神作に引っ張られるようにして、体の上に覆い被さる形で私も倒れた。
「大丈夫ですか、李瑠様!」
「う、うん。私は大丈夫……それより、今のは何?」
もはやキスをするどころじゃなくて、突然のことに驚いてキャビンのカーテンをまくり外を見てみれば、
「お、お助けを……!山賊だ…!」
御者のおじさんが情けない声を出し、キャビンまで飛び込んできた。
原因は、馬車の周りを取り囲んだ、いかにもガラの悪い男達である事は見てすぐ分かって、どうしようと困っているうちに神作がキャビンから飛び降りる。
その手には武器も何もなくて、あるのは紋章のついた手袋がひとつだけ。とても、戦う準備が整ってるとは思えない。
「良い機会です、手袋の効果を試しましょう」
どうしてか彼女は嬉しそうで、今回は魔物ではなく人間相手だというのに躊躇いもなく右手を前に突き出した。
「私の腕まで、吹き飛ばなければいいのですが」
静かに不穏な事を呟いて、まるで指を鳴らす動きと同じで素早く指同士を交差させる。
きっと手袋をしていなかったら、パチンと音が鳴っていただろう動作で手袋の紋章が赤く輝いたと思ったら、神作の手元から人ひとりは簡単に包めそうなほど大きな炎が吹き上がった。
炎に包まれた男が「熱い」と叫び、皮膚はだんだんとただれ、溶け落ちていく。
「……うん。どうやら、成功したようです」
人が目の前で死んだ、自分が殺したというのに物怖じすらしてない神作は満足げに微笑み、今度は左手で指を鳴らす。
眩しくて目を閉じてしまうほどの光が男に向かって走り抜け、頭を貫かれたその男もまた、顔の皮膚をどろどろ溶かしながら叫ぶ暇もなくどさりと地面に倒れた。
「この手袋は、指パッチンの動作で魔法を発動するよう設定しております。私の好きなアニメのキャラから、発想を得ました」
誰に対しての説明なのか、話しながら次々山賊であろう男達を殺していった神作は最後に、生き残ったひとりの髪をおもむろに鷲掴み、顔を上げさせる。
彼女の手には、紙が一枚……指と指の間に挟み持たれていた。
「人間の敵に会ったら、やってみたいことがあったんです。あなたは運が良いですね、生き残れるチャンスですよ」
「っぐ、な……なにを、するつもりだ」
もはやどちらか悪役か分からない。そのくらいには邪悪に歪んだ笑顔の神作は、男の喉元に紙を張り、紙は武器に貼り付けた時と同様、紋章を残して消えた。
「詠唱魔法の時間です。“炎よ、燃え盛れ”と言ってみてください」
「な、にを……意味のわからないことを…」
「言え。死にたくなければ、ね」
冷たい声色で囁かれた男の顔は恐怖に染まり、震えた口が「炎よ、燃え盛れ」と上擦った声を出す。
途端に、男の喉元から炎が吹き乱れ、喉を焼かれた男は白目を剥き口をあんぐり開けた状態で絶命していた。
「……なるほど。自分の体から発現してしまうとは。この方法は使えないな…」
望んでいた成果が得られなかったんだろう、肩を竦ませてキャビンへと戻ってきた神作は、放心したままの私に手を伸ばした。
「終わりましたよ、李瑠様。大丈夫でしたか」
「え、ええ……でも、神作、人を殺し…」
「はい。たとえ魔物だろうが人間だろうが、容赦なく殺しますよ」
「え?」
これまでにないくらい、冷めた目をした彼女を見上げる。
「私が、怖いですか」
私の不安感を誤解したんだろう、落胆混じりの質問に、首を横に振る。
怖くは、ない。怖くない、けど…。
「ごめん……なさい、神作。私、あなたにそこまでさせるつもりじゃ…」
「あなたが気に病むことはありません。気にしないでください」
「でも」
「李瑠様」
いつの間にか手袋が外された手が、頬を触る。彼女の手は、心を表すかのように冷え切っていた。
「あなたに出会ったあの瞬間から、私の全ては李瑠様……あなたのものです」
いつまでも消えてくれない奴隷根性が、殺人にまで手を出させてしまったのなら……そんなの、良くないに決まってる。
もう囚われなくていい、そう言おうとした私の唇に指を当て遮った彼女は、真剣な面持ちで言葉を続けた。
「あなたのためなら、私は殺人鬼にだってなりますよ」
私の、ため…?
きっと、それほどの覚悟を持っているという意思表示なんだろう。
神作にそこまで言われて嬉しい気持ちよりも、自分のせいで人が死んでしまった事実の方が大きくて、素直に喜べなかった。
むしろ心は傷付いて、自分を責める言葉ばかりが頭に浮かんだ。




