戦火
ぼくはレンダークさんに会いにでかけた。ルイさんとノブユキさんに直接言う前に、ワンクッション置きたかった。レンダークさんはまるで僕を待っていたかのように穏やかな笑みを浮かべてぼくを見つめた。
ぼくは久しぶりに見たレンダークさんに心がときめいた。エルシュラン兄様はいつ見てもかっこいいなあと素直に思う。それと同時に不安にもなる。彼はいつまでこの世界にいるのだろうかと?そこが疑問で、ぼくもアザレイもそのことを一回だけ話したことがある。一回だけだよ。だってそれ以外にレンダークさんの話になるとアザレイは不機嫌になって帰ってしまう。男の子たちもそうだけれど、男の人もよくわからないよとぼくは嘆く。そんなぼくにアリカは鈍感という。なんでだ?
「それで、モエちゃんはどうしたいと考えるのですか?」
「ぼく、うまく言えないけど、アザレイは最初は北を平和に統一したかったんだ。マース国では、そのことは調べがついてるんでしょう?それなのに、ぼくが生まれたせいで、アザレイはエリシュオーネに囚われた。ぼく、アザレイは暗黒神になるつもりはなかったと思っている」
ぼくはそこでフゥッと一息ついた。これは事実、ここ大事。
「ぼく、北とか南とかって、エリシュオーネを分けたくない。ねえ、レンダークさん、アザレイがしたことは確かに許されることではないと思う。でもね、それに拘っていたら、ぼくたちはまた同じ間違いを繰り返すんだ」
レンダークさんはぼくの顔を覗き込んで、「正解です」とニッコリと微笑んだ。癒される。
「元始の神様はエリシュオーネの魂が一つに戻ることを望んでおられます。私はそれを手助けするために生まれ変わりました」
「レンダークさん?」
「モエちゃん、エリシュオーネ山脈はなぜ、まだ存在すると思いますか?」
ぼくはハッとした。そうだ、ぼくたちの拘りが消えたのなら、エリシュオーネ山脈は消えるはず。エリシュオーネ山脈は、二つに分れたぼくたちが創ったものなのだ。ぼくが北にいたアザレイから、せめて南エリシュオーネだけでも守りたいと願ったから、エリシュオーネ山脈ができた。暗黒時代が終わり、ぼくはエリシュオーネ山脈に終わりの道を開いた。それがイーストエンドとウエストエンドだ。エリシュオーネ山脈は、ぼく一人の力では消すことができなかったからだ。
「ぼくが女の子に生まれたのは、元始の神様が望んだからなんだね」
はっきりと言われるとぼくは凹んだ。なんとなくぼくはわかっていた。アザレイとぼくは一つに戻らなくてはならないのだと。それでもそれをはっきりとレンダークさんから言われたくなかったよ。
「そうです。この世界ばかりでなく、エリシュオーネの凄じい呪いは、宇宙に満ちあふれた生命に歪みを生じさせました。たくさんの世界がそこに住むもの同志の殺戮と破壊で崩壊しかかっています。元始の神様はお心を深く痛められました」
ぼくはしょんぼりとするしかない。まさか、ぼくの呪いがそこまで影響していたなんて知らなかった。ぼくの我儘のせいでほかの兄様たちが作った世界まで壊れるとは思ってもみなかった。そんなにもぼくはすべてを恨み呪ったのかと思うと足が竦む。かつて自分がしたことの罪の重さ。それはぼくたちが償わなければならないこと。
「ぼくとアザレイは一つに戻らなくちゃいけないんだね」
ぼくは足下を見ながら、答えた。
「モエちゃん、ルイさんもノブユキさんもこのことはご存知ですよ。元始の神様はモエちゃんをお二人に託す時に、いつかこうなる日が来るようにと願ったのです」
レンダークさんの手がぼくの肩に添えられた。ぼくはごく自然に自分の手を重ね合わせた。エルシュラン兄様はいつもこうやって僕の肩を抱いてくれた。ぼくが落ち込むたびに優しく微笑んだ。それが今のぼくにはなぜか辛い。
「今、マース国では連日討議が重ねられています。ゼニス国を支援するべきか、このまま静観すべきかと。モエちゃんが国王に願い出ると言うのでしたら、ルイさんのところへ連れていきますよ」
ぼくはこくんと首を縦に深く頷いた。レンダークさんの手が熱い。ぼくの肩に熱がこもる。レンダークさんの顔を見たくない。ぼくは俯いたまま歩き出した。
「そう、決めたのね。では、モエちゃんがゼニス国への使者になりなさい。あたしとノブちゃんが国王に伝えます」
ルイさんはレンダークさんに連れられたぼくを見て、何も聞かずにそう言った。二日後には、ぼくは国王の前にゼニス国への特使として出立する挨拶のために跪いていた。
