春の中で、何かが弾けた。
北へ向かう旅は、今まで以上に過酷だった。
空はずっと曇っている。
黒い雪のような花びらが降り続いていた。
「これ全部……黒花か」
春は一枚を手に取る。
触れた瞬間、花びらは黒い霧になって消えた。
リリィが不安そうに呟く。
「黒災が広がってます……」
遠くの森は枯れ始め。
川の水も黒く濁っていた。
世界が、少しずつ壊れている。
春たちは休まず進み続けた。
山を越え。
氷の谷を渡り。
そして三日後。
ついに、その場所が見えてきた。
「……あれが」
北の果て。
巨大な黒い城。
空へ突き刺さるほど高い塔。
城全体を覆う黒花。
そして、その上空では巨大な渦が回っている。
まるで世界の傷口だった。
リリィが震える。
「黒花城……」
春は城を見上げる。
胸がざわつく。
怖い。
でも。
ここまで来たら、もう逃げない。
その時。
アイリスが立ち止まった。
「……ここから先は」
彼女は城を見つめる。
赤い瞳が揺れていた。
「黒災の中心です」
空気が重い。
呼吸するだけで苦しい。
ユナも顔をしかめる。
「魔力が狂ってる」
レオナが槍を握り直す。
「嫌な感じしかしねぇな」
すると。
突然。
──ゴォォォォ……
城の門が、ひとりでに開き始めた。
「!?」
巨大な黒門。
まるで春たちを待っていたかのように。
そして。
城の奥から、一人の男が歩いてきた。
白銀の長髪。
黒い軍服。
赤い瞳。
年齢は二十代くらいに見える。
だが、その存在感は異常だった。
空気が震える。
周囲の黒花が一斉に咲いた。
リリィが息を呑む。
「……うそ」
ユナも剣を握る手が震えている。
レオナが低く呟いた。
「魔王……ゼルヴァ」
春の心臓が大きく鳴った。
目の前の男が。
世界を滅ぼそうとしている魔王。
けれど。
その瞳は、どこか悲しそうだった。
ゼルヴァは静かに春を見る。
そして。
小さく笑った。
「ようやく来たか」
低く、優しい声。
春は驚く。
もっと恐ろしい存在を想像していた。
だが目の前の男は。
まるで、ずっと待っていたみたいだった。
ゼルヴァの視線が、春の剣へ向く。
「風花、白花、炎花……」
黒花が揺れる。
「そこまで辿り着いたか」
春は剣を握る。
「……あんたを救いに来た」
その言葉に。
ゼルヴァの目が僅かに見開かれた。
後ろでアイリスが涙ぐむ。
ゼルヴァはしばらく黙っていた。
そして。
静かに笑う。
でも、その笑顔は酷く寂しかった。
「優しいな、勇者」
風が吹く。
黒花が舞う。
ゼルヴァは空を見上げた。
「だが、もう遅い」
次の瞬間。
──ドクン。
世界が脈打った。
春の胸が苦しくなる。
空の黒い渦が急激に広がり始めた。
リリィが悲鳴を上げる。
「黒災が暴走してる!!」
ゼルヴァの身体から、黒い亀裂が広がっていく。
まるで身体そのものが崩れているようだった。
アイリスが叫ぶ。
「魔王様!!」
ゼルヴァは苦しそうに胸を押さえる。
それでも笑った。
「……抑えきれない」
黒い雷が空を裂く。
城が揺れる。
地面から巨大な黒花が次々咲き始めた。
ユナが顔を青くする。
「まずい……!」
ゼルヴァは春を見る。
その瞳には、覚悟が宿っていた。
「勇者・春」
黒い魔力が荒れ狂う。
「俺を……殺せ」
その瞬間。
春の中で、何かが弾けた。




