ぼくの弟たち
「信じらんなぁーい!」
ぼくは今までに何度、その言葉を呟いたことか。ぼくの腕の中にはつい先日、家族になったばかりの小さな生き物がいる。その、もう一つの片割れは、ルイさんの腕の中で食欲を満たそうと、無心にルイさんの胸にしゃぶりついていた。
全く、娘が生きるか死ぬかの瀬戸際にいた頃、ぼくの両親はお気楽に再び訪れた新婚生活気分を十分に味わっていたのだ。その結果がこのぼくの弟という双子のチビたち二人なのだ。しかも安易な命名をしたために、このチビたちはエルシュランとエリシュオーネという。勘弁してよとぼくは言いたかった。
お蔭でぼくは今忙しい。エルシュランとエリシュオーネが生まれたことで、後継ぎの男の子ができたと気をよくしたおじいちゃんたちが一気に隠退したからだ。当然、ノブユキさんとルイさんがそれぞれの当主という立場と公務を引継ぐことになった。今まではルーイ家からの派遣という形でぼく月の侍女をしていたサラサを始め他に新しく何人かの侍女と従僕を雇うことになり、ぼくの身辺は慌ただしくなったのだ。仕事に忙しいルイさんに代わって、チビたちの面倒を見ながらこの家を切り盛りできるのは今やぼくの使命となった。
双子の赤子の面倒をみるのは大変だ。乳母を雇い、サラサとああだこうだと毎日ちびたちを可愛がっている。ノブユキさんの顔面破壊が半端ない。ぼくのときもこうだったとルイさんは言うけれども、やはり跡取りの男の子とぼくとでは違うんじゃないのかとぼくは少し妬む。それでも、二人がぼくを愛してくれていることは間違いない。だから、ぼくは今まで受けた愛情を二人のかわいい弟を甘やかすことで返そうと思う。
おじいちゃんたちは暇さえあれば、ちびたちのおもちゃを抱えてやってくる。現金なもので、好々爺というのはこういうものではないかと内心思う。ぼくから関心がそれたのがうれしいと思っていたら、今度はぼくの結婚に口出し始めた。いや、フェルとの婚約だけ解消できずにいるために、結婚のためのドレス作りだとかいろいろといい出し始めて、おじいちゃんたちのぼくを巡る争いは絶えない。できれば、跡取りのちびたちだけを相手にしてほしいものだ。
もう、どうして、おじいちゃんずはぼくを挟むと喧嘩するのだろうと疑問になる。ノブユキさんとルイさんからは女の子の孫がぼくだけだからだというけれど、そうなのだろうか?まあ、確かに、そう言われれば、ルーイ家は直系はルイさんしか子供がいないし、オーダ家の直系はタクトくんとタクミくんはいるけれど、男の子だ。実のところそんなに女の孫ってかわいいものなのかは疑問である。
レンダークさんは、空いた宮廷魔術士長補佐の地位におさまった。結構、いろんな女性からアプローチされている。ルーイのおじいちゃんはそれとなく、ぼくとレンダークさんをくっつけたがるけど、ぼくもレンダークさんもわかっている。ぼくがあれほど、レンダークさんを心配して、好きだと思っていたのはエリシュオーネがエルシュラン兄様を慕っていた気持ちそのままだった。
「私はどうしてもモエちゃんを結婚対象の女性としては見ることができません」
レンダークさんははっきりとぼくに言った。きっぱりと言い渡された時は、さすがにショックだった。
