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『異世界転生したら人生逆転できると思っていた。』  作者: 霜月 七日


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11/13

第11話 借金すれば会社を大きくできると思っていた。

自分のアイデアが商品として認められ、わずかながら継続収入も得られるようになった健太。

小さな成功を手にした彼は、次の目標を決めた。

それは、自分の商会を王国有数の大企業へ成長させることだった。

しかし、会社を大きくするには、アイデアだけでは足りなかった。

異世界生活、112日目。

「……月に銀貨3枚か」

 田中健太は、商業ギルドから渡された報告書を見つめていた。

 折り畳み椅子の販売実績。

 以前、商人組合に提案した商品の売上に応じて、一定の報酬が支払われる契約になっている。

 その今月分が、銀貨3枚だった。

「……悪くないな」

 健太は満足そうに頷いた。

 何もしなくても、商品が売れるたびに金が入る。

 もちろん、実際には職人たちが製造し、商人たちが販売している。

 だが、健太にとって重要なのは、自分が考えたアイデアが収入になっているという事実だった。

「……これが不労所得ってやつか」

 小さく笑った。

 日本にいた頃、動画で何度も見た言葉だ。

 仕組みを作れば、あとは金が入ってくる。

 成功者は、自分で働かない。

 人と金を働かせる。

「……やっぱ、俺には経営者の才能があるんだよな」

 健太は椅子にもたれかかった。

 すでにケンタ魔導技術開発商会を設立している。

 四輪手押し車の商品企画も採用された。

 折り畳み椅子からは、継続収入も得られるようになった。

 魔導回転機の改良案だって、自分が最初に考えたものだ。

 実績は十分。

 あとは会社を大きくするだけだった。

「……そろそろ、社長らしい仕事をするか」

 健太は紙を取り出した。

 そして、大きく書いた。

『ケンタ魔導技術開発商会・事業拡大計画』

 その下に、目標を並べていく。

『従業員10人』

『商品開発部門の設立』

『自社工房の開設』

『王国全土への販売』

『年間売上・銀貨1000枚』

「……完璧だな」

 健太は笑った。

 問題は、資金だった。

 今の手持ちでは、従業員を雇うことすら難しい。

 だが、日本で見た経営者の動画では、よくこんなことを言っていた。

『借金は悪ではない。事業への投資だ』

「……そうだよな」

 健太は頷いた。

 事業を大きくするための借金。

 それは、普通の借金とは違う。

 将来の利益を生むための投資なのだ。

「……よし」

 健太は立ち上がった。

「銀行に行こう!」


* * *


王都中央商業地区。

 商業ギルドの近くにある金融商会。

 健太は、融資担当者のグレゴールと向かい合っていた。

「……銀貨500枚の融資をご希望ですね」

「はい!」

 健太は胸を張った。

「今後、事業を大きくする予定なので!」

 グレゴールは書類を確認した。

「現在の商会の売上について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「売上ですか?」

「はい」

 健太は少し考えた。

「……今までで、銀貨20枚くらいです」

「なるほど」

 グレゴールは頷いた。

「では、現在の保有資産は?」

「……資産?」

「現金、設備、在庫などです」

「……現金なら、少しあります」

「具体的には?」

「……銀貨12枚くらいですね」

 グレゴールは、静かに書き込んだ。

「従業員は何人いらっしゃいますか?」

「これから10人雇います!」

「現時点では?」

「……俺だけです」

「なるほど」

 グレゴールは顔を上げた。

「では、銀貨500枚を使って、具体的にどのような事業を行う予定でしょうか?」

 健太は待っていたとばかりに答えた。

「新商品を開発します!」

「……どのような商品ですか?」

「それは、これから考えます」

 グレゴールのペンが止まった。

「……これから?」

「はい!」

 健太は自信満々に頷いた。

「俺には現代日本の知識があるんで、アイデアはいくらでも出せます!」

「なるほど」

 グレゴールは、少し考えた。

「製造を担当する工房は決まっていますか?」

「これから探します」

「販売先は?」

「商品が完成してから営業します」

「事業開始後の費用見込みは?」

「……費用?」

「人件費、設備費、材料費、家賃などです」

 健太は少し眉をひそめた。

「まあ、その辺は銀貨500枚あれば足りますよね?」

 グレゴールは、しばらく黙っていた。

 そして、書類を閉じた。

「……田中様」

「はい?」

