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『異世界転生したら人生逆転できると思っていた。』  作者: 霜月 七日


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13/15

第13話 王国1の大商人なら、俺の才能を理解してくれると思っていた。

初めての大口注文を獲得したものの、商品は完成せず、資金繰りも限界に近づいていた健太。

頼りにしていた社員まで辞めてしまい、会社は存続の危機を迎える。

そんなとき、健太は王国最大の商業グループを率いる人物の存在を知る。

しかも、その人物は、自分と同じ日本人だった。

異世界生活、140日目。

「……あと5日?」

 田中健太は、机の上の契約書を見つめていた。

 多機能四輪荷車。

 受注数量、5台。

 契約金額、銀貨50枚。

 前受金、銀貨25枚。

 納期、145日目。

 そして、完成した荷車は0台。

「……嘘だろ」

 健太は頭を抱えた。

 作業場からは、木を削る音が聞こえてくる。

 ノルンとフィルが、朝から試作品の改良を続けていた。

 だが、金属製の軸受けがまだ届いていない。

 外部工房へ依頼する資金が不足していたからだ。

「……何で、こんなことになったんだよ」

 健太は呟いた。

 商品は売れるはずだった。

 社員を雇えば、開発も進むはずだった。

 そして、大口注文を取れば、借金だって返せるはずだった。

 それなのに。

 現実は、何1つ思いどおりになっていない。

「……田中代表」

 作業場からノルンが顔を出した。

「……何?」

「少し、お話があります」

「……また問題?」

 ノルンは黙った。

 その表情を見て、健太はため息をついた。

「……何だよ」

「荷車の前輪ですが、このままでは完成させられません」

「……だから、金属で補強するんだろ?」

「はい。ですが、部品がまだありません」

「……」

「それに、部品が届いても、5台分を納期までに製作するのは難しいです」

 健太は顔をしかめた。

「……徹夜すれば?」

 ノルンの表情が曇った。

「……田中代表」

 フィルも作業場から出てきた。

「それでも、安全な商品を完成させられる保証はありません」

「……」

「未完成のものを納品して、事故が起きたらどうするんですか?」

 健太は黙った。

 その言葉に、反論できなかった。

 確かに、壊れるかもしれない荷車を販売するわけにはいかない。

 だが、納期を守れなければ、会社が潰れる。

「……じゃあ、どうすればいいんだよ」

 健太は、弱々しく呟いた。

 ノルンは少し考えた。

「……納期の延長をお願いするしかないと思います」

「……」

「それでも難しければ、注文を取り消していただくことも必要かもしれません」

 健太は俯いた。

 注文を取り消す。

 銀貨50枚の売上が消える。

 しかも、前受金を返さなければならない。

「……そんなことしたら、終わりじゃん」

 ノルンは答えなかった。

 フィルも黙っていた。

 健太は、机の上に残された書類を見つめた。

『緊急経営報告書』

 辞めたセシルが、最後に残していったものだった。

 そこには、今まさに必要な対応が書かれていた。

 新規注文の停止。

 取引先との納期再協議。

 返済条件の見直し。

 従業員給与の確保。

「……あいつの言うとおりだったのか」

 健太は小さく呟いた。


* * *


異世界生活、142日目。

「……納期を延ばしてほしい?」

 商店主のオルバンは、健太を見つめた。

「……はい」

 健太は頭を下げた。

「製造に少し時間がかかっていて」

 オルバンは眉をひそめた。

「契約では、145日目に納品する約束だったはずだ」

「……はい」

「うちは、その荷車を使って新しい倉庫へ商品を運ぶ予定なんだ」

 健太は黙った。

「納品が遅れるなら、運搬計画を変更しなきゃならん」

「……すみません」

 オルバンはため息をついた。

「……どのくらい遅れる?」

「……1週間くらい」

「完成の見込みはあるのか?」

 健太は答えられなかった。

 金属部品が届いていない。

 強度試験も終わっていない。

 そして、5台分の製造時間も足りない。

「……頑張れば」

 思わず答えた。

 オルバンの表情が険しくなった。

「田中さん」

「……はい」

「俺が聞いているのは、頑張るかどうかじゃない」

 健太は顔を上げた。

「……」

「いつ、契約どおりの商品を納められるのかだ」

 健太は黙った。

