4ヶ月後: いつもの夜
家の前につくと、かなめがさっと小石を拾ってポケットにしまったようだった。
「何それ?」
「じゃまだったから」
答えになっていないような気もするが、かなめがそう思うならそうなのだろう。
引き戸の隣に設置されたデバイスに指を押し当て静脈認証。キーホルダーが生成したパスワードが自動認証され、家のセキュリティが解除される。鍵を差し込み、回す。同時に、鍵に埋め込まれたチップが認証されて解錠する。
他の家よりもやや厳重なセキュリティだ。かなめがいなくなってからセキュリティをいくつか追加して、かなめが帰ってからもいくつか追加した。
引き戸を開けると、中は薄暗い。かなめがさっと室内へ入り、電気をつけた。
昨夜の残り物でささっと夕御飯を済ませ、算数ドリルと今日先生から与えられた漢字ドリルにとりかかる。
4ヶ月前、かなめの傷が癒えた頃から沢山の人がかなめの元を訪れて、精神状態や学力など細かく検査しに来た。
結果、かなめは日本語こそ不自由なく話せるものの、語彙は少なく小学校高学年レベル、漢字は小学校低学年レベルだということが判明した。数学は簡単な計算しかできない。
だから、学園からは当初、学年を1つか2つか下げるか、自宅学習や通信学習を提案された。
でも、英語は問題なく話すことができたから、自動翻訳を使いながら授業を受けられると結論付けられて、晴れて同じ学年として編入したわけだ。
かなめの地頭が良かったので、じき学力も追い付くという判断もあった。
実際、かなめは良くやっていると思う。好奇心があるのか集中力が全く途切れないし、教師から与えられた課題を次々とこなしている。
よしふみが帰宅したのは、22時頃だった。今日の分の課題を終えたかなめがお風呂から上がり、はやとがテレビを見ているタイミングだった。
「おかえり。おつかれー。」
「おーう、たでーま。なんもなかったか?」
「なんも。ご飯食べて宿題したー」
音楽番組が終わり、ドキュメンタリー番組のイントロが流れる。今日のテーマは20世紀初頭の戦争について。はやとは思わずチャンネルを変えた。なぜか動悸がした。朝見た夢のせいだろうか。
手洗いうがいを済ませて部屋に入ってきたよしふみはめざとくはやとの焦りに気づく。じとっとした目ではやとを軽く睨んだ。なんだかばつが悪くて、はやとは聞かれてもいないのに言い訳し始める。
「今朝見た夢を思い出しちゃいそうでさ!ほら、印象が強くなって同じ夢の続きとか見ちゃうといけないし。もう少ししたら寝る用意もしたいし、あんまり強い刺激いれない方が良いと思ったんだよね!」
「戦争の夢、見たの?」
ほかほかのかなめがひょっこりと現れ、はやとの横に座る。キャミソールからのぞく肩や背中、腕には傷が薄くのぞく。
首の後ろにある大きめの傷痕は、タトゥーを消した痕だ。よしふみがかなめを連れ帰った晩に一度見たきりだが、バーコードと何か数字とアルファベットの羅列のようだった。
「かなめ、傷、結構見えてきてるぞ。カバーファンデしとこうか。俺塗るよ。最後に塗ったの一週間前だもんな。」
かなめは頷き、コンパクトを持ってくる。おもむろにキャミソールを脱ぎ、はやとに背中を向けて正座した。学力だけでなく、かなめは羞恥心等の情緒も育っていない。
はやとが刷毛を滑らせると、傷は見えなくなった。乾かせば5日以上はフィルム状になって傷を隠してくれる優れものだ。水に触れてもとれないということで、特に体育のある前日にしっかり塗布している。
「はやと、どんな夢見たの?」
追求されるとは思っておらず、はやとは少しまごついた。
「どんなって…変な夢だよ。俺とおまえが塹壕…trenchにいて、良く分かんないけど何かと戦ってるような、夢。爆弾とか色々落ちて来たり」
「そっか、けっこう古い感じだね。授業で何か見たのかな。」
他愛ない会話のはずだが、かなめの声色には探るような色があった。
「たぶんそう。歴史の授業がちょうど20世紀に入ってきたところだから。」
かなめの肩から力が抜けた。
同時に、よしふみが微妙な顔をするのが見えた。




