涙をこらえながら、真っ直ぐ前を見た
春たちは同時に駆け出した。
花霧の森へ。
木々の間を風みたいに駆け抜ける。
空気がおかしい。
花の香りが強すぎる。
まるで森全体が泣いているみたいだった。
結衣は春の後ろを走りながら、胸元の花飾りをぎゅっと握る。
春がくれたお守り。
不思議と、それだけで少し勇気が出た。
前を走る春が振り返る。
「結衣! 大丈夫か!?」
「う、うん!」
春は少し安心したように笑う。
その顔を見るだけで。
結衣の胸がまた熱くなる。
その時。
前方の空が、紫色に爆発した。
──ドォォォォン!!
衝撃波。
花びらの嵐。
リリィが転がる。
「飛ばされますぅぅ!!」
レオナが踏ん張る。
「うおっ!?」
エリシアの顔色が変わる。
「……まずい」
森の奥へ辿り着いた瞬間。
全員が息を呑んだ。
巨大な花。
山ほどもある紫色の花が、森の中心に咲いていた。
だが。
普通じゃない。
花びらが黒く侵食されている。
そして。
その花へ囚われている少女がいた。
長い銀髪。
白い服。
まだ小さい。
年齢は、リリィより少し上くらい。
少女は涙を流しながら苦しんでいた。
「たすけて……」
結衣が息を呑む。
「女の子……!」
エリシアが険しい顔で呟く。
「“鍵の巫女”……」
春が振り返る。
「知ってるのか!?」
エリシアは頷く。
「第一の鍵を守る存在です」
その瞬間。
黒い蔦が少女の身体へ絡みついた。
少女が悲鳴を上げる。
「いやぁぁぁ!!」
春は反射的に飛び出した。
「待ってろ!!」
だが。
──ズドン!!
巨大な黒槍が地面へ突き刺さる。
春が止まる。
前方。
花の上に、“誰か”が立っていた。
黒い外套。
仮面。
そして。
背中には、深淵の黒翼。
男は静かに笑う。
『遅かったな』
ゼルヴァの顔が険しくなる。
「深淵六王の配下か……!」
男は春を見る。
仮面の奥の赤い瞳が細くなる。
『世界樹の継承者』
『待っていた』
結衣が震える。
空気が重い。
強い。
今までの敵とは違う。
男は少女の髪を掴んだ。
少女が苦しそうに涙を流す。
「やだ……」
結衣の胸がぎゅっと痛む。
怖い。
でも。
放っておけない。
春が剣を抜く。
「その子を離せ!!」
男は笑った。
『断る』
その瞬間。
少女の胸へ、黒い紋章が浮かび上がる。
エリシアが叫ぶ。
「侵食が始まってる!!」
結衣が春を見る。
春もわかっていた。
時間がない。
だが。
敵の魔力が強すぎる。
その時。
結衣は胸元の花飾りへ触れた。
春がくれた、小さなお守り。
そして。
昨日の言葉を思い出す。
《一人じゃないから》
結衣は深呼吸した。
震える手で杖を握る。
怖い。
でも。
逃げたくない。
春の隣に立ちたい。
守られるだけじゃなく。
一緒に戦いたい。
結衣は前へ出た。
春が驚く。
「結衣!?」
結衣は小さく笑った。
まだ少し怖そうで。
でも。
ちゃんと前を向いていた。
「……今度は、私も守る」
その瞬間。
星花の紋章が、強く輝いた。
森中の花が共鳴する。
男の笑みが消えた。
『……星花覚醒』
結衣の魔導書が開く。
ページが光る。
そして。
新たな術式が浮かび上がった。
《星花感情魔法》
《Promise Bloom》
春が息を呑む。
結衣は杖を握りしめた。
そして。
涙をこらえながら、真っ直ぐ前を見た。