「大変申し訳ありませんが、今回の融資はお受けできません」

「…………」

 健太は固まった。

「……え?」

「事業計画に、具体的な収益見込みがありません」

「……でも、将来性はありますよ!」

「可能性があることと、返済できる見込みがあることは別です」

 健太は顔を赤くした。

「……俺、商品企画で成功してるんですよ?」

「その実績は評価できます」

 グレゴールは頷いた。

「ですが、現在の事業規模に対して、希望融資額が大きすぎます」

「……」

「まずは小規模な事業を継続し、収益と資産を積み上げることをおすすめします」

 健太は黙った。

 小規模。

 継続。

 積み上げる。

 また、それか。

 自分は、もっと大きな仕事をしたいのだ。

「……わかりました」

 健太は書類を受け取った。

 そして、金融商会を出た。

 外に出ると、思わず呟いた。

「……見る目ねえな」

 あの担当者は、将来の大商人を逃した。

 いつか成功したら、後悔するに違いない。

「……別のところで借りればいいだけだろ」

 健太は歩き始めた。


* * *


「……田中健太さん、ですよね?」

 声をかけられたのは、金融商会から少し離れた通りだった。

 振り返ると、上等な服を着た男性が立っていた。

 年齢は40歳前後だろうか。

 柔らかな笑顔を浮かべている。

「……そうですけど」

「ケンタ魔導技術開発商会の代表でいらっしゃいますよね?」

「はい!」

 健太は少し嬉しくなった。

 自分の商会の名前を知っている。

「私はザックと申します。個人向けの事業融資を扱っております」

「……融資?」

「はい」

 ザックは微笑んだ。

「先ほど、事業資金についてご相談されていたようでしたので」

 健太は顔を上げた。

「……何か、いい話があるんですか?」

「ええ」

 ザックは頷いた。

「実は、田中様のような将来性のある経営者を支援したいと考えておりまして」

 健太の目が輝いた。

「……将来性?」

「はい」

 ザックは笑った。

「魔導回転機の改良案を出された方だと聞いております」

「……そうです!」

「四輪手押し車や折り畳み椅子の商品企画にも関わっていらっしゃる」

「はい!」

 健太は胸を張った。

 この男は、ちゃんと自分の実績を知っている。

「……やっぱ、わかる人にはわかるんですね」

 思わず呟いた。

 ザックは微笑んだ。

「もちろんです」

 そして、小さな書類を差し出した。

「ただし、銀貨500枚という大きな金額は、現時点では難しいでしょう」

「……そうですか」

「ですが、銀貨50枚でしたら、ご用意できます」

 健太は顔を上げた。

「……50枚?」

「はい」

 ザックは頷いた。

「事業を始めるための資金としては、十分な額ではありませんか?」

 健太は考えた。

 銀貨500枚ではない。

 だが、50枚あれば、事務所を借り、社員を雇うことくらいはできるかもしれない。

「……返済条件は?」

「30日後に銀貨60枚をご返済いただきます」

「……60枚?」

「はい。融資金額50枚に対し、手数料を含めて60枚です」

 健太は少し考えた。

 50枚借りて、60枚返す。

 差額は10枚。

 高い気もする。

 だが、その頃には新商品を開発して、大きな売上を得ているはずだ。

「……30日あれば、十分ですね」

 健太は笑った。

 ザックも微笑んだ。

「さすが、決断が早い」

 そして、契約書を差し出した。

「こちらに署名をお願いいたします」

 健太は書類を受け取った。

 細かい文字が、ぎっしりと並んでいる。

 返済期限。

 遅延時の費用。

 期限前返済の条件。

 事業継続能力に重大な疑義が生じた場合の取り扱い。

「……長いな」

 健太は呟いた。

「標準的な契約書でございます」

 ザックは穏やかに答えた。

「ご不明な点があれば、ご説明いたしますよ」

「……いや、大丈夫です」

 健太は首を振った。

 ここで細かいことを聞くのは、経営者らしくない気がした。

 大事なのは、決断の速さだ。

 それに、自分は30日後に返せるつもりでいる。

「……ここに署名すればいいんですよね?」

「はい」

 健太はペンを取った。

『ケンタ魔導技術開発商会』

『代表 田中健太』

 署名が終わる。

 ザックは満足そうに頷いた。

「ありがとうございます」

 そして、銀貨50枚が入った袋を差し出した。

「田中様の成功を、お祈りしております」

「ありがとうございます!」

 健太は笑った。

 重い袋を手に取る。

 銀貨50枚。

 これほどの金額を手にしたのは、異世界に来て初めてだった。

「……よし」

 健太は拳を握った。

「ここから、俺の本当の成功が始まる!」


* * *


異世界生活、115日目。

「……ここが、俺の会社か」