 オルバンは続けた。

「完成時期がわからないなら、注文を取り消したい」

「……え?」

「前受金の銀貨25枚を返してくれ」

 健太は固まった。

「……25枚?」

「ああ」

「……今すぐ、ですか?」

「契約を解除するなら、返金の話をしなきゃならんだろう」

 健太は顔を青くした。

 その金は、すでに材料費や事務所の支払いに使っていた。

 全部は残っていない。

「……少し、待ってもらえませんか?」

 オルバンは、しばらく健太を見つめていた。

「……田中さん」

「……はい」

「前金というのは、商品を納める約束を信用して払うものだ」

「……」

「商品ができていないのに、なぜ返す金もないんだ?」

 健太は答えられなかった。

 オルバンは静かに続けた。

「返金については、商業ギルドを通じて協議しよう」

 健太は、小さく頷いた。

「……はい」

 店を出る。

 通りには、多くの商人が行き交っていた。

 荷車を押す人。

 商品を運ぶ人。

 客と交渉する人。

 皆、自分の仕事をしている。

 その中で、健太だけが立ち止まっていた。

「……終わった」

 小さく呟いた。

 銀貨50枚の売上予定が消えた。

 返金義務が残った。

 そして、借金の返済期限も近づいている。

 もう、何をすればいいのかわからなかった。


* * *


異世界生活、143日目。

「……ケンタ」

 聞き覚えのある声がした。

 商業ギルドの前で、健太は振り返った。

「……ガレスさん?」

 そこにいたのは、鍛冶師のガレスだった。

 以前、魔導回転機の改良で一緒に仕事をした職人だ。

「久しぶりだな」

「……お久しぶりです」

 健太は、少し気まずそうに頭を下げた。

 会社を設立してから、ガレスの工房にはほとんど顔を出していなかった。

 自分は社長になったのだから、薪割りのような仕事はしない。

 そんなことを考えていたからだ。

「……どうした? 元気ねえな」

 ガレスが尋ねた。

「……ちょっと、会社が」

「……会社?」

 健太は、事情を説明した。

 借金。

 大口注文。

 製造の遅れ。

 返金。

 そして、従業員の退職。

 ガレスは、最後まで黙って聞いていた。

「……なるほどな」

 説明が終わると、静かに頷いた。

「……俺、経営向いてないんですかね」

 健太は呟いた。

 ガレスは少し考えた。

「……向いてるかどうかは知らねえ」

「……」

「だが、知らねえことを知らねえまま進めりゃ、誰でも失敗するだろ」

 健太は俯いた。

 ガレスは続けた。

「お前さんのアイデアは、悪くなかった」

「……はい」

「だが、荷車を作るなら、まず職人に聞くべきだったな」

 健太は黙った。

「実際に作れるのか。いくらかかるのか。どれくらい時間が必要なのか」

 ガレスは指を折って数えた。

「それを確認してから、注文を取るもんだ」

 健太は苦笑した。

「……そうですよね」

 ガレスは頷いた。

「まあ、失敗したことは仕方ねえ」

 そして、健太の肩を軽く叩いた。

「ちゃんと後始末して、またやり直せばいい」

 健太は顔を上げた。

「……やり直せますかね」

「生きてりゃ、仕事はいくらでもある」

 ガレスは笑った。

「うちでも、薪割りなら雇ってやるぞ」

 健太は、少しだけ笑った。

「……ありがとうございます」

 そして、ふと思い出した。

「……そういえば、ガレスさん」

「ん?」

「最近、仕事はどうですか?」

 ガレスは笑った。

「ありがたいことに、忙しくてな」

「……魔導回転機の件ですか?」

「ああ。それもある」

 ガレスは続けた。

「実は、レオンさんが大きな商会との提携を進めててな」

 健太の表情が変わった。

「……レオンさん?」

「ああ」

「……どこの商会ですか?」

 ガレスは、少し誇らしそうに答えた。

「神崎商業グループだ」

「……神崎?」

 健太は首を傾げた。

 聞き覚えのない名前だった。

「王国1の大商会らしい」

「…………」

 健太は固まった。

「……王国1?」

「ああ」

 ガレスは頷いた。

「物流、鉱山、建設、金融、魔導機械。いろんな事業をやってるらしい」

 健太は目を見開いた。

「……すげえ」

「しかも、会長は日本人の転生者なんだと」

「…………」

 健太は、さらに固まった。

「……日本人?」

「ああ。神崎隆一っていう人らしい」

 健太の心臓が跳ねた。

 日本人。

 王国最大の商業グループ。

 そして、会長。

「……マジですか?」

「ああ」

 ガレスは笑った。

