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将来の夢は魔王になることです!  作者: 月之木ゆう
第四章 獣人国家ユグドラシル
73/75

─母なる大樹─ 奪還作戦

生き残ったユグドラシルの民は、世界樹から遠く離れた大森林の奥で、小さな村を作りひっそりと暮らしていた。


村と言っても建物は木と葉っぱを組み合わせて作った粗末なものだ。

大森林での生活は、世界樹での豊かな暮らしとは大きく違うものだった。

しかしそれでも獣人族の生まれ持った能力を最大限に活かし、ゴードスの指導の元、徐々に森での暮らしに順応していった。

生き残りの民をここまで導いてきたゴードスがこの新しい村──エイラス村の長となるのはもはや必然だった。


──そんなある日、捉えられたユグドラシルの民を救う好機が訪れる。


フォーレルーン聖王国の占領軍の警備が一時的に手薄になることが分かったのだ。


彼らは切り落としていた大量の世界樹の枝を、本国まで輸送することになっていた。このような大量の物資を抱えて砂漠を越える輸送任務には、多くの魔物と兵士を動員する必要がある。本来であれば、占領軍の兵力を維持するために、本国から移民希望者を連れた部隊の到着を待ち、兵と物資を補給してから出発する予定だった。


しかし、少しでも速く水不足を解消したい本国の枢機卿から、計画を前倒せと命令が下されたのだ。そのため、フォーレルーン聖王国の占領軍は10日ほど日程を前倒すことにしたのである。これにより、一時的に占領軍の数が少なくなり、警備兵の数も減らされる事になったのだ。


──この千載一遇の好機を逃す訳にはいかない。


そう考えたゴードスは、捉えられたユグドラシルの民の奪還作戦の決行を決意したのである。


彼は、狼人族のディーベルを始めとする生き残った獣人族を集めて奪還に向けて動き出した。

奴隷となった獣人族は、夜間になると牢屋に集められ従属の腕輪は魔力補給のために外される。その事を協力者による事前の調査で知っているゴードスは、救出部隊を引き連れ迷うこと無く牢屋へ向かった。


しかし──

──これは不穏分子をおびき出すための罠だったのだ。


待ち構えていたのは、人間族の多数の兵士。

それに奴隷となったダイガスとティーナだった。


奪還にきたゴードスたちの前に、二人が立ちはだかる。従属の腕輪で意識を支配された彼らは、どこか虚ろな表情でこちらを見ている。

その目からは光が完全に失われていた。

そんな彼らの様子を見た救出部隊の一行は、例えようのない憤りを感じていた。


「おい、侵入者を排除しろ」


人間族の隊長は嘲笑するようにそう言って、命令を下した。

命令されたダイガスとティーナ以外の民は奥の牢屋に入れられているようで、その前で人間族の隊が守りを固めている。


「「・・・・・・」」


命令を聞いたダイガスとティーナがゆっくりと歩み出て、ゴードスたち救出部隊の行く手を塞ぐ。

それを見た彼らの戦友であるディーベルが、一歩前に出て槍を構え彼らに相対した。

そして、歪むような苦しげな表情で語りかける。


「ダイガス。ティーナ。お前ら本当にそれで良いのか?」

「「・・・・・・」」


2人は虚ろな表情のまま答えない。


「なんだ?話しかけ始めたぞ?」


そんなやり取りを見た、人間族の兵士が「これは観物だ」と言って愉快そうにあざ笑う。

ディーベルは、その挑発をあえて無視して言葉を紡いだ。


「なぁ、本当は聞こえているんだろ?」

「「・・・・・・」」

「答えてよ!!!」


ディーベルと両親のやり取りを見ていたティグリスが震える声で叫んだ。

ゴードスがお前さん何故こんなところに…などと言っているがティグリスの耳には届かない。


「父さん!母さん!お願いだから目を覚ましてよ!!」


その瞬間、戦士ダイガスの耳がピクリと動き──

──目にうっすらと光が宿った。


◇◇◇


「ダイガス・・・」


遠くから声が聞こえる。


「父さん・・・」


ああ、そうか、俺を呼んでいるのか。


だがうまく聞き取れない。

それに思考に靄がかかったようにぼんやりして何も考えられない。


──敵を排除しろ。そのうるさいガキを殺せ。


!!!


ビクリと身体が勝手に動き、俺は大剣を鞘から抜き放った。

あれ、俺は・・・。

・・・そうだ、敵を殺すんだ!!!


この子供は敵だ。

殺さなければならない!

邪魔する者も全て殺す!


