静かな野営
「それを早く言えや・・・」
桃吉郎は大木にもたれ掛かって、星一つ見えない漆黒の空に向かってため息をついた。他の部隊も最小限の松明を焚いて休んでいるようだ。焚火の音が聞こえる。浦島次郎が差し入れてくれた魚を焼いているのだろう。その中には、鬼が嫌いな鰯が混じっていた。もしも鬼に襲われても、これがあれば遠ざけることができるだろうか。正直効果のほどはわからないが、鰯や大豆や柊の棘ぐらいで追い払えるなら、鬼が村を襲うことなどなかったはずだ。それはそうと、鬼に対する己の知識が浅いことを知って気持ちが沈む。木の根元に腰を下ろした三寸帽子が答えた。
「お主は鬼の色の意味を存じていなかったのか・・・。では、改めて説明しよう。」
三寸法師が説明を始めた。
「鬼は肌の色で5種類に分けられる。鬼は人間の煩悩を強く宿しており、それぞれの種類ごとに性質が異なるのだ。
赤鬼は、 貪欲、欲望、渇望。
青鬼は、 怒り、悪意、憎しみ。
緑鬼は、怠惰、疲れ、眠気、健康への無関心。
黒鬼は、疑いの心、愚痴。
黄鬼は、掉挙悪作、心の浮動、後悔、甘え、我執。
といったところだ。」
「だから、今日、出陣していた緑鬼と黒鬼たちは、それほど戦闘力をもっていないということだな。怠惰な奴らと疑念に支配された奴らだからな。」
「そうだ。危険なのは、貪欲な赤鬼、悪意に満ちた青鬼だな。」
「黄色は良くわからないな。掉挙悪作とは何だ。」
「『掉挙』は『気持ちがたかぶり頭に血が上った状態』のことで、平静を失った心を指しており、『悪作』は『悪い行い』を指す。つまり、むしゃくしゃして他に八つ当たりすること、だろうか。これも赤、青についで、やっかいだな。」
顔を上げた先では、縄で木に縛りつけられた緑鬼と黒鬼が座っている。松明の照らす光で彼らの顔の色を見極めることができた。
怠惰という煩悩を宿す緑鬼はいかにもだるそうにしている。銀太郎が松明の先端を鬼の顔に押し付けて言った。
「おい、お前たちの軍勢はどれぐらいいるんだ。」
「あ、熱いよ! わ、わかた。言うからやめろ。」
銀太郎が松明を離すと、緑鬼は言った。
「緑鬼と黒鬼は今日、出ていたのでほぼ全部だ。他は俺たちの半分ぐらいだ。」
銀太郎は、島の地図を目の前にかざしていった。
「どこにどれだけ居住している」
「そんなめんどくせえこと、覚えてねえんだよ。」
「もういい!」
銀太郎は緑鬼の顎をけり上げた。続いて、疑いと愚痴の黒鬼の方に同じことを聞いた。黒鬼は疑い深そうに聞いた。
「それを言ったら、お前たち俺を本当に開放してくれんのかぁ?」
「いいから言え!」
銀太郎が松明を黒鬼にも押し付けた。
「お、俺も知らねえよ。この島は赤と青が牛耳ってるんだよ。実は、俺たちもあいつらのこと嫌いなんだ。前線でこき使いあがってさ。お前らの味方するからよ。助けてくれよ。」
「わかった。では知っている情報をすべて吐け。3日前に村からさらっていった娘たちはどこにいる?」
「娘をさらっただって? だから、俺たちは、しらねーって。島から滅多に出ねーんだ。」
「話にならんな、こいつら。」
銀太郎が鬼を放り出して、桃吉郎の方に近づいてくると、三寸法師が言った。
「だが、わかったこともある。鬼ヶ島は、赤と青が牛耳っており、緑と黒はそれに従っているだけだ。戦意もそれほどないから、放っておけばよい。問題は赤と青だな、おそらく、鬼ヶ島の拠点は、中央の山奥にある。そこに潜んでいるのだろう。数も俺たちより多いし、凶暴だ。夜の戦いでは勝ち目はないだろう。」
