ティグリス編 ─ゴブリンの血は赤い─
翌日。
僕らは南の森を探索したが、結局見つけたのは芋だけだった。胸騒ぎの原因も分からないままだ。
「ちっ。また芋かよ。」
僕らの村は避難民が集まる前は小さな農村だった。なので簡単な農業もやっているため麦のような物も採れるのだが、人口が急増してしまい、食料の供給が全く追いついていない。
「ごめん、今日はなんだか森がざわついてて。」
「言い訳すんな!」
「ちょっとディック!ティグリスに当たらないでよ!」
3人はそんな会話をしながら村に帰るのであった。
◇
「父さん。ごめん。今日も芋だけなんだ。」
「おっ!今日はまた立派な芋だな!母さんも喜ぶぞ!」
ディックが父親の顔を見るなり謝るが、とうの父親の方は全く気にしていない様子だったのだが──
「ん!あれは!!!」
──不意にディックの父親が叫ぶ。
僕らは全員、視線の先の空を見上げた。
「火の玉……?」
ぽつりと僕が漏らす。かなり遠いが、僕には見えた。
間違いなく春夏が放ったファイアーボールなのだが、獣人族は全くと言っていいほど魔法も魔術も使えない。
もちろん、殆どの者はファイアーボールなんて見たことも無い。
だが、ディックの父親は違った。
「魔法の火球だ!」
その瞬間、上空の何かが割れた。
見ると脂汗をかいて毛を逆立てている。
「魔法使いがいる。」
「え!?」
「魔法使い!?」
先程まで陽気に振舞っていた父親の怯えとも見える表情にディックも僕達も困惑する。
「幸い、かなり距離はあるが、こりゃまずいかもしれん。人間どもが俺らの村を潰しに来たのかもしれんぞ。」
確かに元人間の春夏が放ったファイアーボールなのだが、そんなことティグリス達は知る由もない。
「長老達に招集をかけるぞ!ディック!お前らは家に帰れ!」
◇◇◇
翌朝。
「で、なんで俺たちが偵察行くことになってんだよ。」
「仕方ないでしょ。私たちしか森に出られないんだから。」
僕達は昨日の火球の正体を確かめるべく、森に偵察に出ていた。早急に動くべきとの話もあったが、そもそも夜に森に入るのは危険すぎるため、今の村にはそんな危険な夜の森で探索を行えるものなど居ない。
魔法を放ったのが人間達だったとしても、夜の森の危なさは知っているはずだし、おいそれと攻めてこないだろうとの判断だったようだ。
それにこの村には、若いものは殆どおらず、ディックの父のように身体に障害があるものや年寄りしかいないのだ。
「見つけた。」
緑色の皮膚に子供のような体躯。手には薄汚れたボロボロの武器をもっている。
あれは──
「子鬼…だ……。」
ゴブリンは個々の戦闘力は非常に低いが、繁殖力と成長速度が異常に高い。だが、ただのゴブリンでは魔法は使えないはずだ。ゴブリンの中でも歴戦の猛者やユニーク個体──特殊な能力を生まれ持つ個体──ならば魔法や武技などを使えると父さんから聞いたことはあるが、昨日の火球を放った者とは関係があるのだろうか。
だが。
「なんで…?昼間なのに…?」
昼間であれば僕でも簡単に倒せる。それくらいゴブリンは弱いので、普段は夜行性なのだ。昼間は滅多に見かけることは無い。いたとしても、怪我で巣まで帰れなかったり、群れから追い出された個体である場合が多く、満身創痍な場合が多い。
そんなことを考えていると。
「どうする?殺るか?」
ディックが尋ねてきた。
「1匹だけだし、この距離なら私の弓で狙えるわ。」
と言うのはミーシャであった。
「それじゃ殺っちまおうぜ。旨くはないが食えないことも無いしな。」
「そうね。」
「よし頼んだぞミーシャ。」
「分かったわ。2人とも念の為、剣を構えて。」
僕が意見を言う前に話がまとまってしまった。まぁ、食料を少しでも確保したいし賛成なのだが。
実際、ゴブリンの肉はたんぱくでさっぱりとしていて鶏肉のササミをもっと味気なくしたような物で、個体差はあるが、独特の臭みがある。そのため、好き好んで食べるものは皆無で、食料難の時しか食べられることはない。
そんなことを考えながら僕は短剣を構えた。
するとミーシャが矢筒から矢を取り出し、流れるような動作で弓につがえた。
ゆっくりと引き絞り、慎重に狙いを定め──
──放った。
瞬間、放たれた矢がゴブリン目掛けて一直線に飛んでいき、喉元に深々と刺さった。
「ギッ」
ゴブリンが小さく声を漏らし、自分の首を貫く矢を見つめる。そして、一瞬だけ矢が飛んできた方に目をやる。
(目が合った。)
傷口から真っ赤な血がどくどくと流れ出てくる。この世界のゴブリンの血は赤いのだ。ゴブリンはすぐさま矢に視線を戻し、引き抜こうとするが血で滑ってしまい中々抜けず、更に血が流れ出る勢いが増していく。
焦ったゴブリンが力を込めて一気に引き抜く──
──直後、首元から大量の鮮血を吹き出し、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
その一連の動きは、たった数秒の短い時間ではあったが、僕の目にはその光景がまざまざと焼き付いていた。
目に焼き付いた光景で思考が止まっていたところに──
「まだいるぞ!!!」
──ディックが叫び声を上げた。