「レオンさんも日本人だから、話が合うんだろうな」

 健太は黙った。

 同じ日本人。

 しかも、自分と同じ転生者。

 それが、王国1の大商人になっている。

「……そうか」

 健太は小さく呟いた。

 そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「……やっぱり、そうなんだ」

 自分の考えは間違っていなかった。

 異世界に転生すれば、人生を逆転できる。

 その証拠が、ここにある。

「……神崎さんって、どこにいるんですか?」

 健太が尋ねた。

 ガレスは首を傾げた。

「王都の中央商業地区に本社があるらしいぞ」

「……近いじゃないですか!」

「ああ」

 健太は拳を握った。

 王国1の大商人。

 同じ日本人。

 きっと、自分の才能を理解してくれるはずだ。

「……ありがとうございます!」

 健太は勢いよく頭を下げた。

 そして、駆け出した。

「……おい、健太!」

 ガレスが声をかけた。

「ちゃんと話を聞けよ!」

 だが、健太は振り返らなかった。

 頭の中には、すでに新しい成功物語が始まっていた。


* * *


異世界生活、144日目。

 王都中央商業地区。

 神崎商業グループ本社。

「……でけえ」

 健太は、目の前の建物を見上げた。

 5階建ての石造り。

 入口には、金色の紋章。

 行き交う商人たちは、上等な服を着ていた。

「……これが、王国1の会社か」

 自分が借りた小さな事務所とは、比べものにならない。

 だが、健太は不思議と怖くなかった。

 なぜなら、会長は日本人なのだから。

「……同じ日本人なら、話くらい聞いてくれるだろ」

 健太は胸を張った。

 そして、正面入口へ向かった。

「いらっしゃいませ」

 受付の女性が、丁寧に頭を下げた。

「本日は、どのようなご用件でしょうか?」

「神崎会長に会いたいんですけど」

 健太は堂々と答えた。

 女性は微笑んだ。

「ご面会の予約はございますか?」

「……ないです」

「それでは、担当部署へご用件をお伝えいただけますでしょうか?」

「いや、会長に直接話したいんですよ」

 女性は、少し困った表情を浮かべた。

「恐れ入りますが、会長へのご面会には事前の予約が必要となっております」

 健太は眉をひそめた。

「……俺、日本人なんですけど」

「……はい?」

「神崎会長も、日本人ですよね?」

「そのように伺っております」

「だったら、同じ日本人同士、話くらいできるでしょ?」

 女性は、丁寧に頭を下げた。

「申し訳ございません」

「……え?」

「ご出身にかかわらず、面会については同じ手続きをお願いしております」

 健太は固まった。

「……いや、でも」

「はい」

「俺も転生者なんですよ?」

「承知いたしました」

「しかも、商会の社長なんです!」

 女性は静かに頷いた。

「それでは、商会名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ケンタ魔導技術開発商会です!」

 女性は、手元の資料を確認した。

「……現在、事業提携をご希望ということでしょうか?」

「そうです!」

 健太は勢いよく頷いた。

「俺には、現代日本の知識があるんです!」

「承知いたしました」

 女性は、申請書を差し出した。

『事業提携申込書』

『事業内容』

『取引実績』

『財務状況』

『提携希望内容』

『提案による相互利益』

 健太は、その紙を見つめた。

「……これ、全部書くんですか?」

「はい」

「……会長に直接話した方が早くないですか?」

「恐れ入りますが、まず担当部署で審査を行っております」

 健太はため息をついた。

「……面倒くさ」

 受付の女性は、何も言わなかった。

 健太は、仕方なく申請書を受け取った。

 そして、受付横の机に座った。

『事業内容』

 現代日本の知識を使った商品開発。

『取引実績』

 魔導機械改良案。

 四輪手押し車。

 折り畳み椅子。

『財務状況』

 健太は手を止めた。

 借金、銀貨60枚。

 返金義務、銀貨25枚。

 未完成の商品、5台。

 資金不足。

 そのまま書けば、審査に落ちる気がした。

「……ここは、後でいいか」

 健太は空欄にした。

『提携希望内容』

 神崎会長との共同事業。

『提案による相互利益』

 健太は、少し考えた。

 自分は現代知識を提供する。

 神崎グループは資金と人材を提供する。

 そして、利益は半分ずつ。

「……これでいいだろ」

 健太は満足そうに頷いた。

