獣人村の危機再び
ドッカァァアアアン!!
轟音とともに土煙が上がる。
その中には、白目を向いて魂が半分抜けかかっている春夏とアイカ、それに泡を吹いて目を回しているティグリス、ディック、ミーシャの姿があった。
呼び出した主が気を失ってしまったからか、土煙が消える前にこの惨状を引き起こした張本人もとい張本狼であるバトルウルフは、ポンッと消えてしまった。
巻き込まれてしまったティグリスたちは、本来は私達に助けを求めようと村を出ようとしているところだったようだ。ちょうど、そこへ不運にも春夏たちが突っ込んできたという訳である。
「おい!ゴブリンの次はなんだ!」
そう言って集まってきた獣人たちによって春夏たちは救出された。
◇
救出された私と春夏はあれよあれよという間に、村長宅に連れ込まれゴブリンの襲撃に備えた話し合いの場に連行された。
「あの、えっと・・・」
「おお、よくぞ来てくださった!」
私がなにか言う前に村人による熱烈な歓迎を受けた。
戸惑いが隠せない私に、こちらに向かって褒めてほしそうな笑顔を向けてきた。
(そういうことか・・・)
私は心のなかで軽くため息をはきつつも、ティグリスが私が饒舌に語った武勇伝を話してしまったのだと理解した。もう一度、ティグリスを見るとブンブンと尻尾を振っていた。猫系獣人もテンションが上がると尻尾を振るようだ。
(仕方ないか。乗りかかった船だし)
私は自分を納得させるように大きく深呼吸した。
◇
手短に自己紹介をすると、木の精霊ドライアドのメトシェラが私たちを追いかけて獣人村にやってきた。
追いかけてとは言うが、実際は村に生える木からするりと出てきたのだが。
それを見た獣人たちは目を見開いて村人が驚いていた。どうやら、この世界でもドライアドの存在は非常に稀らしい。
しかし、村人の中ではすでに春夏は色々と常識を超えた存在という認識だったので、軽い紹介だけで勝手に納得してくれた。
「それで状況は?」
ドラゴンズリングをプレイしていた頃のギルド対抗戦前のブリーフィングを思い出し、気持ちを切り替えた春夏が獣人たちに現状を聞いた。
村長がその問いに答える。
「奴らは村の正面・・・西に潜んでおりますじゃ。」
「数は?」
「分かっているだけでは40匹じゃが、まだ増えておる。」
村長が重々しくそう言った後、優秀なうちの子たちが正確な情報を伝えてくれた。
「村の周囲だけで200匹はいますわ。」
「マスター、すでに包囲されつつあります。」
メトシェラの報告にアイカが補足を加える。
「なんじゃと!」
「そんな・・・」
「逃げようよ・・・」
村長を始めとする獣人たちが額に脂汗を浮かべながら、青ざめていく。あるものは震える声で今すぐ村を捨てて避難すべきだと主張する。
200匹以上のゴブリンに包囲されているという情報は彼らの平常心を失わせるには十分だったようだ。
村人の慌てふためく様子を見て、一つの疑問が脳裏に浮かんだ。
(獣人なのに分からなかったのかな)
その疑問も当然だろう。
獣人族は、種族差は多少あるが五感に優れている者が多く索敵に関してはかなり高い能力を発揮する。しかし今回のゴブリンは総数の2割程度しか発見できていなかったのだ。
春夏の思案顔に気づいたメトシェラが理由を告げる。
「どうやら村を包囲しているゴブリンは身を隠す技を身に着けているようですの。」
メトシェラの説明によると、ゴブリンは草の汁や泥を全身に塗り、ゴブリン特有の匂いを抑えているようだ。それに加えて、木の葉や蔦で作った簡易迷彩服のようなものも着ており、茂みに隠れられるとちょっとやそっとでは見つけられないようだ。
しかも南西には、そういった工夫をあえてしていない40匹ほどの一団がいたのだ。
つまり囮である。
「しかしワシの経験じゃと・・・」
「ありえない!なにかの間違いだろ!」
外野として聞き耳を立てていたディックが村長の発言をかき消すほどの大声で怒鳴る。本来、この場で発言権を持つのは村の長老と村長だけである。子供や戦闘に参加しない者は固唾を飲んで見守るだけだった。
しかし、ディックはこれ以上黙っていられなかったんだろう。興奮状態になった彼は息を荒げ、その口からは鋭い犬歯が顔をのぞかせていた。
ディックの主張としては
この世界のゴブリンはとても知能が低く、本来であればそういった行動を取ることは通常では全く考えられないとのことだった。
「ゴブリン風情がそんな事できるはずがねぇだろ!適当なこと・・・」
ディックは興奮気味になおも騒ぎたてるが──
「黙れディック!」
ディックの父親のディーベルが全身の毛を逆立て、鋭い牙をむき出しにして息子を一喝する。片腕を失っているとは言え、彼の覇気は息子を震え上がらせるのに十分だった。
ディックは小さく飛び跳ねると尻尾を丸めて俯き、押し黙る。
ただでさえピリピリしていた場の空気がこのやり取りで凍りつく。
──凍った空気を打ち砕いたのは春夏であった。
「えーと、敵は200で連携して攻めてくるとして、こっちの戦力は?」
エアブレイカーと言われた春夏は、その場の空気など一切気にせずに、作戦会議にもどるように舵を切った。
それは、獣人たちからすると、あっけにとられて言葉が出ないほど緊張感にかけていた。
アイカが「グッジョブです!マスター!」と心のなかでエールを送ったあたりで、村長が重々しく答えた。
「戦えるものはワシも入れて5人じゃ。」
(え!?村長戦えるの!?)
と春夏は思ったが、流石にここでツッコミは入れなかった。
それは空気を読んだから。
ではなく、相手はいくらゴブリンとは言え200対5という数字に意識が向かったからであった。
5人は少なすぎだ。
その戦える5人というのも、ヨボヨボで少し腰の曲がった村長、隻腕のディーベル、そして子供3人だ。
この程度の戦力では、私たちが来なければ確実に村は蹂躙されていただろう。
「んー、私たちの戦力は・・・
私、アイカ、メトシェラの4人かな?」
春夏が各自の顔を軽く見回し、アイカとメトシェラにその認識で誤りがないか目線で問いかける。
「少し訂正しますわ。じつは・・・。」
◇◇◇
村を完全に包囲したゴブリンだったが、すぐには攻めてこなかった。
それはもちろん春夏たちの話し合いが終わるのを待っているわけでは無い。
彼らは、日が完全に落ち辺りが真っ暗になるのを待っていたのだ。
辺りがすっかり暗くなり、月が厚い雲に隠れたとき──
──ゴブリンが一斉に村に襲いかかった。




