明るい船出
「え?! こ、こんなにいるのか!」
大軍勢を目前して桃吉郎は腰を抜かしそうになった。父の鬼退治のときは数名で向かったと聞いていたので、桃吉朗の郎党だけでも十分だろうと、勝手に思い込んでいた。
軍隊の中央から銀太郎がこちらに向かって歩いてくる。力士のような巨体、長髪の乱れ髪に赤みがかった顔、一目で彼と分かった。鎧の前面に括りつけられた布が朝日に映えていた。「銀」と書かれている。
「父、坂田金時が鍛え上げてきた部隊を一部譲り受けたのだ。鬼と一対一でやりあっても引けを取らないだろう。80人ほど連れてきた。」
鬼というのは体のつくりが人間とは違う。並の人間が10人ぐらいかけて1匹を仕留められるぐらいだ。それと一人でやり合えるとはなんと頼もしい。銀太郎とは同年代で、彼の一族とは父の代から親交がある。正義感が強く、信頼できる人物だ。
「あっちは、浦島次郎の水軍だ。船は20隻、水兵は60人ほど。鬼ヶ島までの足は確保されたな。海からの攻撃も可能だろう。」
海岸の方に目を向けると、縮れた長髪を木綿の黒布で束ねた男が、水兵たちにせわしなく指揮を送っている。桃吉郎たちより一回り年上の中年で、皺を刻んだ日焼けした顔がいかにも海の男という雰囲気を醸している。彼の兄の浦島太郎は長い船旅から帰還した後、原因不明の老化促進により、早死にしてしまったが、その短い間に航海術を伝授されたという。真意のほどはわからないが、ウミガメたちを従える術も授かったという。
「それだけじゃないんだぞ。あれを見ろ。」
草むらでは見るからに凶暴な猟犬たちが群れを形成している。空には鋭いくちばしを光らせて雉たちが飛び交う。目に入るだけでもそれぞれ20匹程度はいる。森からは大猿の群れがこちらを覗いている。桃吉郎は自身が夢を見ているのでは、と一瞬疑った。
「桃吉の村の部隊40人と合わせれば、総勢約180人と60匹だな。」
考えてみれば、今回は父のような規格外の武神がいないのだから、これぐらいの備えはあってもいいのだろう。
「ほお、これが例のものか。食欲をそそるな。」
銀太郎の目線の先を追うと、小麦をふかした香ばしい匂いが漂ってきた。村の女たちがきび団子を運んできて、荷車に山積みしていく。冷えた空気の中、湯気を立ち上らせている白い塊もまた、出陣の朝を祝うかのようだ。銀太郎は女たちの方へ近寄って、団子のつまみ食いを始めた。
奥から割烹着をきた姉上が姿を現した。
「桃吉朗、わかっているね。きびだんごが動物たちの原動力よ。手柄を立てた者にはもれなく与えてね。」
父の鬼退治の逸話はほんとうだったのか。桃吉郎が大軍勢に呆然としていると、耳もとで声が聞こえた。
「久しぶりだな、桃吉。我こそがそなたの軍師だ。」
肩に小人が載っていた。三寸法師ではないか。村長が昨日言っていた軍師とは三寸帽子のことか。
三寸法師は、京の都で伝説として語られている、一寸法師の息子である。一寸法師は生まれたときから身長が一寸しかなく、何年たっても大きくなることはなかったという。一寸といったら、成人男性の親指の第1関節ほどの長さだ。そんなに小さかったら、伝説にあるように、お椀を船にして、箸で漕ぐなどできない。一寸というのはものの例えだろう。その点、「三寸法師」というのは、背丈と名前がほぼ一致
している。
一寸法師は武士になるために京に出かけ、ある富豪の屋敷に仕えた。その娘を鬼がさらいに来た際、娘を守ろうとすると、鬼が一寸法師を飲み込んだ。一寸法師は鬼の腹の中を針で刺すと、鬼は一寸法師を吐き出して、山へ逃げてしまった。鬼は去る際に打出の小槌を落としていった。一寸法師は姫に「大きくなれ」と小槌を振って体を大きくしてもらい、その娘と結婚した。娘との間に生まれた子供もやはり小さく、それが三寸法師である。三寸法師が物心ついたとき、父は行方をくらませており、小槌もなかったという。一説によれば、一寸法師は小槌で大きくなった後、3日間後には元の大きさに戻ってしまったということだ。桃吉郎も都に奉公に出かけたときに彼と出会い、いろいろと助けてもらったものだ。
「お主に軍略の才があったとはな。」
「都で学んだのだ。体格で不利な分、知略を人一倍学ぶほかあるまい。ただ、私も体を大きくして、女子を抱きたいのでな。美男子なのに勿体なかろう。」
自己愛の強さと女好きは相変わらずだが、三寸法師としても鬼が所有する宝である小槌を手に入れたいのだし、こちらとしても三寸法師の軍略の知恵を借りたい。利害が一致し、遠征に同行してもらったのだろう。
海の方から浦島次郎の低くて太い声が響いた。
「おい、みんな、船の準備はできたぞ。各々の武器と、それから食料を均等に積み込んでくれ。」
桃吉郎は浦島次郎の近くまで歩いていき、声をかけた。
「久しぶりだな。参戦、感謝いたす。」
「おお、桃吉よ。父のこと、お悔やみ申す。わしも桃太郎さんには恩があってな。ここでやんなきゃ、いつやんだよ、ってんだ。」
「そなたの水兵たちは戦えるのか?」
「海上での戦いはめっぽう強い。最近は鬼たちも海での戦いを身につけているからな。向こうから、打って出てこんとも限らん。もちろん、地上でもある程度戦えるぞ。」
浦島次郎は再び指揮に戻る。
「荷物は済んだか。よし、まずは、犬と猿を乗せる。雉は飛んでもらおう。最後に人間たちが均等に乗ってくれ。」
桃吉郎は肩に乗っていた三寸法師に訪ねた。
「なあ、動物たちにも言葉が通じるのか?」
「なんだ、聞いてないのか?こいつらは、きび団子を食わせれば、こちらの言うことをきくようになるんだ。人間の言葉も理解するようになるし、滑舌は悪いが話すことだってできるんだよ。きび団子を食うのは犬、猿、雉の中のほんの一部だがな。天に選ばれし獣だけなのだろう。」
浦島次郎がこちらに向かって叫んでいる。
「おい、桃吉はわしの船で行こうや。乗ってくれ。」
皆が船に乗り込むと、桃吉郎の乗る船がまず陸から離れた。一旦、停止して海の上に浮かんだ状態で、桃吉朗は後ろの船団を見渡した。浦島次郎がほら貝を鳴らした。皆の注目を集めた桃吉郎は声を張り上げた。
「みなの者、此度の参戦に感謝いたす。父、桃太郎の弔い合戦である。今度こそ憎き鬼たちを根絶やしにしようぞ。いざ出陣じゃ!」
桃吉郎が軍配団扇を振り上げると、狼煙が上がり、船の上に桃印の旗が一斉に登った。心強い軍勢に武者震いすると同時に、失敗はできないという重圧も感じるのだった。