「馬鹿だなあ、そんなことさっさと忘れちまえよ。エルシュランは昔から堅物だった。あいつは元始の神様の言いなりだからな………泣くな!モエギの魅力は俺だけがわかってればいいんだよ」
泣いてるぼくを抱いて、アザレイはそう慰めた。あいつは夜になると、唐突にぼくの前に現れる。一ヵ月に一度、なんてものでなく、気が向いたら、やってくるといった感じだ。一応一国の国王だと思うのだが、そんなに暇なのだろうかと疑問になる。第一、なんでそんなにぼくが気になるのか?アザレイもぼくももともとはエリシューネだけれど、今では別人なのだ。
「なあ、おい、キスしてもいいか?」
と、最初は遠慮がちに言ってたくせに、今では大胆に平然とぼくにキスをする。そのくせ、ノブユキさんとルイさんを極端に怖がって、ぼくたちの密会は夜遅くに続けられている。ぼくたちは互いの空いた部分を埋めるようにいろいろなことをとりとめもなく語り合った。時々、エリシュオーネ大陸の夜空も散歩した。アザレイはエリシュオーネ山脈の頂上が好きで、ぼくたちはそこから南北エリシュオーネ大陸を幾度も見渡した。ぼくたちは端目から見たら、恋人同志というのだろうか?ちょっと、ぼくは悩んでいる。だってさ、ぼくたちって複雑だよね。自分を好きになるってナルシストじゃないかなと嫌な気持ちになる。
それでも、ぼくたちは魂を一つにするために結ばれるべきなのだろうか?レンダークさんは今世で結ばれなくてもまた次でという場合もあるから難しく考えなくてもいいみたいに軽く言ってくれるけれど、本音は元始の神様は何を考えているのかと聞きたい。
「ちっと俺んとこで問題が起きた。モエギにしばらく会えねえな」
真面目な顔でアザレイがぼくに告げた。ぼくたちが夜に出会うようになって、既に半年が過ぎていた。
ぼくの弟たちは這い這いできるようになり、昼間は目が離せないし、離乳食もぼくは手作りで凝っているので何かと忙しい。なので、夜のアザレイとのデート?みたいなものもちょっとぼくの部屋の窓辺で話すだけってことも多くなってきた。
「何?」
「うん、モエギには関係ない。俺んとこの問題だ………俺が来ねえからって、浮気するなよ」
アザレイはいつものようにぼくにキスをすると、スッと闇に消えた。アザレイの姿が見えなくなって、ぼくは自分の胸がズキンと痛むのを感じた。なぜだろう?
「それってやっぱり恋ですわ!」
アリカがぼくの両手をガッシリと握りしめて、力強く言った。修業の旅から戻り、成年式を終えたフェルが王子としての公務を果たすようになると、アリカは何かと理由をつけて、マース国へ来た。表敬訪問とかお忍びとか、よくもいろいろと考えつくものだとぼくは感心している。タクミくんは王子付きの護衛官となり、フェルとアリカの仲を取り持とうとがんばっている。タクトくんはウェンさんの部下になり、エチゴヤさんの隊商で今はトレェードに向かっている。
一つだけ祝い事があった。ウェンさんとセレインさんの結婚式だ。ノブユキさんとルイさんとぼくの三人で出席した。ブーケトスの時になぜか僕の腕の中にブーケが狙ったように飛び込んできた。セレインさんとルイさんがにやにやしていたので、これはわざとだと気が付いた。次の花嫁なんて早すぎるよとぼくは言いたい。まだまだ両親や弟たちと一緒にいたい。それって我儘なのだろうか?