桃吉郎はきびだんごを口に入れ、再び真っ暗な夜空を見上げた。どうしたものだろう。明日は険しく細い道を奥地へ向けて進まねばならぬ。その先には絶望が待ち受けているかもしれないのだ。鬼を退治できた父の偉大さを改めて感じる。せめて、三寸帽子が兵力を見誤らなければ、さらなる大軍勢を集めてきたものを。いや、娘たちの命がいつ奪われるか、知れない中、急ぎ集められるのはこれが限界だったのだろう。しかし、現状では、よほどの奇策を練らないと勝ち目はない。どうしてこんな面倒なことになってしまったのか。こうやって愚痴っていると、あの黒鬼みたいになってしまいそうだ。三寸帽子に訪ねた。
「何か策はあるのか。」
「鬼はどうして生まれるか知っているか?」
「確か、鬼の成る木があると聞いた。」
「そうだ。鬼の成る木が集まった森がある。それを探り出して火をつける。そうすれば、鬼たちは動揺してそちらに向かうだろう。その隙に娘たちを救い出す。」
「確かにな。自分たちの存続が危ぶまれるとなると、さすがに鬼も動揺するだろう。そこには隙が生まれるというわけだな。その森は当たりが付いているのか?」
「わからない。李とやらに探らせればよい。あやつはなかなか使えそうだ。つかまえた緑鬼と黒鬼をしごきながら進軍すれば、鬼の拠点の近くにはたどり着けるはずだ。それと並行して李に森を探らせる。」
具体的な作戦が見えると、少しだけ気持ちが楽になった。
野営地を囲むように犬たちを配置している。この暗闇の中でも犬たちは鼻が利く。万が一鬼が接近してもいち早く察知して知らせてくれるはずだ。桃吉郎たちはヤシの木が疎らに乱立する林の中で野営している。その木の上に猿たちが潜んでいる。鬼たちが侵入した場合、石を落としたり、上から飛びかかったりして、襲撃してくれるだろう。一方、雉たちは、野営地を離れた広範囲の森や海辺に広がり、こちらも異変があれば知らせてくれるだろう。さらに、野営地の木々を利用して、李が考案した罠を仕掛けてある。鬼と言えども、そう簡単に侵入できないだろう。
「俺はもう寝るわ。」
そう言って、三寸帽子は杉の木の根っこが入り組んだところに隙間を見つけて横になった。焚火の横で胡坐をかいていた銀太郎が、大きな目を見開いてこちらを向いた。炎がもともと赤みのかかったその顔を一層赤く染めている。鬼のように大胆不敵と言った表情だが、鬼のように口も避けてなし、牙もなければ角もない、童子のようなまん丸い顔をしている。
「桃吉、鬼は怖いか?赤鬼や青鬼は今日のようにはいかないぞ。」
「そなたもの怖いのか。」
「鬼を前にして怖くない奴なんているか。」
「だが、そなたの軍が合流してくれなかったら、絶望的だっただろう。戦にもならない。父の代から付き合いがあるとは言え、そなたに利のない戦に参戦してくれたこと、感謝いたす。」
「まあな。それに俺は単純に鬼を倒したいんだ。父、坂田金時が頼光公とともに鬼を退治した話を知っているか?」
「ああ、酒呑童子を倒した話だろう。聞いたことはある。鬼を倒せるなんて、俺の父、桃太郎を除いては、あの部隊ぐらいだろう。それを引き継ぐ、そなたらの軍も頼もしいことだ。」
「それがな、鬼を倒しただなんて、立派なものではないんだ。」
銀太郎は語り始めた。
一条天皇の時代、京の若者や姫君が次々と神隠しに遭った。安倍晴明に占わせたところ、大江山に住む鬼、酒呑童子の仕業とわかった。酒呑童子は、茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、若い貴族の姫君を誘拐して側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりしたという。
あまりにも悪行を働くので帝の命により摂津源氏の源頼光と嵯峨源氏の渡辺綱を筆頭とする頼光四天王により討伐隊が結成され、討伐に向かった。頼光四天王とは、渡辺綱、碓井貞光、卜部季武、そして、銀太郎の父であり、幼名・金太郎として名を知られる坂田金時である。
