《フローラルブレード》
春とリリィは、草原の丘を歩いていた。
見渡す限りの花畑。
赤、青、黄色、紫。
色とりどりの花が風に揺れている。
「すげぇ……」
春は思わず声を漏らした。
地球では見たことのない景色だった。
空はどこまでも青く、白い鳥が大きな輪を描いて飛んでいる。
「ここは《ルミナ平原》です!」
リリィは空中をくるくる回りながら説明する。
「《フラワー戦記》の世界でも、とっても有名な場所なんですよ!」
「フラワー戦記……」
春はその言葉を口の中で転がした。
異世界に来た実感が、少しずつ湧いてくる。
「なぁリリィ。本当に俺が勇者なのか?」
「はいっ!」
即答だった。
「伝説によると、“春の名を持つ少年”が現れ、世界を闇から救うって!」
「いや、そんな都合よく……」
春が苦笑した、その時だった。
──ドォォォン!!
遠くで爆発音が響く。
空に黒い煙が上がる。
「な、なんだ!?」
リリィの表情が一気に険しくなる。
「魔物です……!」
「魔物?」
「近くの村が襲われてる!」
春の心臓が跳ねた。
ゲームや漫画の中だけだった存在。
それが今、この世界で現実になっている。
「急ぎましょう!」
リリィが飛び出す。
春も慌てて後を追った。
花畑を抜けると、小さな村が見えてきた。
しかし。
家は燃え、村人たちは逃げ惑っている。
そして村の中央には──
三メートルを超える黒い狼の魔物がいた。
赤い目。
鋭い牙。
全身から黒い煙のようなオーラを放っている。
「グルルルル……!!」
「うわ……」
春の足が止まった。
怖い。
本能的に分かった。
あれは危険だ。
「春!!」
リリィが叫ぶ。
「勇者の力を!!」
「力って言われても……!」
その瞬間。
黒狼が子どもへ飛びかかった。
「っ!!」
考えるより先に、春は走っていた。
「危ない!!」
子どもを突き飛ばす。
直後、黒狼の爪が春へ振り下ろされた。
「うわぁぁぁ!!」
──カッ!!
春の右手が光る。
そこに現れたのは、一輪の剣。
花びらのような刃を持つ、美しい剣だった。
「これは……!」
リリィが目を見開く。
「《フローラルブレード》!!」
春は無我夢中で剣を振るった。
キィィィン!!
光の斬撃が走る。
黒狼の身体が大きく吹き飛んだ。
「ギャアアアア!!」
魔物は苦しそうに叫び、黒い霧となって消えていく。
静寂。
燃える音だけが残った。
春はその場にへたり込む。
「はぁ……はぁ……」
手が震えていた。
怖かった。
でも。
「守れた……?」
助けた子どもが、涙目で春を見る。
「お兄ちゃん……ありがとう……!」
村人たちも集まってきた。
「助かった……!」
「勇者様だ……!」
「伝説の勇者様が来てくださった!」
春は戸惑った。
自分はただの高校生だ。
特別な人間じゃない。
だけど。
リリィは優しく笑った。
「春。あなたはもう、この世界の勇者なんです」
夕日が花畑を赤く染める。
春は剣を見つめた。
花の形をした、美しい剣。
その剣はまるで、春自身の心のように温かかった。