「タクミさんの魂胆がミエミエなんです」
と、フェルがぼくに訴えた。フォース国王家からは、正式にフェルとアリカの婚約を願い出てきている。ぼくは両王家の恒久的な友好と南エリシュオーネの平和を願って、謹んで、フェルとの婚約を解消した。やったね!これでやっとぼくは自由だ。フェルはしばらく、悲嘆にくれていたらしい。
「モエちゃんも罪なことするわね」
ぼくとフェルの婚約が正式に解消された後、ルイさんがぼくの額を小突いた。ぼくはヘヘヘと笑った。どっちにしても、ぼくはアザレイとのことを何とかしなくちゃいけないのだと改めて思う。
今、アリカがぼくのところにいるのは、ぼくにお礼を言いに来たのだ。先日、とうとう断りきれずにフェルは泣く泣くアリカとの婚約を承諾した。ぼくとアリカは初心者の洞窟で別れてから、文通を始めた。アリカはぼくたちより一つ年上だった。アリカの手紙はフェルのことで一杯で、ぼくはフェルのことで知っている限りのことを書き送った。ぼくたちはいつの間にか無二の親友になっている。
アザレイのことをルイさんやノブユキさんに相談できないでいるぼくにとって、アリカは唯一の相談相手だ。アリカは自分のことがうまくいったので、ぼくのことを真剣に考えてくれた。それで、結論づけたのが「ぼくがアザレイに恋している」ということだった。ナルシストみたいでいやだなあと思う気持ちが多いのだが。
「そうかな?」
「そうですわ!」
ぼくはアリカのカップに香草茶を注いだ。普段のぼくはチビたちの面倒で忙しい。ぼくが暇になるのは夜だけで、アリカは今日はぼくんちにお泊りとなった。女同志の気安さもあって、ぼくたちはパジャマパーティを開いていた。
「モエギ」
コツンと窓が叩かれた。ぼくが急いで、窓を開けると、アザレイがいた。アザレイは疲れたような顔をして、ぼくにしがみついた。その温もりが心地よかった。
「ちょっとだけ、会いたかった」
アザレイがぼくにキスをする。ぼくはアザレイを抱きしめた。これがぼくたちの平常運転になっていた。
「わりいな。忙しくて、ゆっくりしてられねえんだ」
来た時と同じように、アザレイはフッと闇に消えた。ぼくの手は宙を掴んだ格好になる。ちょっと寂しい。
「キャア、素敵なかたですわ。もう、なぜ、モエギばかりがもてますの?」
アリカがうっとりとして、アザレイの消えた方向を見つめる。こいつ、一目惚れしやすかったんだっけ。ホォッと嘆息してから、アリカはカップを手にして香草茶をすすった。
「でも、わたくしのフェル様には劣ります」
ぼくはクラッとして、頭を押さえた。そういえば、アリカはこういう性格だった。
「そうですわ。思い出しました。今、北では反乱が起きてますのよ。ゼニス国は暗黒神の力を借りて、北を制圧しましたの。ゼニス国王は、暗黒神の生まれ変わりと言われてました。それが、暗黒神が離れたという話が伝わり、北の旧国家が連合して、ゼニス国に反旗を翻したそうです」
香草茶をすすりながら、澄ました顔でアリカは言った。いきなりの爆弾発言にぼくは固まった。
「それ、本当?」
「知らなかったのですか?有名なお話でしたのに。モエギのお父様はマース国の将軍ですし、お母様は宮廷魔術士長ではありませんか。勉強不足です。わたくしは常に政情を見つめていますわよ」
ぼくはアリカをマジマジと見た。アリカの頭はフェルのことで一杯で、そんな政治情勢などに思いを巡らせていたとは思えなかったからだ。意外だ。いつも頭の中はフェルとのお花畑かと思っていたのにとちょっと悔しくなる。
「南の各国は静観する構えでいますわ。北が混乱している限り、南は安泰ですもの。もっとも、マース国は北の世情を詳しく調査なさっているようですわね」
ああ、それで、エチゴヤさんはトレェードに向かったのか。この前、ウェンさんたちの結婚式のあとですぐに北に向かったと聞いたので、そんなに慌てなくてもとぼくは暢気に思っていた。
ぼくの毎日は弟たちの世話で忙しくて、ノブユキさんやルイさんも何も言わないから知らなかった。きっと、ぼくのことを思って知らせずにいたのだと思う。アザレイもきっとぼくが今浸っている細やかな幸福の毎日を壊したくなかったのだろう。でもさ、それとこれとは話が別だと思う。
「ぼく、アリカを見直した」
「まあ、当然のことですのよ………もし、モエギがゼニス国王を助けたいとおっしゃるのでしたら、わたくし、協力を惜しみませんわ。ただ、それにはまずマース国を動かすことですわね」
大きく首を縦にコクンとぼくは頷いた。ゼニス国が破れたら、またエリシュオーネは戦乱に巻き込まれる。北だけでなくたぶん南も無事では済まされない。またあの暗黒時代に戻るのはごめんだ。やっと穏やかな日々を過ごせると喜んでいたスライムさんや人狼さんたちみんなに申し訳がたたない。