《・・・よ・・・待て。》


俺の中の天(・)性(・)の(・)感(・)の囁きが聞こえてきた。

何度も聞いてきた声だ。


その声を聞いた瞬間、不思議と身体から力が抜けていき、霧が晴れるように思考が鮮明になっていく。

そして焦点が合わずにぼやけていた視界がクリアになると──

──信じられない光景が飛び込んできた。



目の前にあったのは──

切り落とされたばかりの友の左腕。

血まみれで怯えた目をして震える息子の姿。

息子をかばって俺の前に立ちはだかる隻腕となった友の姿。


俺は・・・何を・・・。


目の前の惨状を引き起こしたのが自分である事を理解したくない。

だが、直視せずには居られない現実が目の前にあった。


耐え難い痛みが心を支配する。

まるで心臓を激しく刺されても死ねない拷問のようだ。

その苦痛を断ち切るような声が頭の中に響く。


《我が名を呼べ。》


名前・・・?

知らない。


《知っているはずだ。我が真名を。》


──思い出した。ああ、そうか・・・今がその時か。


「我が身に宿れ──ガーディス=ライドネル」



ダイガスが始祖の真名を口にした瞬間、その身にまとう空気が変わり──膨大な力が放出され始めた。


目に見えるほどの力が、凄まじい勢いで放出される。

その場に居た人間族だけではなく、獣人族までもが圧倒的な力の前に後ずさり、どよめきの声が広がった。力の増大に伴って、身体の構造が変化していく。牙が鋭く尖り、爪が伸びる。


身体の変化が止まった時──

──彼は神々しい虎型の神獣の姿となっていた。


隆々とした肉体に、叡智を感じる瞳、強大などという言葉では生ぬるいほどの圧倒的な力を感じさせるオーラを放っていた。そばにいるだけでひれ伏さずには居られないほどの存在である。


「ディーベル、スマナカッタ」


そうつぶやく声はすでに自分のものではなかった。


「あ、ああ・・・」


ディーベルは、絞り出すようにしてかろうじて返事を返した。

彼は、いま自分の目の前にいる存在が、神話に伝えられる虎(・)獣(・)人(・)の(・)始(・)祖(・)の姿であると確信したようだった。


◇◇◇


(父さん・・・だよね・・・?)


ティグリスは、そう思って父であるはずの者の姿をじっと見つめる。

だが、そこにいるのは神々しい神獣であり、自身の知っている父の姿ではなかった。


(もしかして、これが・・・神獣化・・・?)


先程目の前で起こったのは、母から聞いたことがある神獣化の話と全く同じだった。

ティグリスは理解した。父は神獣化したのだと。


しかし、そんな理性的な理解とは関係なく、恐怖による震えが止まらなかった。

ティグリスの中では、自分に切りかかってきたことと、自分の知らない父の姿に、恐怖の感情が渦巻いていた。

怯える心を必死に抑えようとするが、身体の震えは止まらない。


ティグリスがそうして葛藤していると──

一人の人間族の男が叫んだ。


「俺の言うことを聞け!さっさとその獣人共を殺すんだ!」


その声にビクリと身体が震えた。


(怖い。)


男の命令に反応して、父の腕にはめられた腕輪の宝石が光る。恐怖のあまり、その場でズルズルと後ろに下がろうとするが、腰が抜けてしまい思うように動けない。


「やめてよ!」


そんな息子の姿を、ダイガスは悲しい目で見つめながら、前足を地面に打ち付ける。すると隷属の腕輪はあっけなく壊れ、ボロボロと崩れ落ちた。


「ティグリス スマナカッタ」

(僕の知ってる父さんの声じゃない・・・でも優しい声だ。)


ティグリスはその優しい声に安堵した。

このときには、もう身体の震えは止まっていた。


「くそっ!何なんだ、あの化け物は!」


命令を下すための腕輪があっけなく壊されたことに、人間族の男が驚愕の叫び声をあげる。

そして、恐怖のあまり裏返った声で、ティーナに対して命令を下した。


「お、俺を守れ!!!他は見捨てて良い!

 俺を最優先で守るんだ!!!」


自らの隊長の無情な判断を聞き、その場に居た人間族の間にどよめきの声が広がる。


「フカイナ ヤツダ」


ダイガスがそうつぶやいて、その男の方へゆっくりと歩みを進める。


「おい!その化け物を倒せ!」

「・・・っ!!!」


命令されたティーナはビクリと身体を震わせた後、獣化してダイガスへと襲いかかった。

ダイガスの足に噛みつき、爪で引き裂く。神獣化し飛躍的に向上しているはずの防御をもってしても、獣化したティーナの本気の攻撃を受けて無傷でいることは避けられない。


「そうだ!殺せ!」


男が叫ぶと、ティーナの獣化が更にもう一段階進み、白豹の筋肉が異様なほど肥大化していく。

強化された爪と牙で、ダイガスに無数の傷を与えていった。


──そんな彼女の目からは涙が流れていた。


「ヤメルンダ ティーナ 

 キズツケタクナイ」


ダイガスは、一切反撃せずにティーナの攻撃を受け続けていた。攻撃を重ねるごとに、ティーナの白豹の身体が返り血を浴びて徐々に赤く染まっていく。



◇◇◇



それからしばらく母さんは、父さんの身体を引き裂き続けた。それでも父さんは、一度も母さんに反撃しなかった。

綺麗だった母さんの白い毛並みは、父さんの返り血で真っ赤に染まっていた。


僕はこれ以上・・・見たくない・・・。

父さんが、母さんに傷つけられていくのは見たくない!


