戦いの行方
ズシャッ!!!
斬撃音の後、村長が相対していたゴブリンが倒れた。
「爺さん、あまり無茶するなよ。」
既の所でゴブリンを切ったのは、ディックの父
──ディーベルだった。
「助かったわい。お主も無理するのぉ。」
見るとディーベルは、左手の義手が砕かれ、左半身を中心にいくつもの切り傷があり、満身創痍であった。
「なあに、まだいけるさ。」
ハハッと笑って見せるが、目は完全に据わっており、ふらつく様子からも限界であることは一目瞭然だった。
だが、尚もゴブリンの攻撃は続く。
「ギャッギャガー!」
茨に絡め取られた仲間の死体を足場にゴブリンは続々と押し寄せ、5匹のゴブリンが同時に抜けてきた。それを迎え撃つのは村長とディーベルの2人である。
2対5の構図だった。
5匹は一瞬目配せした後、2人に同時に襲いかかる。
「むっ!」
「っく!」
歯を食いしばって二人は5匹の攻撃を耐える。村長が拾った槍で1匹を仕留め、ディーベルが2匹をまとめて屠った。しかし、横から短剣で突きを放つ2匹が止められない。
(ここまでか)
そう思ったとき──
ヒュンッ!
2本の矢が風切り音とともに飛来し、ゴブリンの脳天を貫いた。
2人は矢が飛んできた方向を凝視する。
左手に禍々しい大弓を持ち、ガシャガシャと鎧の音を立てて近づいて来るのは、黒い鎧を纏った騎士──
──黒騎士だった。
黒騎士は無言で二人の前までやってきて村長とディーベルの様子をちらりと見た後、迫りくるゴブリンの群れに向き直る。
すると、左手に持った弓が一瞬うごめいたように見えた。
その直後、弓は暗黒が具現したような闇に溶け、徐々に黒騎士の身長ほどの長さの細長い塊へと変形していく。
その闇から現れたのは漆黒の大剣だった。
柄には蛇が巻き付いたようなデザインで、ガード部分には黒く輝く目玉のような宝石があしらわれていた。
その刃は冷たい輝きを放ち、刀身に彫られた溝には、ルーンが刻まれている。
その漆黒の大剣を見た獣人2人は、思わず息を呑んだ。
刀身に刻まれたルーンは黒騎士が柄を握った時から淡く不思議な光を放っており、見ていると自分が切られる姿を想像せずには居られなかった。
ジャキン!
黒騎士はゴブリンたちに向き直り、その禍々しい剣を地面に突き立て、仁王立ちになっていた。
剣に魅入られてしまっていた2人は、その音を聞いて我に返った。膝をついたままの姿勢で見上げると、その黒騎士の背中はまるで「後は私に任せろ」と語っているようだった。
「すまぬ。」
「た、助かった。」
2人の声に黒騎士は振り向いて軽くうなずくと、再び2人に背を向ける。
黒騎士はここから先は一歩も通さぬという意思を込めて正面のゴブリンを見据える。九死に一生を得た気分のディーベルは、朦朧とする意識のなかでその様子を見ながら糸が切れたようにその場に崩れた。同様にしてその場にへたり込んだ村長がつぶやく。
「お主は一体・・・」
黒騎士は答えない。
もとから反応を期待して放った言葉ではなかった。
しかし、おそらくこの黒騎士に勝てる存在は、少なくとも今のこの国には居ないだろう。冒険者時代に数え切れないほどの強者を目にしてきた村長には、黒騎士の所作だけでなんとなくその強さを推し量ることができていた。
「この者ならば・・・・」
そう呟いた村長の名は、ゴードス。
かつてのゴードスは王国でも名の通った冒険者であった。彼はフォーレルーン聖王国との戦争でも活躍し、敗戦時には民を先導して戦場を脱出した。そうして生き残った民が集まってできたのが、ここエイラス村である。
村の長であるゴードスは、まだ自分の使命を果たすことができることに安堵しつつ、大きく息を吐きながら意識を手放すのであった。
◇
正面に向き直った黒騎士は、グレートソードを天高らかに掲げた。
漆黒の刀身が星々の明かりに照らされて煌めく──
──ブレス・オブ・ヘラクレス
瞬間、刀身が星々の光を吸収したように輝きを放つ。その光が掲げた剣を中心にドーム状に広がり、戦っている春夏と獣人たちを包み込んだ。光に触れたところから徐々に、これまでに受けた傷が癒えてゆく。身体も驚くほど軽くなり、先程までの疲労感が嘘のように消えていた。
「反撃開始だ!」
春夏の号令に合わせて──
「今ですわ!」
メトシェラがそういった瞬間、ゴブリンの足元に転がっていた紫色の実が──
──弾けた。
バンッという破裂音の後、一瞬で実から生えた何かによってゴブリンの胸が貫かれている。
「ギャッ」
ゴブリンが口から血を吐き、途切れた。紫色の実から生えた何かは尚も成長を続け、あっという間に人の形になった。
「え、なに!?」
「ウッドゴーレムですわ。」
私の疑問にメトシェラが答えた。
「やはりエルダーの実でしたか。」
アイカは納得したように頷く。
紫色の木の実は先日、植物活力剤をあげた際にエルダーに実ったものだった。見ると、村のあちこちで紫色の木の実から、ウッドゴーレムが生まれていた。
「えーっと。」
目まぐるしい状況の変化でパニック寸前の春夏は、心の平穏を取り戻そうとひーふーみーと数を数えている。すると──
「100体ですわ。」
メトシェラが頬に手を当てながら数を告げる。
村中に突如出現したウッドゴーレムの数は100体だった。
「うわぁ・・・」
ドン引きである。
一行がそんなやり取りをしている間にも、次から次へと生まれるウッドゴーレムによって、ゴブリンの群れが殲滅されていく。本来、ウッドゴーレム1体に対してゴブリンが10匹束になってかかってようやく抑え込めるくらいの強さだ。戦力としては完全に逆転していた。
ゴブリンが次々と殲滅されていく光景をドン引きしながら見ていると、世界の声が聞こえた。
《『朝比奈春夏』がレベルアップしました。》
「あ・・・」
ウッドゴーレムがゴブリンを大量に倒したことによってLvが上がったようだが、目の前の阿鼻叫喚の図に素直に喜べない春夏であった。もちろん、仲間が得た経験値が自分にも入ることの意味にも春夏は気づかない。
生き残ったゴブリンは悲鳴を上げながら、脱兎のごとく必死に森の方へと逃げていく。しかし、ゴブリンは攻勢に出ていたため、その殆どがウッドゴーレムに蹴散らされていく。春夏はここからが本番だと思っていたが、その光景をみてすっかり戦意を喪失していた。
あまりの惨状に、ティグリスを始めとする村の面々は口をあんぐりと開けたまま硬直していた。
「あらあら、逃げてしまいましたわ。」
メトシェラが冷たい笑顔で逃げ惑うゴブリンたちを見渡しながら呟いた。
そのつぶやきを聞いた春夏は、ゴブリンの返り血で汚れた頬を拭きつつ、その場にへたり込んだ。
──メトシェラのことは怒らせないようにしよう。
心の底からそう思うのだった。
春夏が考えていたのは「黒騎士さんやっちゃって!」作戦でしたが、メトシェラがプリプリしていたので出番がありませんでした。
今後の黒騎士の活躍に期待です。