 そして、申請書を受付へ提出した。

 女性は書類を確認した。

「……田中様」

「はい?」

「財務状況の欄が未記入となっております」

「……そこは、後でいいですか?」

「申し訳ございません。必須項目となっております」

「……」

「また、提案内容について、具体的な事業計画書を添付していただく必要がございます」

 健太は眉をひそめた。

「……それを、これから会長と相談するんですよ」

 女性は、丁寧に答えた。

「恐れ入りますが、事前に事業の実現可能性を確認しております」

「……」

「必要書類が揃っていない場合、審査へ進むことができません」

 健太は黙った。

 しばらくして、静かに尋ねた。

「……レオン商会は、どうやって提携したんですか?」

 女性は顔を上げた。

「……レオン商会様ですか?」

「はい」

「申し訳ございませんが、個別のお取引についてはお答えできません」

 健太は唇を噛んだ。

 レオン。

 また、あいつだ。

 自分が考えたアイデアを使って、大きな仕事を成功させた。

 そして、今度は王国1の商会と提携する。

 それなのに、自分は受付で止められている。

「……俺だって、最初は一緒にやってたんですよ」

 健太は呟いた。

 女性は、静かに聞いていた。

「……魔導機械の改良だって、俺が最初に言い出したんです」

「……そうなのですね」

「なのに、なんで俺だけ」

 健太は言葉を止めた。

 受付の女性は、何も言わなかった。

 ただ、申請書を丁寧に返した。

「必要書類が揃いましたら、改めてお申し込みください」

 健太は、しばらくその紙を見つめていた。

 そして、小さく答えた。

「……わかりました」

 申請書を受け取り、建物を出た。

 外には、いつもどおりの王都が広がっていた。

 健太は、建物を振り返った。

「……なんだよ」

 小さく呟いた。

「……同じ日本人なのに」

 その言葉には、悔しさが滲んでいた。

 だが、受付の女性が間違ったことを言ったわけではない。

 予約が必要。

 事業計画が必要。

 財務状況の確認が必要。

 それは、どの商会にも求められる、ごく普通の手続きだった。

 健太は、そのことをまだ受け入れられなかった。


* * *


同じ頃。

 神崎商業グループ本社、5階。

 会議室には、2人の日本人が向かい合っていた。

「……初めまして」

 レオンは丁寧に頭を下げた。

「レオン商会の代表を務めております」

 向かいに座る男が、微笑んだ。

「神崎隆一です」

 39歳。

 日本からの転生者。

 前世では、大手総合商社に勤務していた。

 そして現在は、アルディア王国最大の商業グループを率いる経営者だった。

「同郷の方だと伺っています」

 神崎が尋ねた。

「はい」

 レオンは頷いた。

「日本から転生してきました。本名は佐伯蓮と申します」

「……佐伯さんですか」

 神崎は微笑んだ。

「こちらの世界では、レオンと名乗っていらっしゃるんですね」

「はい。現地の方に呼びやすい名前として使っています」

 神崎は頷いた。

「なるほど」

 そして、静かに続けた。

「今回、お招きしたのは、同じ日本人だからではありません」

 レオンは姿勢を正した。

「……はい」

「あなたの商会が、非常に興味深い仕事をされたと聞いたからです」

 神崎は、机の上に報告書を置いた。

『王都北部金属加工組合』

『魔導加工機改良事業』

『全20台・納品完了』

『性能評価・適合』

 レオンは頷いた。

「ありがとうございます」

「複数の工房をまとめ、納期と品質を両立されたそうですね」

「はい」

 レオンは答えた。

「各工房の製造能力を確認し、無理のない数量を割り振りました」

 神崎は微笑んだ。

「いい判断ですね」

「また、改良内容についても、設備の用途ごとに適用可否を判断しました」

「……なるほど」

「すべての機械に同じ改良を施しても、効果が出るとは限りませんので」

 神崎は頷いた。

「そのとおりです」

 そして、少し笑った。

「あなたは、経営企画の経験があるそうですね」

「はい。前世では、大手製造業の経営企画部門に勤務していました」

「なるほど」

 神崎は微笑んだ。

「だから、技術そのものより、技術を事業として成立させる仕組みに目が向く」

 レオンは頷いた。

「……おっしゃるとおりです」

 神崎は書類を閉じた。

「……佐伯さん」

「はい」

「私たちと、業務提携しませんか?」

 レオンの表情が変わった。

「……業務提携、ですか?」

「はい」

 神崎は頷いた。