頼光らは山伏を装い鬼の居城を訪ね、一夜の宿をとらせてほしいと頼む。酒呑童子らは京の都から源頼光らが自分を成敗しにくるとの情報を得ていたので警戒し様々な詰問をする。疑いを晴らして、酒を酌み交わして話を聞いたところ、大の酒好きなために家来から「酒呑童子」と呼ばれていることや、昔、比良山に住んでいたが、伝教大師、最澄が延暦寺を建てて以来、そこには居られなくなり、大江山に住みついたことなど身の上話を語った。さらに差し出された姫君の血の酒や人肉を吐き気に耐えながらも食した。
そうやって、鬼たちを安心させたのち、頼光らは八幡大菩薩から与えられた「神変奇特酒」という毒酒を鬼たちに振舞った。鬼たちが酔いつぶれた後、隠し持っていた武具で身を固め、酒呑童子の寝所を襲い、身体を押さえつけて首をはねた。生首はなお頼光の兜を噛みつきにかかったが、仲間の兜も重ねて被ることで難を逃れた。一行は、首級を持ち帰り京に凱旋。首級は帝らが検分したのちに宇治の平等院の宝蔵に納められた。
酒で動きを封じ、ある意味だまし討ちをしてきた頼光らに対して童子は「鬼に横道はない」と頼光を激しくののしった。
一方、茨木童子のみ、四天王の一人、渡辺綱と戦っていたところ、酒呑童子の討たれたのを見てこれはかなわないと退却し、唯一逃げるのに成功したという。
茨木童子のほうは逃げる際に、渡辺綱に腕を切り落とされる。綱は、切り取った鬼の腕を源頼光に見せた。頼光が陰陽師に相談したところ、「必ず鬼が腕を取り返しにやって来るから、七日の間家に閉じこもり物忌みをし、その間は誰も家の中に入れないように」と言われた。それから数日間、茨木童子はあらゆる手を用いて綱の屋敷へ侵入しようとするが、綱の唱える仁王経や護符の力で入ることができなかった。
ついに七日目の晩になって、摂津の国から綱の伯母・真柴が綱の屋敷にやってきた。綱は事情を話し決して伯母を屋敷に入れなかったが、年老いた伯母は「幼いころ大切に育てた報いがこの仕打ちか」と嘆き悲しんだので綱は仕方なく言いつけを破って伯母を屋敷に入れる。伯母は、綱が切り取ったと言う鬼の腕を見たいと言い、封印された唐櫃から出されてきた腕を手にとってじっくり見ていると、突然、伯母は鬼の姿になった。この伯母は実は茨木童子の化けた姿であった。そして腕を持ったまま飛び上がり、破風を破って空の彼方に消えたという。
酒呑童子は赤鬼、茨木童子は黄色の鬼で女の鬼とも言われる。通説によると、女の鬼は自分が食べた人間に化けることが可能だという。茨木童子が化けたという伯母はしばらく前から行方知れずであった。
「いくら、鬼が超人的な力を持つと言っても、だまし討ちをした、父らには納得がいかない。武士なら、力で正々堂々とやり合うべきだろう。俺は力で鬼をねじ伏せたい。」
「鬼に横道なしか・・・弱い者をさらっていくやつらが、言うことか・・・
でも、殺されたら意味もないし、そもそも話の通じるような奴らではないのだ。どんな手を使ってでも倒したいって、思うのもわかる気はするぞ。父の金時殿はそなたが鬼退治に行くことを心配なさらなかったか。」
「反対されたよ。父は、鬼の強さを知っているからな。毒酒を持っても、手ごわい相手だったのだ。神変奇特酒も神社で調合して持たせてくれた。だが、そんなもの使う気はないし、相手にも知れ渡っているから、盛る機会もないだろう。港に起きてきたよ。」
「まあ、でも父を超えたい気持ちは、同じだな。ただ、俺は父と違って凡人だ。お前のように力を引き継いでいない。父ははやり神なのだろうか。」
「だからこそ俺たちが付いているんじゃないか。群を動かして、事を成せばいいんだ。」
銀太郎も自分の陣地に引き上げていった。桃吉郎は、藁にくるまって横になった。
藁にくるまって、目を閉じ、輝夜のことを思い出す。無事でいてくれるだろうか。わからないが、たとえ、亡骸になっていたとしても、彼女を取り戻さなければならないことに変わりはない。大切な幼馴染なのだ。
