ハセガワ・サトル: 「4ヶ月後」
はやとを外に送り出しかなめちゃんのもとに帰ると、作業は全て完了していてかなめちゃんは体育座りをして壁にもたれ掛かっていた。僕に気づき、恨みがましいじとっとした目で見つめてくる。
「言わないでって、言ったのに…」
視線が痛い。でも、何も分からないままうろつかれる方が危険だろう。
「下の鍵が開きっぱなしだから入ってきてたんだよ。強制排除した方が良かったかい?」
…実際に排除しかけたことは伏せておく。
鍵の閉め忘れに気づき、かなめちゃんはばつが悪そうに口を尖らせ下を向く。
「でも、つれてこなくてもよかった…」
精一杯の抗議と照れ隠しなのだろう。
…それはそうと、手が届かないと思っていた人がすぐ近くにいて、胸が一杯になる。
一生懸命何でもない風を装って、かなめちゃんの隣、1mくらいあけて体育座りをする。
「かなめちゃん。僕が言うことじゃないんだけどさ、ちゃんと話しといた方が良いと思うよ。何も知らずに巻き込まれるのとちゃんと分かってるのじゃ、対処も何も全然違ってくるだろ?」
「わかってる…」
体育座りして下を向いていたかなめちゃんは、膝に顔を埋める。
「でも、わたし、きたない…」
浮かれた気分が霧散した。
「汚い」。それは、戦いの中で手を汚してきたことだけを指すわけではないだろう。
先日の昼、口止めのために唐突にセーラー服の上着を脱ぎ出した無表情のかなめちゃん、それに対する僕の反応を見てきょとんとした顔のかなめちゃんが思い出される。
目先の平穏のために平気で身を投げ出そうとした。
それほどまでに今の生活、そして家族が大事なのだろうが、彼女が自分自身を大切にしようとしない事実に、気がつけば険しい顔をしていたようだ。警戒するようにかなめちゃんが見ている。
「…きれいだよ。」
思いもよらない言葉に、かなめちゃんは目を丸くする。
「僕にとって君は、あの地獄の中でたったひとつ、きれいなものだった。」
「…きれい?」
問いかけてくる瞳はガラスのように空っぽで、何の表情も映さない。
「…今はかわいいとも思うよ。信じてないかもしれないけど、君が好きなこと、嘘じゃないよ。」
そこで初めて、かなめちゃんは少し赤くなったようだった。
…あ、かわいい。耳まで赤くなってきた。
浮かれ気分が秒速で戻って来る。
今までどんなに好きだと伝えても全然伝わっている気がしなかったが、今なら言葉が伝わる気がする。
「すごくかわいい。好きだよ、かなちゃん」
追い討ちをかけておく。
「あそんでる…」
照れつつも恨めしそうな視線が刺さる。初めて見る表情だ、やはりかわいい。
最初は助けてもらった恩義を感じているだけなんだと思っていた。でも、他人のために自分を省みず動ける、その危うさと高潔さに惹かれてしまったのだと今ならわかる。
この子はたぶん、すごく優しい子なんだ。でも、自分の価値がわからなくて、自分を犠牲にすることを何とも思っていない。
彼女には自分を大事にすることを覚えてほしい。まだ帰ってきて4ヶ月だし、時間をかけねばならないことだろうけど…
ポケットに入れた通信機が振動する。どうやら追っ手の捕縛が完了したようだ。
さて、どうしたものか。
ここ四ヶ月間、「組織」はただ静かにかなめちゃんを監視していた。
小石にしか見えないデバイスを家の周りや学校のそばにばらまいて、かなめちゃんの行動を把握しようとしていたようだが、直接接触しようとしてきたのは今回が初めてだ。
目的は、口封じ?脱走者の見せしめ?何かの警告か?
それとも、かなめちゃんの身柄を確保しておいた方が良いという結論にでもなったのか?
今は地球側の軍が保護してくれているが、やがて火星の独裁政権を打ち倒すべく、強制力の高い「協力」を求められることだろう。
もちろん、その過程でかなめちゃんを使い潰させる気はさらさらない。打てる手は打っておかねばならない。
気づけば、かなめちゃんの呼吸がずいぶんと落ち着いてきている。十分休めただろうか。
「もう少ししたら昼休みになりそうだけど、教室に行くかい?それとも保健室で横になる?」
立ち上がり、手を差し出す。
かなめちゃんは一瞬きょとんとしてから、僕の意図を察したようで、おずおずと手を重ねた。
重ねられた手が柔らかい。
かわいい。
絶対守る。
手を軽く引き、かなめちゃんが立つのをサポートする。
手が柔らかい。
ふらつきはもうないようだ。
「カイキンショウはだめになっちゃったけど、ちこくなだけだしおやすみはしたくない。」
「よし、行こうか。先生には僕からも言っておくよ。」