「北エリシュオーネに再び戦火が灯された。もし、ゼニス国が破れた場合、北からの避難民が大量に南へと流出してくるであろう。そのせいで我が国の治安は乱れ、南も安泰ではなくなるのだ。レンダーク・ルーイ・エレメイン伯並びにモエギ・ルーイ・オーダよ、そなたたちなら、この責務の意味を十分に理解し、ゼニス国と我がマース国との掛け橋になると信じておる。そなたたちに元始の神様の加護を」
国王の言葉にぼくたちは深々と頭を下げた。ぼくとレンダークさんが跪く両脇には、ルイさんやノブユキさんはもちろんマース国の重臣たちが立ち並んでいた。王子の位置に並んだフェルが何かを訴えたいようにじっとぼくを見つめていた。ぼくはそれに気づかない振りをするしかない。
ぼくはレンダークさんと早馬でイーストエンドへ向かった。特使はぼくたち二人で十分だった。ぼくたちは元神でそんなぼくたちに敵う者はいないないもの。何このチートって前だったら喜んだろうなあ。今はその力が重すぎて、ぼくを苦しめる。
「バカモエギ、結局、俺はおまえに何もできなかったな」
出立前の夜、タクミくんがぼくを尋ねてきた。ぼくはゆっくりと首を振った。
「俺はおまえが好きだった」
「うん。知ってた。タクトくんから聞いた」
「おまえの運命がこんなすげえのじゃなかったら、俺は今すぐにでもおまえをさらって逃げたいよ」
タクミくんはぼくをきつく抱きしめた。ぼくはタクミくんを見つめてから、そっと頬にキスをした。ぼくのとっては、タクミくんもタクトくんも喧嘩友達の大好きなお兄ちゃんだった。
「ごめんね」
「バカモエギ、ゼニス国へ行っても、俺を忘れんなよ」
ぼくは何度も頷いた。タクミくんはぼくの頬に軽くキスをすると、無言で部屋を出て行った。その後姿にありがとうと呟いた。今のぼくにできることはこれだけだ。
北エリシュオーネのイーストエンド出口にあるゼニス国国境警備隊に、ぼくたちはマース国の特使であると告げた。当初、警備兵たちは時期が時期なので、ぼくたちをいろいろと取り調べた。レンダークさんがマース国国王から賜った特使の印を警備隊長に託し、それが本物とわかると、そのまま、ゼニス国の王都ファルデアへと案内された。アザレイが自ら兵を率いて前線に出向いていたために、ぼくたちは留守を預る侍従長のグリュネス伯爵に国王の親書を渡した。
親書にはマース国がゼニス国と同盟を結ぶつもりであると記されてある。また、同盟に際して、マース国は以下の項目についてゼニス国と条約を締結する。一、南エリシュオーネ同盟国は、ゼニス国が北エリシュオーネの唯一の国家であると認めること、二、ゼニス国と南エリシュオーネ同盟国は恒久的に互いの侵略行為を行なわないこと、三、もし、互いの国家に他国の侵略もしくは危急の危機が訪れた場合、同盟に基づき相互間の協力を成すものとする。云々。要は今必要あるのは三番なのだ。
グリュネス伯爵は至急に前線のアザレイと連絡を取り、マース国との同盟を仮締結させた。この仮締結により、ゼニス国はマース国に援軍を要請した。レンダークさんは仮締結書とアザレイからマース国王への謝意を表す親書を持って、マース国へ引き返していった。ぼくは一人でゼニス国に残された。ぼくはこれでもマース国からの外交官として、ここへ来たのだ。
「お嬢様なら、必ずアザレイ様の元へお戻りいただけると信じておりました」
グリュネス伯爵はぼくを見て涙ぐんだ。
「馬鹿!こんな前線まで来る奴があるか!」
アザレイは前線基地まで出向いたぼくを頭ごなしに怒鳴りつけた。場所は前線基地内の国王のテントの中。作戦参謀会議が行なわれる予定だったために、前線基地に来ている主だったものが集まっていた。
「ぼくはきみのそばにいる。約束だった」
ぼくはアザレイを上目遣いににらんだ。
「どうして、ぼくに言ってくれなかったのさ。こんな状況だって知ってたら、ぼくはもっと早く、対応できたのに」
ゼニス国軍は、人海戦術で責めてきた北エリシュオーネ旧国家連合軍に大分苦戦していた。暗黒神を恐れて不承不承ながら、服従してきた北エリシュオーネの旧国家の王家や貴族たちは、ゼニス国の転覆を虎視眈眈と狙っていたのだ。用意周到、綿密に計画された敵の急襲に、ゼニス国軍は不意をつかれて、立て直しがうまくいっていない。それにアザレイは、エリシュオーネの力を使うことを極力避けていた。先頭に立って前線の指揮を取りながら、他方では無益な争いを終結させるように敵軍と交渉を続けていたのだ。もっとも、交渉は敵軍に一笑に付されていた。
ぼくは戦争が終わってから、アザレイになぜ力を使わなかったのかと尋ねた。
「モエギに怒られっからだよ」
と、茶化してふざけてアザレイは答えたけど、それは嘘だ。
「俺は人間として生きていきたいんだ」
