夜更けの襲来
はじめは、雉たちの鳴き声で目をさました。目を開けると、木々の隙間から、暗い夜空を騒がしく旋回する影が見えた。遅れて、犬たちが一斉に吠える声が聞こえ、次第に音量を増していった。桃吉郎が立ち上がると、柿兵衛の叫び声が聞こえた。
「敵襲にござる!鬼たちがこちらに向かっておるようです。」
夜更けであった。感触としてはまだ二刻も寝ていない。まず、なぜ、ここがばれてしまったのか、という疑問が生じた。続いて、鬼はどこまで迫っているのか、どれぐらいの数なのか、という不安が沸き上がり、心拍数が上がった。
「数はいかほどか、どこまで迫っている?」
「雉たちが申すには、総勢100匹程度でしょうか?赤と青の鬼です。10里ほどの距離に迫っているようです。」
こちらは昼間の戦いでほぼ無傷であったため、船を見張る浦島次郎の水兵を除く130人と80匹がほぼ残っている。それに対して、相手は、半分程度。
上陸後に退治した集団と比べれば、数においては圧倒的に少なくなったが、相手は、戦闘能力で上回る赤鬼と青鬼。そして、夜の戦い。手強いであろう。
桃吉郎は覚悟を決め、声を張り上げた。
「松明を灯せ! 陣形を整え、鬼を向かい打て!」
林の中が一気に明るくなった。桃吉郎のいる場所は野営地の中でも一段高くなっており、陣形を見渡すことができた。向こうの闇の中から現れるであろう鬼たちに備えて、周囲は騒がしくなった。
右に首を向けると、異変に気に気付いた。捉えておいた緑鬼と黒鬼がいない。ほどけた縄がヤシの木の下に蛇の抜け殻のように取り残されていた。その奥の方に緑鬼を発見した。地べたに座って、人間と何やら話し込んでいる。両者は盃を手に持っている。
あのぼさぼさ頭は物ぐさ善太郎ではないか。酒を飲んだのか、松明に照らされた顔は赤みがかっている。
銀太郎がそこへ駆け寄ってきて、刀を緑鬼の首にかけた。
「おい!どいうことだ!」
緑鬼が答えた。
「乱暴はよしておくれよ。お前たちの仲間が紐をほどいてくれたんだよ。魔太郎とか言ったな。助けてやるから、仲間に加えてくれってな。で、黒鬼と一緒に消えちまったんだ。」
「なんと愚かな。鬼を信用するとは。それで、ここがバレたというわけか。なんで、お前はここにいる?」
「なんだか、付いていくのが、面倒くさくてよ。そしたら、このお方が、酒をくれたってわけさ。」
物ぐさ善太郎が笑いながら言った。
「そう、そう、この鬼さんとは同じ匂いを感じるんだよ。妙に気が合うんだ。なあ。もっと飲めや。実は船の中にもっとうまい酒があるんだよ。うひひひひ・・・、」
銀太郎は顔をしかめて、桃吉郎の方を向いた。なんで、こんな奴らを連れてきたんだ、とでも言いたいようだ。申し訳ない気持ちになる。物ぐさ善太郎はまだしも、魔太郎は連れてくるべきではなかった。あいつは桃吉郎を陥れることしか考えていない屑男なのだろう。鬼よりも自分への恨みの方が深いというのか。
そのとき、騒がしかった周囲が、静まり返った。闇の向こうから次第に浮かび上がってくる不気味な影。
青鬼と赤鬼が半々ずつ。
昼間見た、緑鬼や黒鬼と基本的には同じ体型をしている。人間よりは一回り大きな背丈、分厚い体躯の上に乗った醜い皺くちゃの顔には、頬まで裂けた口からはみ出た二本の大きな牙、太い眉の下のカッっと見開いた目玉、縮れた髪から突き出た二本の角。
しかし、昼間の鬼たちとは比較にならないほど、その怒りに満ちた形相に迫力があった。並みの人間なら雰囲気に圧倒されて、逃げ出したくなるだろう。無数の棘のついた金棒も一層、重々しく、大きい。こいつらは強い。放たれる威圧感で周りの空気が変わった。
