バレンタイン
翌日、すっかり寒気のことなど忘れていた春樹はいつも通り屋敷でのんびりラシオンと一緒に遊んで過ごしている。
そんな中、乙女であるマリーの家ではエリーとシルヴィア、ハナの4人で女子会が開催されていた。
◆◆◆
「今日はワタシの家に集まってくれてありがとう!」
テーブルの上にはオシャレなティーカップにクッキーやケーキが用意され、まるで雰囲気は女子高生たちが休日に訪れるカフェみたいだ。
だが実際はいい歳して独身の厨二病シリーズ製作者に、人妻2人。そして屈強で硬い胸筋を持つ乙女である。
「いいのよ、私たちもたまには息抜きぐらい必要よ」
「ええ、こんな美味しそうなスイーツを用意されたら来ないわけにはいかないわね」
「今までちゃんとお話したことなかったので誘ってもらえて嬉しいです」
それぞれダンジョンでの仕事だったり服飾店だったり、更には子供たちの世話なんかもあり今まで中々予定が合わずにいたのだが、ようやく集まれたと女性たちは嬉しそうに女子会を楽しんでいく。
「そういえば屋敷の料理人が言っていたんだけど、日本ではもうすぐ好きな人にチョコを渡すバレンタインっていう一大イベントがあるらしいのッ!」
「まぁ!私も旦那にあげてみようかしら?」
「料理人さんにチョコの作り方聞きたいわね」
「私が作った服を着れば更に好きになること間違いなしだわ!」
こうして密かに女性たちによるバレンタイン計画が進められていく。
「ところでどうしてワタシのご主人様はあんなに可愛いメイドが欲しいのかしら?」
「箱庭新聞にも書かれていましたが、いつも大爆死しているとか」
「若い子に対する庇護欲とかでしょうか?」
「絶対ワタシたちみたいな年上の包容力の方がいいわよッ!」
ここに春樹がいるならば全力で拒否していたことだろう。
庇護欲でも包容力でもどちらでもいい。
ただ、マリーや人妻が範囲外なだけだと。
「私がこの箱庭に来た時にセバス様に封印された可愛いメイド服があるのよッ。それを着てチョコを渡せばご主人様もイチコロではなくて?」
「ああ、私が作ったオーダーメイドの服ですね。谷間が強調されるようにして、リボンやフリルを可愛くたくさん付けたのを覚えてます!」
「さすがエリーよッ!私はあれをセバス様に出してもらい、似合うためにさらにトレーニングジムで谷間の筋トレをするわッ!」
こうして春樹の知らないところでマリーの更なる肉体改造計画とバレンタインでイチコロ計画が着々と進んでいった。
そんな女子会が開かれていたなどと全く知らない春樹はバレンタイン当日、自分が感じた寒気の正体がなんだったのか確信する出来事が起こるのだった。
◆◆◆
とある日の夕方、ガンナーたちによる競馬場作りの視察を済ませた俺はいつも通り屋敷に帰宅し執務室の扉を開いた。
「……目の錯覚か?そうだと言ってくれ。フリフリのメイド服を着た2メートル近い男がいたような気がするのだが」
中で待ち構えていたのは……視覚的テロリストだ。
俺は一旦扉を閉め、錯覚であってほしいと願いながらもう一度扉を開いた。
「あらご主人様、遅かったじゃないッ!目の錯覚なんかではないわよッ。今日はバレンタインという“愛の儀式”の日なのでしょう?これはワタシが愛を込めて作ったチョコよッ!」
俺はマリーから手渡されたチョコの箱を一応開けてみる。
「マリー……なぜチョコの周りがプロテインでコーティングされているんだ?それにちょっと形が歪すぎないか?」
「私の谷間作りの手助けをしてくれているプロテインはとても大事なのよッ。形はそうね……強く愛を込めすぎて握り潰してしまったのかしら?」
握り潰すほどの愛……もはや俺は何も聞いていない。
そしてマリーのそれは谷間ではなく立派な大胸筋だ。柔らかさなど皆無である。
俺はまた背筋に寒気を感じ、数日前の寒気もこのイベントを予兆していたのかと気付いた。
危険だ、俺にも絶対危険察知スキルが生えてきたと思わせるぐらい脳内に危険信号が出ている。
「さあご主人様、遠慮しないでワタシの胸にいつでも飛び込んでいらっしゃいッ!」
「っ……待て、来るな!間合いを詰めるな!筋肉の圧が凄い!」
俺はこの狭い執務室でマリーから逃げ切れるわけもなく捕まった。
「がっ………ふっ!?……!!」
マリーのガチの大胸筋に顔を埋められ息が出来ない!これが物理的な包容力!?
「マリー、ご主人様が窒息死してしまいます」
俺の命もここまでかと思った時、執務室にやって来たセバスによってなんとか一命を取り留めた。
「ご主人様、今日は大爆死ではなく大窒息のご予定でしたか?」
俺はそんなセバスの煽りも今日に限ってはツッコむ余裕もなくなっていた。
「あらご主人様、ワタシのチョコと谷間では満足出来なかったのかしらッ?」
「……いや、初めてにしては上出来だ。ありがとう」
俺は苦し紛れに感謝を伝えることしか出来なかった。一応、マリーは俺のためを思って準備して作ってくれたわけだからな。
食べるかどうかは置いておいて、その気持ちだけは嬉しい。
「……ご主人様ッ!ワタシ、来年のバレンタインはもっと豪華でワタシの愛がぎっしり詰まったチョコを頑張って作るわッ!楽しみにしていて頂戴ッ!」
フリフリのメイド服から極太の腕を突き出し、満面の笑みでガッツポーズをするマリー。
俺はその眩しすぎる輝きからそっと目を逸らし、すでに来年のバレンタインに向けて完全に逃げ切るための隠密スキルの取得を本気で考え始めていた。
そして俺が大胸筋で完全に窒息死するまであと364日のカウントダウンが今始まろうとしていた。