「やめて・・・」


そう僕が言いかけた瞬間──

──後ろから声がした。


「死ねガキ」


ザシュッ!

ズシャ!


「このメス・・・なん・・・で・・・」


え、なにが?


振り返ると母さんの脇に、爪で引き裂かれて横たわる人間族の男の姿があった。

母さんの脇腹には男の持っていた剣が深々と突き刺さっており、鮮血がどくどくと流れ出していた。

それを見てようやく、僕を背後から刺そうとした男から、母さんが守ってくれたのだと分かった。


「母さ・・・だ・・・も・・・」


僕がそれを理解すると同時に、母さんはそう言って血を吐きながら力なく倒れ、獣化が解けていく。


「さい・・・まもれ・・・な・・・ごめん・・・ね」


僕が倒れた母さんの顔を覗き込むと、かすれた小さい声でそう言った。


「え、母さん。

 嘘だよ・・・ね・・・?」


僕は必死で母さんの肩を揺すった。

母さんがこんな事で死ぬはずがない!

だって僕の母さんは強いんだ!


嘘だ!嘘だ!これは絶対に嘘だ!


「ずっと・・・そばに・・・・・・」

「母さん!起きてよ!」

「・・・・・・」


僕が必死に呼んでも母さんは答えなかった。

それでも構わずに、僕は泣きたい気持ちを必死に我慢しながら、

何度も母さんを呼んだ。


「母さん!」

「・・・・・・」

「お願い・・・母さん・・・」

「ティグリス・・・」


いつの間にか横に来ていた父さんが僕を制した。

神獣化したままの父さんが、母さんの腕にはめられた腕輪を噛み砕き、鼻先でそっと母さんの頬に触れ、呼びかける。


「ティーナ」


その瞬間、暖かい光が母さんを包み込み、傷が癒えていく。

母さんがうっすらと目を開けた。


「あなた・・・その力・・・だめ・・・に」


父さんが何かしたのが分かったけど、今はそんなのどうでもいい。

母さんが何か言っている。


「でも・・・私はも・・・だめ・・・みたい・・・」


え・・・なんで・・・?

父さんの力で、生き返ったんじゃないの?

だって、父さんはすごいんだ。

強いし起用で、なんだって出来るんだ。


やだ、信じない!

母さんが死ぬなんて!


「父さんみ・・・に強く生き・・・のよ。」

「待ってよ母さん!強くなるから!

 僕、絶対父さんより強くなるから・・・死なない・・・でよ・・・」


強くなるんだ。

僕は溢れる涙を必死に拭って、強くあろうとした。

だけど、僕の腕の中の母さんの身体はどんどん軽くなって、痩せていく。


「やだっ・・・約束し・・・帰って・・・なのにっ・・・」


溢れ出る涙で母さんの身体がよく見えないけど、すごく軽い。

それに冷たい。


──母さんの命の灯火が、僕の腕の中で消えていく。


なんで、こんな・・・どうして、僕は・・・。

頭の中がぐちゃぐちゃになる。

うまく息ができない。

苦しい。


「スマナイ・・・」


そう言った父さんの方を見ると、いつの間にか人間族の返り血で身体が真っ赤に染まっていた。


「ティグリス・・・オワカレダ・・・」


そう言った父さんの神獣の身体は、光の粒子となって徐々に霧散し、透け始めていた。


「え、父さんま・・・いっちゃいや・・・だ・・・」


父さんは僕の懇願に無言で首を横に振って答える。


「・・・・・・」


溢れ出る涙が僕の頬を伝って、母さんの顔にぽたりと垂れた。

それに気づいた母さんが、最後の力を振り絞ってゆっくりと手を持ち上げる。


そして、やせ細った母さんの手が──

──涙の伝う僕の頬を、優しく撫でた。


「ティ・・・グリ・・・大好きよ。」


母さんはそう言って優しい笑みを浮かべた。

僕は言葉にならない声で精一杯返事をする。


「うっ・・・ん・・・っぐ・・・」


すると最後に僕の頬を撫でた優しい母さんの手から、力がすっと抜けていく。


「かあさ・・・んっ・・・!」

「・・・・・・」


それを見た父さんは一瞬目を伏せた後、僕に最後の言葉をかけた。


「オ・・・ワ・・・強くなれ。」

「っひ・・・う・・・・んっ・・・」


父さんは最後の瞬間だけ、聞き慣れたい(・)つ(・)も(・)の(・)声(・)で、僕にそう言って消えていった。


気づくと僕は、溢れ出る気持ちのままに──

──声を上げて泣いていた。

次回、エピローグ。

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