魔王ゼルヴァを救うために。
重い沈黙が流れた。
誰もすぐには言葉を出せない。
世界の敵だと思っていた魔王が。
本当は、世界を救った英雄だった。
しかも今もなお、“黒災”を身体に封じ込め続けている。
春は拳を握る。
胸が苦しかった。
「……そんなの」
あまりにも残酷だった。
アベルは静かに春を見る。
「ゼルヴァ様は限界だ」
黒い魔力が空へ漏れていく。
「黒災が完全に目覚めれば、この星そのものが黒花に呑まれる」
リリィが震える。
「じゃあ……もう止められないんですか……?」
アベルは答えない。
その沈黙が、何より重かった。
その時。
春の胸の紋章が光る。
風花。
白花。
炎花。
三つの加護が脈打っている。
そして。
女神フローラの声が響いた。
──最後の加護を探しなさい。
春は顔を上げる。
「最後の加護……?」
リリィも気づいたように目を見開く。
「そうだ……!」
彼女は慌てて空中を飛び回る。
「五つの精霊花が全部揃えば、《世界樹の奇跡》が使えるって伝承があります!」
レオナが眉をひそめる。
「世界樹の奇跡?」
ユナが静かに説明する。
「全ての花の加護を束ねた時だけ使える、伝説の浄化術」
春はハッとする。
「それなら!」
「でも」
ユナの表情が曇る。
「最後の精霊花、《蒼花》は……」
言いかけた瞬間。
アベルが口を開いた。
「既に黒花城にある」
全員が凍りつく。
「え……?」
アベルの赤い瞳が春を見下ろす。
「ゼルヴァ様が、自ら封印した」
リリィが青ざめた。
「そんな……!」
つまり。
最後の加護を手に入れるには。
魔王城へ行くしかない。
春は北の空を見る。
黒い雷。
禍々しい雲。
まるで世界そのものが泣いているみたいだった。
アベルは静かに言う。
「だが、黒花城へ辿り着く前に」
巨大な剣を地面へ突き立てる。
──ゴォン!!
空間が揺れる。
「《黒災の門》が開く」
神殿全体が震え始めた。
リリィが悲鳴を上げる。
「な、何これ!?」
アベルの視線が空へ向く。
そこには。
巨大な黒い穴が現れていた。
空そのものが裂けている。
その奥から、無数の赤い目が覗いていた。
ゾワッ。
春の背筋が凍る。
「……なんだ、あれ」
アベルが低く呟く。
「黒災の眷属」
次の瞬間。
──ギャアアアアア!!
無数の怪物が空から降ってきた。
黒花に覆われた異形。
翼を持つもの。
巨大な腕を持つもの。
人の形を失った化け物たち。
「来るぞ!!」
レオナが槍を構える。
炎が爆発する。
ユナも剣を抜いた。
フェンリルが咆哮する。
「ウォォォォン!!」
しかし。
怪物の数が多すぎる。
空が埋まっている。
春は剣を握る。
だがアベルが前へ出た。
「ここは我が止める」
「え?」
巨大な黒剣が持ち上がる。
アベルの全身から、とてつもない魔力が溢れ出した。
「勇者・春」
赤い瞳が春を見下ろす。
「北へ向かえ」
「でも!」
「時間がない」
空間が軋む。
黒災の門が広がっていく。
アベルは静かに言った。
「ゼルヴァ様を……救ってくれ」
その言葉に。
春は目を見開く。
処刑人。
魔王軍最強。
そんな存在が、頭を下げていた。
春は拳を握る。
そして。
「……分かった」
真っ直ぐ答える。
「絶対に助ける」
アベルは僅かに目を細めた。
それはきっと。
笑ったのだと思う。
次の瞬間。
──ドォォォォォン!!!
アベルが空へ跳んだ。
巨大な黒剣が振り下ろされる。
一撃で、空の怪物たちが吹き飛んだ。
圧倒的だった。
「行けぇぇぇ!!」
アベルの咆哮が響く。
春たちは顔を見合わせる。
そして。
北へ向かって走り出した。
黒花城へ。
世界を救うため。
そして。
魔王ゼルヴァを救うために。




