ティグリス編 ─イノシシ─
残り1匹となったゴブリンが全力で逃げ出した。
「追う?」
僕は、いつでもかけ出せるような体制で短剣を鞘に収めながら尋ねた。僕が全力で追いかければ、手負いのゴブリン程度、簡単に追いつくことができる。
「いや、深追いはやめとけ。追った先で他のゴブリンに出くわしたら面倒だしな。」
「確かにそうね。」
「それにあの傷ならそれほど遠くまで逃げることはできないだろうし、今はまず村に知らせた方が良いだろう。」
ゴブリンは単体では大して強くはないが、驚異的な繁殖力でもって群れを作り、集団で狩りを行う。僕らが出会ったものだけでも4匹いたのだ、おそらくもっと数多くのゴブリンがいるのだろう。
村が襲われたら一大事だ。一度、村に戻って知らせるという判断は妥当だろう。
「分かった。」
「よし、帰るぞ。」
◇◇◇
僕らは倒したゴブリン達を村に持って帰った。そして、探索していたら4匹のゴブリンに出くわしたこと、うち3匹は仕留めて持って帰ってきたこと、最後の1匹は手傷を追わせたが逃げられてしまったことなど、一通りの状況を報告した。
「1匹逃がしたのか……。」
「何も無ければ良いのじゃが。」
「しかしなぜゴブリンが昼間に……。」
などと報告を受けた長老達が話している。ディックの父親も一緒だ。
「この村を襲うつもりじゃあるまいな。」
「いや、それなら夜中にこっそり偵察に来るはずじゃ。」
「どうも昼間にというのが解せぬのぉ。」
長老達にとっても昼間にゴブリンを見かける事は経験が無いようで、対応策がなかなか決まらない。
「いまはなんとも言えん。引き続き午後も調査をお願いするかの。」
最終的に村長がそう決めたようだ。
僕らは軽い水分補給の後、再び森に入った。
◇◇◇
僕らは引き続き森の調査を進めていたのだが、人の気配はなかった。いまは先程より東の方を調査している。人間に占拠されているユグドラシルとは村を挟んで反対方向だ。
もし人間が攻めてくるとしたら、村の西側からのはずなのだ。やはり、あの火球は人間とは関係ないのだろうか。なんて考えながら探索をしていると前方の茂みでガサガサと音がした。
「(止まって。何かいる。)」
僕は皆に木の陰に隠れるように合図をし、ゆっくりと様子をうかがった。
動物がしきりに地面を掘っている。太くて丸みを帯びた大きな体躯。茶色い毛並みにブヒブヒとなる鼻。
しっかりとした肉付きでかつ、適度に運動もしているのであろう。引き締まっていてとても美味しそうな獲物だ。
ティグリスの視線の先に居たのは──
「イノシシだ。」