昔のことを思い出す。十四、五の頃、寺小屋で共に学んでいたときから、彼女の美しさは際立っていた。いつも煌びやかな十二単を身にまとっており、これがまた、彼女に良く馴染んでいた。他の女子たちからは浮いていたが、気立てが良く、彼女を慕うものも多かった。
それでも、桃吉郎たちと遊ぶときは小袖に着替えていた。姉上と物ぐさ太郎を交えた4人でよく遊んでいた。村の外れの丘の上の秘密基地で遊んだり、浜辺に寝転んで夕日を眺めたり、禁止されていたが、隣の村まで遠出して冒険気分を味わったりと。
丘の上の秘密基地は竹林に囲まれていた。輝夜は竹細工の才があった。鉈や鋸で竹を加工して、小物を良く作った。馬や鳥などの模型、籠や食器などのちょっとした実用品も作った。その秘密基地というのも竹を組み合わせて作り上げた小屋で、四人が作業するには十分な空間があった。
物ぐさ太郎は、寝転んでぼんやりしていることが多かったが、面倒くさがりが故に、またに便利な機構を思いついたりもした。ある時には、竹筒を半分に縦割りしてつなげ、水と一緒に、そうめんを流すというからくりを作り上げた。複数の人たちに一斉にそうめんを運ぶことができ、配膳の手間が省けるというものだ。正直、使い道があるとは思えないが、一時期は、村でも流行ったものだ。
姉上と桃吉郎も、輝夜の真似をして、竹細工を作るのは楽しかったが、彼女ほど上手くは作れなかった。輝夜は才色兼ね備えた憧れの存在であった。父に似ず、駄目息子の自分が釣り合うはずもないと思いながらも、心は引かれて行き、彼女にふさわしい人間になりたいと思うようになった。彼女は時々、妙に達観した言葉を発した。
ある夏の朝、小屋の中が荒らされ、輝夜の作った竹細工が盗まれたことがあった。金に困った貧民が盗んで行ったのだろう。彼女は動揺することなく、少しだけ悲しい目をして言った。
「この世界はなぜ苦しみに満ちているのでしょうか?人はなぜ苦しみを感じるようにできているのでしょうか?神様は苦しみを感じないように人を作ってはくれなかったのでしょうか?」
「苦しいのは悪さをする人間がいるからだろう。」
「では、なぜ、人が他人に悪さをしないように、もっと共感できるこころを人に持たせてくれなかったのでしょうか。」
「悪さをするのは生きるために必要だからだろう。戦が必要なのと同じだよ。」
「では、なぜ、悪さをしなくても済むような理想の世界を作ってくれなかったのでしょうか。」
「きっとこの世界は人間中心じゃないんだよ。自然は残酷なんだ。食べていくのも簡単じゃないんだよ。」
「自然の残酷さを減らしてくれなかったのでしょうか。あるいは残酷な自然の中でも互いに思いやって生きられるような心を持たせてくれなかったのでしょうか?」
「生き物には生存本能があるんだよ。生きるためには他者を蹴落とさないといけないんだ。とにかく俺は小屋を壊した人間が憎たらしい。竹で突き抜いてやるよ。」
「それはいけません。」
「やられたら、やり返さないと、割に合わないだろう。」
「その考えが、憎しみを増幅させていくのです。」
結局、桃吉郎たちは、一日かけて、散らばった竹の瓦礫を集めて、夕暮れ時にそれらを焼いて焚火をした。火に手を当てて晩秋の寒さを凌ぎながら、姉上が仕入れてきた餅を焼いて食べた。炎に揺れる輝夜の微笑みを見ていると、腹を立てていたその朝の事件も取るに足らないものに感じられた。彼女には穢れというものがまるでない。
こうして焚火の音を聞いて目を閉じていると、その時の情景を思い出す。
結局、小屋は丸太を使って頑丈なものに建て替え、錠前も取り付けたが、翌年には、桃吉郎も元服し、それぞれの家業が忙しくなると、遊ぶことも少なくなった。




