幼児になる
まさかの両親から聞かされた黒歴史の内容が本当に黒歴史だった件について。
俺は屋敷に帰ってきた後、執務室で少しの間何も考えたくない無の時間を過ごしていた。
「如何致しましたかご主人様」
「…………」
セバスが話しかけている気がするが俺はもう返事をする気も起きないんだ、すまない。
少しだけこのままにさせてくれ。
「なるほど。今ならご主人様に何をしても大丈夫そうですね」
「……は?」
さすがに俺は聞き逃せなかった。
どうしてそうなった。普通、領主がこの状況でいたら少しは心配してくれたりするものじゃないのか?
「それではこちらをどうぞ。何があったのかは存じませんがご主人様の傷ついたお心が少しでも晴れるよう特製ハーブ水でございます」
そう告げるセバスが用意したのは見るからに怪しいピンク色の飲み物だった。
……これは飲んで大丈夫なやつだよな?
俺は疑心暗鬼になりながらもセバスのことを信用しているので1口飲んでみた。
すると何故か俺がほんのり黄色に光ったのだが、一体何を飲ませたんだ。
「……セバス、ちょっと苦かったし俺が発光しているのだが」
「なるほど味は改善の余地あり。そして黄色ということは疑いの色、エリオット様にお伝えしておきます」
セバスが丁寧にメモを取り始めるが、結局これが何かは教えてもらえなかった。
知りたいような知りたくないような……
「次にお心が傷ついているのなら記憶を一時的にリフレッシュする栄養剤をどうぞ」
もうどうとでもなれと俺はその怪しげな栄養剤を一気飲みしてしまった。
……おかしい。今まで頭の中は確かに疑心暗鬼だったはずなのだが。
「これはどんな効果なんだセバ……あう?」
「試作品の幼児退行ポーションでございます。中身が3歳児程度になるとのことで、楽しいことだけをして過ごせるかと思います」
ふぇ……なんのこと?ぼくはさっぱりわからないよ!
「1時間程で効果は切れますので、その間辛いお気持ちは忘れてしまいましょう」
「せばしゅ!おやちゅ食べたい!」
「……少々間違えたかもしれませんが、おやつを持ってきます」
おいていかないで!まってよ!
「ぼくもいく。せばしゅだっこ!」
「……ヴラディミール、頼みます」
「……御意」
「わあ、らでぃのおめめきらきらだねえ!」
らでぃはかっこいいな。
もぐもぐ……もぐもぐ。これおいしい!
「美味しいですか?」
「うん!このあとは、えるとあしゅとあそぶ!」
おにごっこやかくれんぼ、おえかきもいいな。
ふふん、たのしみ。なにしてあそぼうかな。
「じゃあ、らでぃいっちょにいこ!ぼく、じゅんびを……あれ?」
ぼくは……いや、俺は段々思考が通常通りに戻り、今までの言動も鮮明に思い出していた。
「おい、セバス!俺で人体実験をするな!そしてどうせ飲ますならせめて、その間の記憶も消してくれよ!」
俺は何事もなかったかのようにラディから降りて、執務室のイスに座り直した。
「いつも通りのご主人様に戻り、ようございました。ツッコミのキレも増しております」
「え……セバス、全ては俺のために考えてやってくれたのか?」
てっきり俺はただ人体実験のために変なものを飲まされたのかと思っていたが、俺のためだったなんて。
勝手に落ち込んで勝手にセバスに当たって、俺はひどい領主だ。
こんなにも優しくていい従者に恵まれているというのに。
「ええ、もちろんでございます。これからも人体実……いえ、試用にお付き合いください」
「人体実験って言ってるじゃないか!」
せっかく感動していたのに台無しだ。
そしてこの幼児退行ポーションを作ったエリオットは、一体何のために作ったんだ?使いどころが限定的すぎるだろう。
まあ、いい。何か大事な事を忘れている気がするが今は身体を動かしたい気分だ。
プールに行って少し泳いでこよう!
こうして俺の無の時間はすっかり終わったのだが、セバスによって翌日の箱庭新聞の見出しに『領主様、辛い記憶を忘れたくて幼児になる!』と書かれていて更なる黒歴史となったことは言うまでもない。




