ティグリス編 ─明日に備えて─
「いないなぁ」
僕は獲物が全然見つけられないまま、森の東端の大きな楠の所まできてしまっていた。
ここからもう少し東に行くときつい斜面になっていて、森を囲む大山脈が連なっている。さすがに斜面での狩りは難しいし、これ以上遠くなると獲物を持って帰るのも困難だ。大きさにもよるが、数日かければ運べなくはないだろう。だが森での野宿は僕ら子供には無理だし、大人達もよっぽどのことがない限りそんな危険なことはしない。
獣人族は人間と比べると夜目が効くが、やはり野生の獣には叶わない。父さんも、若い頃に森で野宿をして仲間を失った事があると話していた。
「いつ見ても大きいなぁ。」
ここに生えている大きな楠は御神木と呼ぶ人もいて、目の前には誰が設置したのか石造りの簡素な祭壇もある。村の人は時折、何かあるとお祈りに来ていた。僕もこの近くまで来たらいつもお祈りをするのだ。
別に毎回何かをお願いするというわけでもないのだが、なんとなく近況報告をしている。
(さて、あまり長居するとミーシャが心配しちゃうからね。)
「またね。」
そう呟いて立ち去ろうとして、ふと思い出してお願い事を口にする。
「大きな獲物がとれますように。」
これできっと獲物も見つかるだろう。
そう思って僕は御神木の祭壇を後にした。
◇◇◇
「ごめん見つけられなくて。」
「ちっ、今日も収穫無しか。」
ディックとミーシャに合流する際に別ルートで戻ってきたが、結局獲物は見つけられなかった。
その後も3人で方々探したが、獲物は見つけられなかった。
「薬草と芋だけでも取れてよかったわ。」
確かに狩猟は上手くいかなかったが、採取は上々だった。運良く薬草と芋の群生地を見つけたのだ。
芋は特に立派で大きいものがたくさん採れた。今日の夕飯はこれだろう。
「今日は早めに帰ろうぜ。明日は南の森を探すぞ。」
ディックが威勢よくそう行って先頭に立って村の方へと歩いていった。
その背中を見ながらミーシャがつぶやいた。
「明日は獲物を仕留めようね。」
「うん。」
◇
「おう、お前ら帰ったか!」
村に帰るとディックの父親にばったり会った。ディックの父親が背中に背負っている袋を見て言う。
「お、なかなかの大物じゃねぇか。何がとれたんだ?」
「あ、オヤジ。これは……」
ディックが答えるが、先程までの威勢の良さは全くない。
「ごめん、ビッグラビットを見つけて母さんに食べさせられると思ったんだけど、逃げられちゃって。」
「ガッハッハ!お前らの歳なら、逃げられることなんてよくあるさ。別に怪我をしたってわけじゃないんだろ?明日だって明後日だってまたチャンスはある。また見つけたら良い!」
「そうだなオヤジ!」
「母さんだって最近は調子がいい。心配するな。」
「あ、ああ。明日こそ大物を捕まえてくるよ!」
ディックの表情に一瞬だけ影がさしたが、大声で宣言して振り払う。
◇
「ディックのお母さん大丈夫かな?」
「どうだろう。声がでないのは治らないし、どんどん痩せちゃってるって聞いたよ。」
ミーシャと僕は家に帰って来て、ディックの親の話をしていた。
ディックの母親は、人間たちに奴隷にされていた。それが原因で声も出なくなってしまったのだ。
「痩せちゃうってやっぱり病気のせいかな?」
「多分そうじゃないかな。でも栄養あるものを食べて精力をつければ治るって聞いたよ。」
本来なら、獣人族はたくましい一族なので、しっかり栄養をとってゆっくり休めば多少の病気くらいなら自力で治せるのだ。
だが、僕らが王都からこの村に逃げてきてからはずっと食料不足で、しかも肉が非常に少ない。
何せ、この村には年寄りか子供が殆どで、狩りに行けそうなのは僕たちくらいなものである。
なぜなら、この村にはユグドラシルが人間に攻撃された際に生き残ったもの達が住んでいるからだ。
ユグドラシルが落とされた際に人間族に捕まった獣人族は奴隷にされていた。しかし、村長やティグリスの父の働きで開放されたのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。
「僕らで頑張って何か栄養のあるものを捕まえよう。」
「そうね。
それじゃ今日は早く寝ないとね。」
「うん。おやすみ。姉さん。」
「おやすみ。」




