フローリア
その夜。
春は村の広場で焚き火を囲んでいた。
村人たちは勇者の登場に大騒ぎだった。
「勇者様! このスープ食べてください!」
「こっちのパンも!」
「今夜は泊まっていってくれ!」
次々に料理を渡され、春は困ったように笑う。
「いや、そんな……」
リリィは隣でパンを頬張っていた。
「モグモグ……人気者ですねぇ」
「お前、気楽だな……」
村の空気は温かかった。
誰かに感謝されること。
誰かを守れたこと。
春の胸の中に、今まで感じたことのない感情が芽生えていた。
その時だった。
村長らしき老人がゆっくり近づいてくる。
「勇者様。少しお話を」
春は頷き、老人についていった。
案内されたのは、小さな教会だった。
中には大きな花の紋章が描かれている。
「綺麗だ……」
春が見上げると、老人は静かに語り始めた。
「この世界は、かつて花の女神に守られていました」
「花の女神?」
「はい。しかし十年前、魔王が現れた」
その名前を聞いた瞬間。
教会の空気が重くなる。
「魔王ゼルヴァは、“命の花”を枯らす力を持っています」
「命の花……?」
「この世界の生命そのものです」
老人は悲しそうに目を閉じた。
「森は枯れ、川は黒く濁り、多くの国が滅びました」
春は拳を握る。
「だから俺が……」
「勇者様だけが、《聖花剣 フローラルブレード》を扱えるのです」
春は腰の剣を見る。
花びらのような刀身は、静かに淡い光を放っていた。
「ですが……」
老人の表情が曇る。
「今のあなたでは、魔王には勝てません」
「……!」
「聖花剣の真の力を解放するには、“五つの花の加護”が必要なのです」
「五つの花?」
老人は壁の地図を指差した。
東、西、南、北、そして中央。
五つの場所に花の印が刻まれている。
「世界各地に存在する《精霊花》です」
リリィが説明を続ける。
「炎、氷、風、大地、光。それぞれの精霊の力を宿した特別な花なんです!」
「それを集めれば強くなれるのか?」
「はい!」
リリィは真剣な目で春を見る。
「でも簡単じゃありません。どの場所にも強力な魔物がいます」
春は少し黙った。
怖くないわけじゃない。
今日だって、戦っている時は足が震えていた。
でも。
泣いていた子どもの顔。
安心した村人たちの笑顔。
それを思い出す。
「……行くよ」
春は立ち上がった。
「俺、この世界を守りたい」
その言葉に、教会の花の紋章が淡く輝く。
老人は目を見開いた。
「まさか……女神様が……」
突然。
──ゴゴゴゴゴ!!
地面が激しく揺れた。
「な、なんだ!?」
外から悲鳴が聞こえる。
春たちが飛び出すと、村の入口に巨大な影が立っていた。
それは人型の魔物だった。
漆黒の鎧。
真っ赤な一本角。
巨大な斧を肩に担いでいる。
「見つけたぞ……勇者ァ……」
低く響く声。
周囲の空気が震える。
リリィの顔が青ざめた。
「ま、まさか……!」
「知ってるのか?」
「魔王軍四天王……《黒角のガルド》……!!」
魔物はニヤリと笑う。
「魔王様の命令だ。勇者の首を持ち帰れとなァ!!」
巨大な斧が振り上げられる。
春は剣を構えた。
心臓が激しく鳴る。
異世界の旅は、まだ始まったばかりだった。