 健太は、新しく借りた事務所を見渡していた。

 王都商業地区の外れにある、小さな建物。

 1階には作業場。

 2階には事務室。

 決して大きくはない。

 だが、自分の商会専用の場所だった。

 家賃は月額銀貨5枚。

 保証金として銀貨10枚を支払った。

 さらに、机や椅子、簡単な工具を購入した。

「……結構、金かかるな」

 健太は少し驚いた。

 だが、それも投資だ。

 会社を大きくするためには、必要な費用なのだ。

「……よし」

 健太は、入口に看板を掲げた。

『ケンタ魔導技術開発商会』

 その文字を見つめる。

「……社長っぽくなってきたな」

 思わず笑みがこぼれた。

 以前は、名前だけの商会だった。

 だが、今は違う。

 事務所がある。

 作業場がある。

 資金もある。

 あとは、社員を雇うだけだ。

「……募集するか」

 健太は紙を取り出した。

『従業員募集』

『新商品開発に興味のある方』

『未経験者歓迎』

『月額給与:銀貨3枚』

 そして、商業ギルドの求人掲示板へ向かった。


* * *


異世界生活、119日目。

「……本日から、よろしくお願いします!」

 3人の若者が、健太の前に並んでいた。

 1人目は、ノルン。

 若い木工職人の見習い。

 家具や荷車の製作に興味を持っている。

 2人目は、フィル。

 魔導機械の仕組みを学んでいる青年。

 まだ正式な技術者ではないが、機械の知識を身につけたいと考えていた。

 そして、3人目は、セシル。

 商会の帳簿管理や事務処理の経験を持つ女性だった。

「……よし!」

 健太は満足そうに頷いた。

 社員3人。

 自分を含めれば4人の会社だ。

 ついに、社長らしくなってきた。

「今日から、みんなには新商品を開発してもらいます!」

 健太は胸を張った。

 ノルンが手を上げた。

「……あの、田中代表」

「何?」

「どのような商品を作る予定でしょうか?」

「それを、これから考えるんだよ」

「……え?」

 ノルンは首を傾げた。

 フィルも顔を上げた。

「……設計図などは、まだないのでしょうか?」

「ないよ」

 健太は笑った。

「でも、俺にはアイデアがあるから!」

 セシルが静かに尋ねた。

「……田中代表」

「はい?」

「現在の事業計画書を拝見してもよろしいでしょうか?」

「……事業計画書?」

「はい。開発費用や販売目標、資金繰りを確認したいのですが」

 健太は少し眉をひそめた。

「……まあ、そういう細かいことは後でいいんじゃない?」

 セシルは黙った。

「今は、とにかく商品を作ることが大事だから」

 健太は続けた。

「売れる商品さえ作れば、金は入ってくるでしょ?」

 セシルは少し考えた。

「……ですが、給与や家賃の支払いがあります」

「大丈夫、大丈夫」

 健太は笑った。

「銀貨50枚も借りたんだから」

 その言葉に、セシルの表情が変わった。

「……借入金ですか?」

「そうだよ」

「……返済期限は?」

「30日後」

 セシルは固まった。

「……30日後?」

「うん」

 健太は頷いた。

「それまでに商品を売ればいいだけだろ?」

 しばらく沈黙が流れた。

 そして、セシルが静かに尋ねた。

「……返済額は、いくらでしょうか?」

「銀貨60枚」

「…………」

 セシルは黙った。

 ノルンとフィルも顔を見合わせた。

 健太は、その反応を不思議に思った。

「……何?」

 セシルは、慎重に口を開いた。

「田中代表。現在の手元資金を確認させてください」

「……今?」

「はい」

「……まあ、いいけど」

 健太は金庫を開けた。

 そこには、銀貨が入った袋が置かれていた。

 セシルは数を確認した。

「……銀貨21枚ですね」

「……そうだね」

「借入金50枚のうち、すでに29枚を使用されたということでしょうか?」

「まあ、事務所とか設備とかにね」

 セシルは頷いた。

「……承知しました」

 そして、静かに続けた。

「現在の売上予定は、ありますか?」

「これから作る商品が売れる予定だよ」

「……受注済みの商品は?」

「まだない」

「…………」

 セシルは、しばらく黙った。

 そして、健太へ目を向けた。

「……田中代表」

「何?」

「このままでは、返済期限までに資金が不足する可能性が非常に高いです」

 健太は眉をひそめた。

「……いや、だから商品を売ればいいじゃん」

「商品を開発し、販売するまでには時間がかかります」

「……」

「仮に販売できても、材料費や人件費などを差し引いた利益が必要です」

 健太はため息をついた。

 また、金の話。

 また、細かい計算。

「……セシルさん」

「はい」

「もっと、前向きに考えようよ」

 健太は笑った。

「俺たちは、これから大きな会社になるんだから」

 セシルは黙った。

