第62話・お兄ちゃんは口説いている気はありません
バタンと玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
ピーマンを千切りにするのを止めて、軽く手を洗ってから玄関に向かうと、永遠がそこでブーツを脱いでいた。
エプロンを外して近くの戸棚の上に置く。
「お帰り永遠」
彼女がこちらを向いたと同時に声をかけて両手を広げた。
「……ただいま、です。兄さん。帰ってからもハグをするのですか?」
一瞬視線を彷徨させた永遠だが、すぐに目が合う。
「え? 駄目だった? 今日だけならいいかと思って」
「まったく今日だけですよ……」
やった。
永遠の許可をもらったので一歩前に出て軽くハグをする。
これがミウだったら、彼女の方から飛び込んでくるんだけどね。
女の子特有のなんとも言えない匂いが鼻をくすぐる。
いいね。
好き。
「お帰り永遠」
「兄さん、それはさっきも聞きましたよ……」
ちょっと強めのハグを終えてから彼女の顔を見るとほんのりと顔を赤くしていた。
「あと、今日の夜ごはんなんだけど。青椒肉絲と卵スープにごはんでいい?」
「中華料理ですね。構いませんよ」
「それとうちは夕食が18時ぐらいなんだけど大丈夫? もうちょっと遅くしたいっていうのなら調整するけど……」
「いえ。みなさんの時間に合わせますのでお構いなく」
「わかった。なら出来たら呼びに行くね?」
それからキッチンに戻って仕込みを再開する。
――
ミウを交えた3人で食事を終えた後は、永遠と話があったので彼女の部屋を訪ねた。
と言っても、ここはつい最近まで俺が使っていた部屋。
今までベッドで寝ていたらしいので、部屋ごと彼女に譲って、俺は1階にある客間の和室へと移った。
ちなみに、彼女が【クリーン】という清掃の魔法を使えたことから、俺が使っていたベッドをそのまま使っている。
「それで話というのは何ですか、兄さん?」
「ああ。お泊りのことで少し話があってね。ルールというやつかな? まあ、ルールと言っても男を連れ込まないとかそういうのだけど……」
さすがに男を連れ込むようなやつとは生活することはできないので、予め言っておく。
それから永遠の父親への連絡とか細々としたルールの確認。
彼女も納得できたところで、予備の予備として用意してた家の鍵を渡し、学校の話に話題を変えた。
「だから兄さん。そこまで心配しなくても大丈夫ですから。いじめられてませんって……」
「そうか?」
「はい」
ミウとは違って、あれがあったとかこれがあったという話をしてこなかったのでちょっと心配だった。
学校でのことを軽く聞いてみるも「大丈夫」の一点張り。
これは永遠の父親も腫れ物を扱うようになるわな。
距離感がいまいちつかみにくい。
彼女がつり目というのもあるが、睨まれているようにも感じることもある。
「じゃあ、ちょっと魔法を教えてくれるか? 俺も魔法のクリーンを覚えるために色々と頑張っているんだが、中々覚えられなくて困ってて……」
永遠の興味がありそうな事柄で、喫緊の課題となっている魔法のことを聞いてみる。
勉強はしているんだけど、中々覚えられなくて困っているんだよね。
「魔法はイメージですので、イメージの固定が甘いのでは?」
「それはわかっているんだがな。ちなみに、永遠はどういうイメージでやってるんだ?」
「はい。水で汚れを洗い流すイメージでやっています」
「なるほど。なら、ちょっとここでやってみていい? 魔力の流れが変とか、何かあったら指摘してもらえると助かるんだけど……」
「わかりました――って、兄さんは魔力の流れが見えるのですか?」
永遠が目を見開く。
「ん? そうだけど。何か問題あったか?」
「い、いえ。魔法が使えても魔力の流れが見えないと言う人は多いのでびっくりしただけです」
「ふーん。そうなんだ」
俺も最初はわからなかった。
でも、魔法の勉強をするようになってから、なんとなくわかるようになったんだよね。
それからミウが「お風呂上がったよ?」と声をかけてくるまで、永遠からの魔法の指導を受けた。
永遠の話では「もう一歩のところ」らしいが、さすがに一朝一夕でなんとかなる問題ではないのだろう。
――
「兄さん。ヘアオイル塗るの妙に手慣れてません?」
「ミウで練習したからね」
鏡に映る永遠の冷ややかな視線をよそに、なぜかミウが誇らしげに答えた。
髪の色はミウとは違うものの、髪質はそんなに変わっていないように感じる。
父親は違うけど、血がつながっているというのもあるのかな?
ミウも興味があるようで、永遠の銀髪をしげしげと見ていた。
きれいだよね?
「じゃあ、お兄ちゃんはお風呂に行ってくるからね?」
ドライヤーで永遠の髪を乾かした後、改めて彼女たちに声をかける。
お風呂と言っても俺はシャワー派なのでささっと浴びて終わりだ。
ついでに風呂掃除もしているので、その分ちょっと時間がかかるけど。
「兄さん。ありがとうございました」
「いや。俺が好きでやってるんだから別にいいさ。髪の長い女性は好きだし、かわいい妹のためならね?」
「そ、そうですか……」
気のせいかな?
ちょっと永遠の頬が赤い気がする。
「お兄ちゃん。ナチュラルに妹を口説いちゃ駄目だよ……」
「そうか?」
ミウの呆れたような言葉に返事をしつつ、お風呂へと向かうのだった。




