マーサの優しさに落ち込む騎士団長
現実世界でスタンピードが終息した頃、大食い大会を開催していて何も知らなかった春樹は兄からの家族全員無事だという報告を受けて初めてスタンピードが起きていたことを知った。
高ランク冒険者パーティーが援軍に向かったらしいと聞きつけ関わりのある鳳凰が無事かどうかの連絡を取ったが、九条から返ってきたメッセージには“勝負パンツは勝負に勝った”というよくわからない返信だった。
まあ、全員無事ならそれでいい。
兄貴たちも何かあればこの箱庭に避難してくるだろうし、それがなかったということは東京はそこまででもなかったのだろう。
そうして俺たちはいつもと変わらない日常を過ごしているのだが……
「ジルが明らかに元気がないよな?何か聞いているか?」
ここ数日、明らかにジルがおかしい。
話しかけても聞こえていないのかスルーされ、仕事終わりもずっとボーッとしている。
ダンジョンに毎日行っているから体調が悪いわけではなさそうだが、このままの調子だといつかモンスターに不意打ちを食らいそうだ。
「マーサが何やら知っていそうな雰囲気でしたが詳しいことまでは把握しておりません」
「そうか…マーサに一応聞いてみるか」
さすがにマーサに恋をしてるみたいな感じではなかったし、喧嘩でもしたのだろうか?
……あのジルとマーサが?いや、ないな。
「マーサちょっといいか?」
原因がさっぱりわからない俺はマーサを見つけて声を掛けた。
「如何なさいましたか坊っちゃま」
「ここ数日ジルが元気ないのだが原因を知っているか?」
マーサは顎に手を当て、考えている。
「そうですね……はっきりしたことはわかりませんが、数日前の洗濯をした時からあのような状態ですわね」
洗濯?なぜそれでジルがあのような状態になるのだ?
マーサに聞いても全然わからない。これはジルに直接聞きに行った方が良かったかもしれないな。
俺はジルがダンジョンから帰ってくるのを待ち、話しかけに向かった。
「ジルお疲れ様」
「……ああ、春樹様か…」
やはり元気がない。紫琉米星と嬉しそうに刺繍していた時とは大違いだ。
「ジル、ここ数日元気がないように見えるが何かあったのか?」
「……いえ、特には」
一瞬言いたそうにしていたがすぐに口を噤んだ。
そんなに言えないことなのだろうか?
「何かよくないことでもやらかしたか?」
「お気に入りの……たんだ」
小さすぎてよく聞き取れない。
「お気に入りのなんだって?」
「一目惚れして買った初めてのヴィンテージ物のジーンズをマーサに洗濯の色ムラだと勘違いされて浄化されたのだ……お気に入りだったのに……」
確かにジルは休日によくジーンズを履いている。魔導スマホでオークションを出来るようになってから給料の半分以上はジーンズにお金を掛けていると誰かが噂していたのを聞いたことがあるが、それを色ムラか……確かに落ち込む。
ジルもソファーに置きっぱなしだったらしく、気を利かせて浄化してくれたマーサには強く言えなかったらしい。
だからこそ自分がちゃんと片付けていれば防げた事故だと落ち込んでいたみたいだ。
こればかりは仕方ないことだが、いつも危険なダンジョンで頑張ってくれているジルに俺のポケットマネーでいいジーンズを見つけたら買ってあげよう。
決して同情したわけでない。それまで少し我慢して頑張ってくれ。
「そういえばマリーは一緒に戻ってこなかったのか?」
俺はダンジョン終わりのジルに声を掛けようと思っていたからてっきりマリーもいるものだと思っていたのだがジル1人だ。
落ち込んでいた原因を聞く分には1人の方が都合はよかったが……
「バルマリークなら何やらエリーとシルヴィアとハナのところへ向かった。女子会の打ち合わせだとかなんとか言っていたが」
女子会……1人屈強な男が混じっている気がしなくもないが、要するにお茶会みたいなことだろう?
羨ましい、俺も可愛い女の子たちとなら喜んで参加したのに。
そんな時ふと背筋に寒気が走った。
これが俗に言う危険察知のスキルだろうか?
……いや、ふざけている場合ではない。
俺はジルとの話を早々に切り上げ、部屋に戻ったのだった。