「私たちには、王国全土の販売網と資材調達網があります」

「……」

「一方、あなたには、小回りの利く経営体制と、優秀な技術者たちとの関係がある」

 神崎は微笑んだ。

「それを組み合わせれば、もっと大きな仕事ができると思いませんか?」

 レオンは、少し考えた。

 そして、静かに頷いた。

「……非常に魅力的なお話です」

「ありがとうございます」

「ただし、商会の独立性については、確認させてください」

 神崎は微笑んだ。

「もちろんです」

 そして、続けた。

「私が欲しいのは、命令に従う人間ではありません」

「……」

「一緒に利益を生み出せる、信頼できる取引相手です」

 レオンは深く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 神崎は頷いた。

「それから、もう1つ」

「はい?」

「今回の改良に携わった、ガレスという鍛冶師についても、お話を伺いたい」

 レオンは微笑んだ。

「非常に優秀な職人です」

「……ほう」

「技術的な判断は、ほとんど彼が担当しました」

 神崎は頷いた。

「それは、ぜひお会いしたいですね」

 そして、静かに続けた。

「工房の独立性を尊重したうえで、グループの製造ネットワークに参加していただけないかと考えています」

 レオンは頷いた。

「それなら、話を聞いていただけると思います」

 神崎は微笑んだ。

「ぜひ、ご紹介ください」

 こうして、王国最大の商業グループと、小さな商会、そして職人の工房を結ぶ新たな事業が動き始めた。


* * *


異世界生活、145日目。

「……返済期限、明日?」

 健太は、机の上の契約書を見つめていた。

 ザック金融商会。

 借入金、銀貨50枚。

 返済予定額、銀貨60枚。

 契約書には、翌日が返済期限として記されていた。

「……嘘だろ」

 健太は頭を抱えた。

 商会の金庫には、銀貨がわずかしか残っていない。

 大口注文は、納品できる見込みがない。

 オルバンからは、返金を求められている。

 従業員の給与も、支払いが迫っていた。

 そして、ザックへの返済。

 銀貨60枚。

「……無理だろ」

 健太は呟いた。

 そのとき、扉が叩かれた。

「……田中様、いらっしゃいますか?」

 聞き覚えのない声だった。

「……はい?」

 扉を開けると、黒い上着を着た男性が2人立っていた。

「ザック金融商会の者です」

 健太は固まった。

「……え?」

「融資契約について、お話がございます」

 男性は、丁寧に頭を下げた。

「明日が返済期限となっておりますので、返済のご準備状況を確認したく参りました」

 健太は何も言えなかった。

 男性は続けた。

「また、現在の事業状況について、確認が必要な情報がございます」

「……情報?」

「納品遅延と返金協議が発生していると伺っております」

 健太は顔を青くした。

「……」

「契約条件に基づき、返済能力について確認させていただきたいのです」

 健太は、ゆっくりと後ずさりした。

 そして、机の上に置かれた書類を見つめた。

 借金。

 未完成の商品。

 返金義務。

 給与。

 すべてが、目の前に並んでいる。

「……少し、待ってください」

 健太は小さく答えた。

 だが、男性は静かに首を振った。

「お待ちすることは可能ですが、返済義務がなくなるわけではございません」

 健太は黙った。

 そして、ようやく理解した。

 社長という肩書きがあっても。

 日本人という特別な出身があっても。

 現代知識があっても。

 契約した責任は、消えない。

 異世界生活、145日目。

 田中健太、34歳。

 ケンタ魔導技術開発商会代表。

 借入金返済予定額、銀貨60枚。

 前受金返金協議中。

 従業員給与、支払い予定あり。

 そして、返済期限まで残り1日。

 かつて、異世界に転生すれば人生を逆転できると信じていた男。

 その男は今、机の上に置かれた契約書を見つめていた。

 もう、誰かのせいにはできない。

 誰かが助けてくれる保証もない。

 そして、何より。

 自分が下した決断の結果から、逃げることはできなかった。

王国最大の商業グループを率いる神崎隆一が登場しました。

同じ日本人であっても、実績を積み重ねたレオンと、準備もなく訪れた健太では、対応が異なります。

一方、健太の会社では、これまで先送りしてきた問題が一気に表面化しました。経営者として最後に何を選ぶのかが問われています。

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