黒騎士
春夏はパジャマ姿のまま、アイカとメトシェラが用意してくれた朝食を食べ始める。
メニューはベーコンエッグと好物のくるみパン、それに・・・
「これなんだろ?牛乳?」
「いえ、ミューケルと言う木の樹液ですわ。」
そう答えてくれたメトシェラに相槌を打ちながら少し口に含む。
すると、見た目通り牛乳のような味で、口の中にほんのりと甘さが広がる。調整牛乳に砂糖を少しだけ入れたような、甘いけれどさっぱりとした味わいだ。
「あ、これ好きかも。」
「それは良かったですわ。」
春夏が目を瞑ってにんまりとすると、メトシェラもふふふと嬉しそうに口元に手を当てて目を細めた。元々、牛乳好きの春夏にとっては好みの味だったようで気に入ったようだ。
「このパン美味しい」
「それはですね、ゴーレムさんと・・・」
そんな会話をしながら食事を済ませたあと、春夏はやっぱり眠いと言って二度寝した。
◇
「ねぇアイカ、その騎士さん誰?」
朝食後、魔法を試してみようと家を出ると、家の前には昨晩アイカが作ったゴーレムが仁王立ちしていた。見た目は黒い甲冑姿の男性。肩や肘などには鋭い刃がついており、関節からも地肌が見えないフルプレートメイルで、某ゲームのやいばのよろいをとても禍々しくした感じだ。鎧の胸部分には何かの紋章が描かれている。黒い金属でできたゴツい角が生えたヘルムには、目の部分に視界を確保するための小さな切込みが入っており、その奥には赤く光る目があるような気がした。
「私が作ったゴーレムです。マスター。」
「え、ゴーレム!?っていうかいつの間に作ったの!?」
アイカはゴーレムの主人は春夏とアイカの二人であること、中身は空っぽなので着られることを説明した。通常のゴーレムは魔力を提供した本人以外の命令は聞かないが、アイカの作ったゴーレムは特別製だ。赤い目は気のせいだった。
「え!着られるの!?着てみていい?」
春夏が目を輝かせながら、アイカに尋ねる。
「もちろんです。」
「それじゃ早速・・・。」
失礼します。とつぶやきながら、春夏は恐る恐る甲冑の頭部分を外すと確かに中は空っぽだった。それから順にばらしていき、アイカに手伝ってもらいながら鎧を身につける。
「前が・・・
見えない!」
勢いで着てみたものの目の位置が合わず、前が見えなかった。それにサイズもあっておらず色々なところが当たって痛い。特に胸部がかなりきつい。
「ごめんなさい、マスターちょっと待って下さいね。」
アイカがそう言って、鎧に手をかざすと淡く光り女性用の形状へと変形した。胸部が膨らみ、腰回りが少し引き絞られ、ヘルムの目の部分が調整される。
「おお、ぴったり!意外と軽くて動きやすーい!」
やっぱり前が見づらいけど。と言いながらも春夏がご機嫌で走り回る。アイカもその後を追って飛翔する。この甲冑はゴーレムの動力を利用したアシストが働くので、パワードスーツのような役割を果たすのだ。
その様子をメトシェラがエルダーの実の手入れをしながら眺めていた。その黒騎士型ゴーレムの本来の役割を知りつつも口止めされているメトシェラは苦笑するしかなかった。
「お二人が幸せならそれでいいですわ。」
自分に言い聞かせるように、メトシェラがポツリと言った。
「そうじゃのぉ」
エルダーも小さくうなずいた。
◇
その後、黒騎士の試し切りと称してゴブリン退治に出た春夏とアイカだった。
場所は先日ティグリスの村を襲ったゴブリンの巣穴である。生かしていたゴブリンからメトシェラが情報を引き出したのだ。
もちろん優秀なアイカの指示である。
巣穴に近づくと入り口付近で早速ゴブリンを見つけた。3匹いるが見張りだろう。
「それじゃ行くね。」
「マスター、お気をつけて。」
──ストレングス・インクリース
──クイック・モーション
──ディフェンス・インクリース
──プロテクション
アイカが定番となりつつある支援魔法セットを付与してくれた。
「まかせて!」
春夏は、とりゃー!と声を上げながらゴブリンに向けて走り出すと、それに気づいたゴブリンが石を投げてきた。
「そんな攻撃通じないよ。」
甲冑を着た春夏にとってその程度の攻撃は取るに足らないものである。はずだった──
コツン!
