4ヶ月後: かなめ②
はやとは、この場で気絶したい気持ちに襲われていた。覚の語る内容はどれもこれも、この場で呑み込むにはあまりに衝撃が大きすぎた。
先の大戦の際、地球と火星に設置された「大量破壊兵器」を無効化すべく、ある人物がシステムにハッキングして、全てのパスコードを自身の生体情報に変えたそうだ。
生体情報と生命反応をセットにしたため、確実にその人物でなければシステムを起動できない。そのパスコードの更新を確認して、その人物は自死したのだ。そのシステムが二度と起動できないように、「大量破壊兵器」が使われることのないように。
その人物はその際、既に有害物質の満ちていた地球の地表にその身を投じ、爆発物まで用いて、自分の身体が残らないよう入念に準備した。
だが、どういうわけか、かなめがその人物と同じ遺伝情報を持っており、火星のシステムがかなめを受け入れることが分かった。
長い内戦に終止符を打つべく、かなめは「大量破壊兵器」を起動するためにさらわれ、起動・パスコードの変更完了と共に、存在を疎まれるに至った。
何十年も前に生きて亡くなった人物と同じ遺伝情報。偶然はあり得ない。なのでかなめはその人物のクローンということになる。
かなめとはやとは不妊治療の末にできた子供だ。よしふみが話していたので、はやとは二人が凍結した受精卵を用いて生まれたことを知っている。
可能性があるとすれば、その際、何らかの方法でその人物―もはや名前も残されていない、その女性―の遺伝情報を挿入された受精卵が混入したのではないか。あるいは誰かが、故意に?
「大量破壊兵器」のパスコード変更後も、火星のシステムはかなめを受け入れ協力的だったという。試してみたら、地球で採用されているAIもかなめへの助力を惜しまなかったそうだ。
なんだか人間みたいだ、とはやとは動かない頭でふと思った。
かなめ自身はAIに関する特別な技能も知識もない。
AIはかなめの脳に直接情報を送り込み、かなめは複雑なコマンドをすることなく、与えられた情報をもとに、したいことを漠然と考える。そうすればAIが全ての手順を組み立ててくれるそうだ。脳だけでAIとのコミュニケーションを完結させることもできるが、負荷が大きいためその場で作り出される特殊な言語を用いて口頭でやり取りもするらしい。
かなめの生体反応が「鍵」として機能することは理解ができた。だが、なぜ火星のシステムやAIがかなめを受け入れているのかは依然不明のままだ。覚さえ知らないとのこと。
今のAIは旧時代のものと異なり、実在した人間の脳を複数モデルにしていると噂されているので、何かしらのバグなのか、それ以外に理由があるのか…
そこまで話し終えて、改めて覚ははやとを見つめる。
「色々考える時間もいるだろうし、とりあえず今日は帰る?それとも授業受ける?」
はやとは少し考え込むと、立ち上がった。
「一人でいてもぐるぐるしちゃうので、一旦授業出ます。…かなめはこの後覚さんが保健室か教室に連れていってくれますか?」
「任せておいて。ちゃんと状況を見て判断するよ。」
ふらついていたかなめが気がかりだが、先ほどの姿を見られることを何よりも恐れていたようなので、今は顔を見せず、少し時間を置くことにする。
…あんな風に泣かせたかった訳じゃない、とはやとは心で呟く。
覚にかなめを任せるのは嫌だが、先ほどのやり取りを見れば二人の間には適度に気安い空気が漂っていることが分かる。警戒心はあまりないし、多少の信頼も感じられた。
さっきの今で、俺がいるよりはかなめも話しやすいかもしれない。
パスコードやIDがないと外に出ることも叶わないため、覚ははやとを出口まで案内した。最後の扉を開けてもらい、踏み出したはやとは振り返った。
「先輩は『敵』…ではないんですよね。味方なんですか?」
覚は、心からの笑みを浮かべる。
「一目惚れだよ。」




