↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼ヶ島への帰還  作者: 遠山枯野
PR
4/11

追憶の午後

 明日の出発に備えて午後は体を休めることにした。下手すると、この村に生還できない可能性もある。郎党たちもやり残したことがあるはずだ。


 村の外れの稽古場から、歩いて屋敷に向かう。山々を縫うように通る道を歩いていくと、草原に出て、視界が開けた。彼方に藁ぶき屋根の家屋が乱立しているのが見える。ちょっと寄りたいところがある、と言って、郎党たちとは別れた。細道の方へそれて、緩い丘を登ると、その中腹に、小屋があった。遠くに入り江を見渡せる。青い海面が陸との境界で微かに波打っている。小屋の中には、幼き頃、輝夜と作った、貝殻の首飾りや、竹細工があった。


 輝夜と出会ったのは寺小屋で文字を習っていたころだ。昔から、大人びたところがあった。穏やかで感情の起伏が小さい。事ある度に、泣いたり、笑ったりする他の女たちとは違う、優雅さを幼いながら漂わせていた。


 いつだったか、村長の屋敷が火事により半焼したことがあった。泣き崩れるか親族たちを輝夜は笑顔でなぐさめたという。それは天女のようであったと。


 村長の義理の娘であり、裕福だったので、成人の後は、高価な衣装を着飾っていた。十二単を身につけたその姿はこの世のものとは思えぬ美しさを放ち、村の外からも求婚するものが現れたという。それをすべて断っていた。自分もその中の一人ではある。


 それでいて奇想天外なことを思いつくところもあった。貝殻と竹を組み合わせて作った、この水鉄砲は男性器の形をしている。習字のときも、落書きで、醜い鬼の絵を描いたり、男女の交わりの様子を描いたりと、創造性豊かであった。優雅でありながら、汚れた世俗的なものにも好奇心を示す、不思議な娘であった。


 輝夜、生きていてくれ。必ず連れ戻す。桃吉郎は貝殻の首飾りをお守り代わりに身につけて、小屋を出た。首飾りの先端には竹に穴をあけて作った笛が付いていた。子供のお遊びだが、その時に彼女が言っていたことを思い出した。


「命の危機に直面するようなことが合ったら、この笛を吹きなさい。天からの助けが訪れるはずです。」


 村が近づくころに、向こうから、3人の組の男が近づいてきた。嫌な予感がした。桃吉郎が成長して体が人並みになり、剣術も習い始めてから、会うことはほとんどなくなっていたが、かつてのいじめっ子たちだと一目でわかった。真ん中にいる、背が高くて顎がしゃくれた男、魔太郎が主犯格だった。今となっては、腕力、村での地位もこちらの方が上のはずなのだが、やつらと対面すると、なぜか心拍数が上がってしまう。向こうも気付いたようだ。


「よう、探してたよ。おまえ、鬼ヶ島に行くんだってな。お前のような弱虫が鬼をたおせると思うか。」


「わざわざそんなことを、ほざきに来たのか。」


「心配してやってんだよ。どうだ、俺を連れて行かないか。人数は多い方が良いだろう。」


「そなたたちが、俺に手を貸すとか、信じられんな。」


「勘違いするな!村のためだ。それに、輝夜が連れ去られたとあれば、だまっていられねえんだよ。」


 まさか、こいつも求婚していたのだろうか。こんな無骨な奴が輝夜の眼中にあるとも思えない。それはそうと、こいつと一緒だと、昔の嫌な記憶を思い出して、闘争心に水を差される。とはいえ、戦力が増えるというのに断る理由もない。同行を許可することにした。


 魔太郎が自分を虐めてきたのには理由があることを桃吉郎は知っていた。桃太郎が村に現れる前は、魔太郎の父、悪太郎が仕切っていた。その当時は、悪太郎は村で一番の強さを誇っており、多くの郎党を引き連れて、諸国での争いに出陣していた。傲慢さもあり、村でも威張り知らしていた。村を襲いに来る鬼の数も数年に1回程度であったため、悪太郎の悪行が一層目立っていたが、誰も逆らうものはいなかった。


 ところが、桃太郎が現れてから立場が一変したという。悪太郎は桃太郎に因縁をつけて、対決を求めた。商人の娘に乱暴したところを咎められて頭に血が上ったのだ。桃太郎は色白で、背丈こそ人並みであったが、巨漢の悪太郎と比べれば、華奢に見えた。完全に見くびっていたのだろう。悪太郎が、木刀を振り回しても、桃太郎は平然と身をかわし、何度やってもまったく当たらない。桃太郎は悪太郎の後ろに回り、悪太郎の足を払った。悪太郎はあまりの痛さに、足首を抑えてのたうち回った。立ち上がることができず、叫んだ。


「てめえらも、加勢しろ、ぶっ殺してやれ。」


 郎党たちは命じられたものの、桃太郎の異常な強さを気味悪がって、近寄らない。皆が悪太郎から離れて行った。面目を失った悪太郎は気を紛らわすため、朝から酒を飲むようになった。1年後、病気により、孤独のうちに息を引き取った。その年から、村を襲う鬼の出現が頻発し、翌年、桃太郎は、鬼退治で大活躍して、英雄となった。幼き魔太郎は、父にあこがれており、あの日、桃太郎との一騎打ちをこの目で見ていた。あの強かった父がコケにされている。悔しかった。魔太郎は、父に駆け寄った。


「父上、大丈夫すか。骨は折れていませんぬか。」


 桃太郎は魔太郎の肩に手をやった。


「大丈夫だ、手加減したつもりだ。」


 その言葉が、魔太郎の口惜しさを増大させた。魔太郎は懐から短刀を取り出して。桃太郎の腹目掛けて、体ごと突進した。何が起きたかわからなかった。土の香りを感じた。頬が冷たい。頭を押さえつける温かい手のひらを感じた。


「男なら、正々堂々とやりあえ。悔しかったら、強くなって私に挑んでみよ。」


 魔太郎は泣き出し、野次馬が去った後も、嗚咽が止まらなかった。


 そんな話を桃吉郎は人づてに聞いた。ちなみにその時に桃太郎が助けた娘が、妻・千早であり、鬼退治から生還後に二人は婚姻を結び、千早は桃子と桃吉郎を立てつづけに出産した。


 桃太郎を恨んでいるのはわかるが、息子の自分に矛先を向けるとはいい迷惑だ。幼少期は、年下で体格さもあったので、良いようにやられてしまった。こっちだって心に傷を折ってしまった。お互いの父がいなくなり、いい加減に気が済んだとは思うが、まだ、自分をこき下ろそうと企んでいるのではないかと、疑念がぬぐえない。


 魔太郎たちが去った後は、町屋の通りへと、遠回りして戻ることにした。彼らと帰り道は同じ方向だったが、なんとなく、離れて歩きたかった。町屋のあたりは鬼の被害が特に大きいと聞く。煮売り、居酒屋、蕎麦屋、鰻屋、宿場が建ち並ぶ。半壊した家屋がところどころみられる。人間の十倍もの力のある鬼が金棒を振り回したら、閂をかけた引き戸も一撃で破壊されるだろう。瓦礫の中で何やら探し物をしている割烹着姿の小娘がこちらに気付くと近づいてきた。


「桃吉郎さんでけぇ。どうか、母を連れ戻してくだされ。おねげぇです。」


 小娘は涙を溜めた瞳でこちらの顔を除き、懇願した。桃吉郎は約束した。山際に太陽が隠れる寸前の、微弱な光が通りを照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。