堂々とした進軍でまっすぐこちらに向かってくる。李が仕掛けた罠により、足元をからめとられて、体を崩した。猿が木の上から鬼の頭を目掛けて石を落とし、犬がその太い手足に牙を立て、雉が嘴で目を狙った。鬼たちは犬と雉を簡単に振り払い、金棒でことごとく、殴り倒していく。動物たちの苦痛の鳴き声が響き渡る。
構えていた栗ノ介の弓隊が一斉に鬼目掛けて矢を放った。精度、強度ともに十分だったが、鬼たちはハエを追い払うように、金棒を使って、矢を払いのけた。
次々に繰り出される矢を払いながら、鬼たちは迫ってくる。栗ノ介が至近距離から放った矢が辛うじて、一匹の青鬼の胸を貫いた。そこに柿兵衛が剣を振り下ろしたが、鬼は金棒で受け止め、剣もろとも柿兵衛を吹き飛ばした。金棒を持っていないほうの手で胸に刺さった矢を引き抜くと、血しぶきが上がった。鬼は地を這う唸り声をあげ栗ノ介の頭に金棒を振り上げたが、他の弓隊の集中放射によって、矢で貫かれて力尽きた。その一匹を倒すのが限界であった。味方が次々に殴り倒されるか、退却するほかなかった。
銀太郎の精鋭部隊は巨大な斧を手に取り、丘に登ってくる鬼たちを迎え撃った。斧と金棒が火花を散らす、激しい戦いとなった。
序盤こそ、銀太郎部隊が鬼たちを斧で叩きながら、退けて行ったが、数で勝る鬼たちの威力に次第に押されていった。銀太郎が兵たちを鼓舞した。
「なんのこれしき!我らは熊をも倒す、金太郎の精神を継ぐ兵でいはいか!鬼の数匹、蹴散らしてくれるわ!」
横から赤鬼の部隊が突進してきた。これにはさすがに耐え切れず、銀太郎部隊は散り散りになった。体勢を立て直した、桃吉郎の直属部隊も後方から援護したが、ときすでに遅し、ここは退却して体制を整える他なさそうだ。
「これはかなわぬ。海岸まで退却するぞ。船で沖まで退避だ。」
丘の反対側へ逃れようとした瞬間、重々しい地響きとともに、黒い影が立ちはだかった。赤鬼たちだ。真紅の肌に獣のような目が光り、唸るような息遣いが耳に届く。まじかで見ると、威圧感に逃げ出したくなる。
桃吉郎は後退したが、すでに退路は断たれている。逃げ場はない。彼は腰の刀を抜き、柄を強く握る。刀身がわずかに震える。これは恐怖だろうか。
鬼は人間の背丈ほどもある金棒を軽々と振り回した。風を切る音が耳を裂く。その動きは確かに見切れる。しかし、一撃の破壊力は剣で正面から受け止められるようなものではない。まるで巨木が降ってくるような重さだ。
鬼の金棒が地面に叩きつけられた。岩が砕け、土煙が舞い上がる。 桃吉郎は横へ転がるように避ける。だが、その一撃は狙いを外したとはいえ、なおも彼の足元の地面を砕き、衝撃が膝に伝わった。
次の一撃は避けきれない。桃吉郎はやむを得ず、剣を立てて金棒を受けとめる。衝撃が全身を駆け抜け、腕がしびれる。剣を通して骨に響くような重さ。指が開きかける。
「くっ……!」
歯を食いしばりながら、桃吉郎は剣を傾けて衝撃を逃がし、すれ違いざまに鬼の右側面に身を滑り込ませる。狙いは足首だ。ここを斬れば、鬼の巨体は自重で崩れるはず。
だが、その瞬間、違和感が走った。剣に何か重い力がのしかかった──。地面に引っ張られるような感覚。
「しまっ──」
剣を見下ろした瞬間、鬼の巨大な足が刃を踏みつけていた。刃先が地面に押しつけられ、動かない。
桃吉郎は即座に剣を引いた。だが、次の瞬間、視界がぐるりと回転する。頭を殴られた。いや、打撃は兜越しだ。それでも脳が揺れるほどの衝撃。
視界の端で、赤鬼が口を歪め、不敵に笑っているのが見えた。
──意識が、遠のく。