「あ!前が見えない!」
ヘルムの角に当たったその石によって、ヘルムの角度がずれてしまったのだ。結果として視界が塞がれゴブリン達の目の前で転んでしまう。
「あー!痛い!やめてー!」
痛くないけど。とつぶやきながらも、春夏はゴブリン達にタコ殴りにされる。
「ギャバババ!」
ゴブリン達が汚くよだれを垂らして笑いながら、各々の得物でうずくまった春夏に攻撃する。しかし、ゴブリンの貧弱な武器では鎧を貫けるはずもなく、ポカポカと殴るだけである。
「マスター!」
血相を変えたアイカが慌てて魔法を放つ。
──クイック・アイシクル・ダガー
アイカがいくつもの氷の刃を空中に生み出し、即座にゴブリンに向けて放った。その全てがゴブリンに命中し、あっさりと戦闘は終了した。
「はぁびっくりした。」
春夏がヘルムを脱ぎながらつぶやく。
「お怪我はありませんか?」
「うん、へーき。この鎧のおかげ、アイカの支援魔法もあったし。」
「よかったです。」
春夏は黒騎士姿でゴブリンをバッタバッタと斬り伏せていくつもりだったが、結局は禍々しい鎧姿でゴブリンにタコ殴りにされるというシュールな思い出だけが残った。
◇
春夏はその後、黒騎士鎧を脱いで、独立のゴーレムとして動かすことにした。一行はゴブリンの巣穴奥へと進み、ゴブリンの群れ24匹を発見していた。
「黒騎士さーん、やっちゃって。」
春夏の言葉にゴーレムこと黒騎士が小さく頷き、ゴブリンの群れにまっすぐ向かっていった。
「マスター、武器を渡さなくてよかったのですか?」
「あ。忘れてた。」
などと、のんきなことを言っている春夏達には一切目もくれず、黒騎士は全力で突進した。一切の小細工なく正面からの突破である。
「ゲギャギャ!!」
当然すぐに気づいた群れのリーダーらしきゴブリンが警戒の声を上げる。その一匹が最初のターゲットだった。突進の勢いそのままに殴りかかり強襲。
続いて慌てて駆け寄るゴブリンの棍棒を奪い取り、頭部に一撃。後ろから迫るゴブリンには振り向きなざまに殴り飛ばし、左右から同時に襲いかかる2匹は体勢を低くし鎧の肩の刃で切り裂きと、流れるような動作で24匹のゴブリンの群れをあっという間に退治した。
両手に血だらけの棍棒をもち、返り血で真っ赤に染まった黒騎士がこちらに向けて歩いてくる姿を見ながら、春夏があっけにとられたようにつぶやく。
「黒騎士さん単独のほうが強いね。圧倒的に。」
試し切りの結果としては、春夏が甲冑を着て動くよりも黒騎士単独で動いたほうが遥かに動きが早く強かった。
「はい。ゴブリンの群れが瞬殺でした。」
「あれだね、私いらないんじゃ。」
春夏としては、もはや自分が弱いのは自覚しているのだが、どこか思うところはあるらしく、少し複雑な顔をしていた。
「それにしても巣穴の割にゴブリンが少ないね。」
「そうですね、この規模の巣穴ですのでもっと居そうなのですが。それに巣穴というには痕跡が少なすぎる気がします。」
「もっと奥まで行ってみる?」
などと会話をしていると──
「春夏様、アイカ様!大変です!
獣人村がゴブリンに襲われそうです!」




