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4ヶ月後: その後の帰り道

 悪い夢を見ているようだ。


 長谷川先輩にからかわれている可能性も捨てきれないが、かなめが実際に中央管理棟にいたわけだし、システムを動かしていた。


 全てを信じないにしても、かなめが追われる立場で、それに抵抗する力を持ち合わせていることは認めねばなるまい。



 その後、昼休みの終わりに覚がかなめを伴って戻ってきた。

 ふらつかずに歩いている姿を見てはやとは安堵した。が、顔がやや赤いからまだ本調子ではないのかもしれない。


 …先輩の視線がややねっとりしていて、距離が少し近すぎることが気になるが、一旦見ないことにする。平常心。大丈夫だ、友達同士でもあのくらいは近い。


 正直なところ、昼休みギリギリで帰ってきてくれて助かった。まだ情報も心も整理がつかないし、どんな顔をしてかなめと会えば良いのか分からない。…かなめとどう接すれば良いのかも。

 先輩がその辺りを考慮したのかは分からないが、時間ができた。




 …とはいえ、昼から帰りまでの時間で何か変わるはずもなく。上の空で授業を受けていたら、すぐに帰りの時間がやって来た。


 はやとはいつも通りに教室までかなめを迎えに行ったが、いつもより口数が少なく、視線もさまよっている。


 当のかなめもどうすれば良いのか分からず下を向いている。


 いつものシスコンがなりを潜めて廊下でどぎまぎしているので、周囲も興味津々で見つめるが、二人が全く動かないので、邪魔をしないようにとやがて散っていった。




しばらくして、ようやくはやとが口を開いた。


「…か!帰ろう、か!」


かなめの目を見ないままはやとが上ずった声で呼び掛け、かなめは少し悲しそうな顔で小さく頷きはやとの後ろ、定位置についた。


 校舎を出ると、オレンジ色に染まり始めた世界が歩道に二人の黒い輪郭を描き出した。

 付きまとってくる影がまるでかなめにまとわりつく運命のようで。自身の無力さを突きつけてくるその暗さを覗き込みながらはやとはとぼとぼと歩く。


 セミの大合唱がやけにうるさくて、いつもの帰り道がひたすら長く感じられる。


 はやとは次から次へと当たり障りのない会話を絞り出したが、自分でも何を話しているのか分からない。

 かなめも小さく頷くばかりで、会話はすぐに途切れてしまった。


 じりじりとした焦燥感に終止符を打つべく、立ち止まり大きく息を吸い込むと、かなめが小さく身構えた。



 「もう逃げないと決めたんだ」

 自分を奮い立たせ、はやとはぐいっと顔を上げる。そしてかなめに向き直る。

 かなめもつられて顔を上げる。


 その赤茶の瞳が夕日をとらえて透き通る。

 潤んだ瞳が、微かに揺れている。


  


 その不安げな表情に胸が苦しくなって、はやとはかなめの頭に優しく手を置いた。


 頭を撫でてやると、少しずつかなめの体から緊張が解かれていくのが分かる。同時に、はやとの頭に渦巻いていた感情も凪いでいく。

 

 さっきまでの葛藤や不安は消え失せ、ただ純粋にかなめを、妹を愛していた。



 かなめは大きな力を持っている。それを使えば思い通りにできることも多いだろう。でも、かなめが不安に体をこわばらせていたのは、俺がかなめの過去を…―恐らく、苦しみに満ちたその8年間を知って変わってしまうこと。

 今の関係性が崩れてしまうこと。

 ただの妹でいられなくなること。

 それだけを恐れて、常に顔色をうかがい怯えていた。


 ―その上で、今の生活を守ろうと戦っていたのだ。 

 必死に。

 たった一人で。



 かなめに微笑んでみせると、また歩き出す。



 はやとは唐突に理解した。


 8年前の良く笑う優しい少女は、帰ってきた時、まるで別人であるかのように思えた。

 生気がなく焦点の合いにくい瞳。青白い肌。痩せて傷だらけの体。ぼんやりとして、こちらの声が聞こえていないこともあった。何かを諦めたような、達観したような顔をしたと思えば、何かに怯えて震え出す。物を知らず、教えてやらなければ日常生活も送れない有り様だった。

 だけど顔は紛れもなくかなめで、その不一致に、不気味さすら感じたことがある。


 けれど、本質は変わっていなかった。

家族が大好きなだけの、ちいさな女の子。


 身を守るために失ったものがたくさんあるのだろう。でも、失ったものはまた見つけて行けば良い。

無色透明ならば、これからどんな風にでも未来を描ける。

 かなめがこの先を生きていくために、力になりたい。

 俺に何ができるだろうか。

 かなめは何を望んでいるのだろうか。


 決めた。今日よしふみが帰ってきたら、二人を居間に呼んで話をする。かなめは嫌がるかもしれないけど、俺は全部聞きたい。聞きたいということを伝えるんだ。

 全部聞いた上で、それでもお前は俺の妹だよって、大好きだよって、ここにいても良いんだよって伝えるんだ。



 気がつけば家の前まで来ていた。


 いつもの流れでセキュリティを解除して扉を開ける。



 何かを深く考えたわけではない。ただ、口をついていた。



「かな、おかえり。」




 毎日に必死で、一度も言っていなかった言葉をはやとは口にする。




かなめは目を丸くしたあと、目を細めて小さく微笑んだ。


挿絵(By みてみん)



「ただいま。」







世界は輝いていた。

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