「今から失敗することばっかり考えてたら、何もできないでしょ?」

 ノルンとフィルも、何も言わなかった。

 そして、セシルは静かに頷いた。

「……承知しました」

 だが、その表情には、不安が浮かんでいた。


* * *


異世界生活、123日目。

「……で、新商品のアイデアなんだけど」

 健太は、作業場に集まった3人へ話し始めた。

「次は、魔導機械と家具を組み合わせた商品を作ろうと思う」

 ノルンが首を傾げた。

「……家具と魔導機械、ですか?」

「そう!」

 健太は笑った。

「例えば、自動で動く椅子とか!」

 フィルが顔を上げた。

「……移動用の椅子でしょうか?」

「そうそう!」

 健太は頷いた。

「魔導機械で車輪を動かして、座ったまま移動できるんだよ」

 ノルンは少し考えた。

「……面白いですね」

「でしょ!」

 健太は嬉しくなった。

 だが、フィルが慎重に口を開いた。

「……ただ、魔導機械を搭載すると重量が増えます」

「うん」

「それに、魔石の消費も必要になります」

「……まあ、そうだね」

「座った人が安全に移動できるよう、制御も必要です」

 健太は少し考えた。

 確かに、問題は多い。

 だが、そんなことは技術者が考えればいい。

「……そこは、フィルが何とかしてよ」

 フィルは困った顔をした。

「……まだ、そこまでの技術はありません」

 健太は眉をひそめた。

「……勉強すればいいじゃん」

「……」

「そのために雇ったんだから」

 フィルは俯いた。

 ノルンが口を開いた。

「……田中代表」

「何?」

「まずは、魔導機械を使わない荷車などから始めた方がいいのではないでしょうか?」

 健太は首を傾げた。

「……荷車?」

「はい。以前、四輪手押し車の商品企画が採用されたと伺っていますので」

 ノルンは続けた。

「その経験を生かして、別の用途向けの商品を考えることはできると思います」

 健太は少し考えた。

 確かに、荷車なら比較的簡単だ。

 しかも、以前の企画には実績がある。

 だが、同じような商品では面白くない。

「……もっと、すごい商品を作りたいんだよ」

 健太は言った。

「せっかく会社を作ったんだから」

 ノルンは黙った。

 フィルも、何も言わなかった。

 そのとき、セシルが口を開いた。

「……田中代表」

「何?」

「まずは、短期間で販売可能な商品を開発した方がよいと思います」

 健太はため息をついた。

「……また、金の話?」

「はい」

 セシルは頷いた。

「返済期限まで、すでに残り20日ほどしかありません」

 健太は黙った。

「……20日?」

「はい」

 セシルは続けた。

「新商品の開発に時間をかけている余裕はありません」

 健太は、少しだけ不安になった。

 銀貨60枚。

 30日後の返済。

 その期限が、もう近づいている。

 だが、ここで焦ってはいけない。

 成功する経営者は、最後まで自分の判断を信じるものだ。

「……わかった」

 健太は頷いた。

「じゃあ、まずは荷車を作ろう」

 ノルンが顔を上げた。

「……本当ですか?」

「うん」

 健太は笑った。

「でも、普通の荷車じゃ駄目だよ」

 そして、大きく紙に書いた。

『多機能四輪荷車』

「これなら、絶対売れる!」

 健太は笑った。

 ノルンとフィルは、少しだけ安心した表情を浮かべた。

 だが、セシルだけは、机の上の帳簿を見つめていた。

 手元資金。

 給与。

 家賃。

 材料費。

 そして、返済期限。

 どう計算しても、余裕はなかった。

「……田中代表」

 セシルは、もう1度声をかけた。

「……何?」

「商品開発を進める前に、資金繰りについて確認させてください」

 健太は、少しだけ眉をひそめた。

 だが、その言葉には、以前よりも小さな不安が混じっていた。

「……あとで、ね」

 そして、作業場へ向かった。

 異世界生活、123日目。

 田中健太、34歳。

 ケンタ魔導技術開発商会代表。

 従業員3人。

 借入金、銀貨50枚。

 返済予定額、銀貨60枚。

 返済期限まで、残り約20日。

 そして、売上予定は、まだない。

 それでも、健太は信じていた。

 商品さえ完成すれば、すべてうまくいく。

 そして、自分は大商人になれる。

 その夢が、今まさに崩れ始めていることに、まだ気づいていなかった。

小さな成功を手にしたことで、健太の自信はさらに大きくなりました。

しかし、事業を拡大することと、会社が利益を生み出すことは同じではありません。

新しい事務所と従業員を手に入れた健太が、経営者として何を優先するべきだったのか。そこには、最初から大きな落とし穴がありました。

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