北エリシュオーネが平和になってから、ぼくたちはエリシュオーネ山脈に久しぶりにでかけた。頂上からエリシュオーネ大陸を見渡していた時に、アザレイがボソッと呟いた。ぼくはその時にそれが真実なのだと感じた。彼は彼なりにいろいろと考え苦しんでいたのだ。
「普通はな、他所の国の外交官はこんなとこまで来ねえんだよ!安全なところで、ふんぞりかえって見張ってればいいんだよ!」
「ぼくはもう、自分だけ安全なところに逃げ込みたくない!」
「おまえなんか、足でまといだ!サッサと王都に帰れ!」
ぼくたちが大喧嘩を始めたので、集まっていた将軍たちを始め、周りの騎士たちが目を丸くしてみていた。自分たちの国王にかみついたのが、同盟を仮締結したばかりのマース国からの外交官で、見た目が少女でまだ成年式を終えたばかりの半人前のぼくだからだ。その上、気難しくて無口な国王が、大声を出して女の子を怒鳴っている。こういう状況なら、誰だって驚愕する。普段は礼儀正しいゼニス国の騎士たちが、ぼくたちの話に聞き耳を立てていた。
ぼくはバチンとアザレイの頬を叩いた。ここはアリカのアドバイス通りに行動した。皆の注目を浴びて、この戦いの正当性を唱える。それで士気が変わると彼女は言った。おおっと皆がどよめいた。そのうちに話を聞きつけて、国王のテントを取り囲むように暇な兵たちが集まり出した。物見遊山だなあと内心ぼくは溜息を吐く。
「この馬鹿!ガキのくせに気分だけは一人前なんだ!」
「ぼくは決めたんだ。アザレイのそばにいる。ぼくはきみと暮らすためにここに来た。ぼくたちはエリシュオーネを元の一つの大陸に戻さなければならないんだ。北だの南だのは、エリシュオーネ山脈がなくなればもう関係ないよ」
「モエギ」
「マース国国王は、ぼくがエリシュオーネの魂の半分を持って生まれたと知っている。アザレイがもう半分の魂を持っていることも。だから、ぼくはゼニス国に来た。きみと結婚するためだよ」
周りがザワザワとざわめきだした。そうだろう、この事実は南エリシュオーネではもう十分に知らされている。初心者の洞窟で起きた事件は意外と早く伝わった。情報規制された北だけが知らないことなのだ。
「それは本当のことでございますか?」
ぼくの話にゼニス国の将軍の一人が遠慮がちに声をかけてきた。チッとアザレイが舌打ちをした。ぼくはクルッと後ろを振り向いて、集まっているゼニス国の騎士たちを見つめた。ここが勝負どころだ。ぼくは大きく深呼吸をした。
「エリシュオーネの魂は、過去に起きた悲しい出来事のために二つに分かれました。ぼくは南エリシュオーネをずっと守護してきたエリシュオーネの魂を持って生まれました。皆さんもご存知の通り、アザレイは暗黒神と化したエリシュオーネのもう半分の魂を持っています。ですが、もう既にアザレイは暗黒神ではありません」
「馬鹿!何を話し出すんだ」
ぼくはチラッとアザレイを見て、ふうっと大きく息を吸った。ぼくはアリカに教わった通りに、ぼくとアザレイがエリシュオーネであるという事実を利用して、ゼニス国軍の士気を高めることに夢中だった。北エリシュオーネの人々の願いは、南北エリシュオーネを統一し、神代の恵を取り戻すことにあるとアリカは言った。ぼくたちはそこに目をつけたのだ。士気が高まれば、戦況はいくらでも変えられる。
「ぼくたちの魂は元始の神様の封印で浄化されたのです。ぼくたちは元始の神様のご意思で転生しました。二つに分れた魂を元の一つに戻すためにです。ぼくたちの婚姻は、エリシュオーネに神代を取り戻すことになるでしょう。ぼくたちの結びつきは、あのエリシュオーネ山脈を無に帰すのです」
ぼくの言葉がしばしの沈黙を呼んだ。投げられた石に反応して波紋が広がるように、テントの周囲から徐々に喚声が湧き上がってきた。「アザレイ様、バンザイ」とか、「俺たちには神の加護がある」とか、何とかと口々に喚声が上がった。ぼくはうんうんとにこやかに頷いた。低下気味の士気を盛り上げるには、やっぱり若い女の子が話すに限る。さすがはアリカだ。ゴツンと後ろからぼくは叩かれた。ぼくは頭を押さえて、後ろを振り向いた。
「このバアカ!ガキのくせに、余計なことばかりしやがって」
アザレイは頭ごなしにぼくを怒鳴ったけれど、ゼニス国の騎士や兵士たちはすっかり盛り上がっていた。その上、一週間以内には南エリシュオーネからの援軍が来る。戦争なんて、ほんのちょっとしたことで勝ち負けの風向きが変わるものだとアリカが言っていた。ぼくもこの光景を見てそうだと思う。
勢いを得たゼニス国軍は、援軍が来るまでは守勢に立ち、戦線の維持を図った。南エリシュオーネ同盟軍の到着と共に一気に攻勢に出て、北エリシュオーネ旧国家連合軍を打ち破ったのだ。




