フルール村の怪事件
ここはアンダンテシティの防具店。
小さなフルアーマーを店主が磨きながらぶつぶつ独り言を言っている。
「いったいぜんたいあの娘は何者なんだ。
見たことも聞いたこともない。
チェリーと名乗っていたが、身なりは探索者にも見えなかった。
見える所で見張っていたかったから店の中に置いておいたが、ときたまミシミシッと変な何かが軋む音がしたし、痛そうな唸り声も。
鎧全体が細かく振動したときは地震でも起きたかと思ったぞ。
それであのときは鎧に陽が当たっていたし、あれだけ密閉した鎧の中に何時間もいたんだから蒸れて汗をたくさんかいたと思うが中から出て来た時は全然そんな様子もなかった。
しかも鎧には汗どころか一切の体臭も残ってなかった。
あれは人間か?
俺はいったい何を見たんだ。
おや、気のせいか鎧が…・・鎧の形が微妙に歪んでいるような……。
いやいやそんな筈はない。
きっと気のせいだ。
俺は今日は疲れているんだ。」
店主はどいう訳か売り物になる筈もない子供用のフルアーマーを磨き続けていた。
一方、アンダンテ公爵邸では頭を悩ましていた。
リバーメイデン事件というファイルを眺めていた公爵は執事にそれで机の上をパンパンと叩いた。
「このフルール村のリバーメイデン事件と言うのは何なんだ?
でっちあげじゃないのか?
信じられないことばかりだ。」
執事は頷きながらゆっくり噛みしめるように。
「左様でございますね、御前さま。
わたくしも鳩で通信を受け取ったときは信じられない思いで、この多忙なときになんの冗談かと怒り心頭に村まで早馬で向かったのでございますよ。
けれど現場に行ったときには魔獣化したダイアウルフの凄惨な死体がゴロゴロ転がっていまして。
合わせて九頭分もあったのでございます。
あの村は小さな農村でして戦闘力のある者はおりません。
ましてその殺し方といえばとても人間の力では考えられないものばかりでして。
そこに書いてある通り、縦に割れた頭とか折れた背骨、更には首まで裂かれた口とか全て村の子ども達が目撃した通りになっているのでございます。
後の六頭についても、そのリバーメイデンの動きが速すぎてよくわからないうちに木に叩きつけられたり首がへし折られたり、胴体の骨が……背骨や肋骨が砕けていたり……一番凄惨なのはボス格の変異種でしょうか。
たぶん通常種の二三倍の体長の化け物ですが頭部と尻尾以外は跡形もなく砕かれ潰されていました。
これは村人が酔狂で仕組めることではありません。
子供たちにも一応話は聞いて来ましたが、口裏を合わせるとかそんなレベルではなく、すっかり怯えていたのです。
それもダイアウルフに対してではなく、リバーメイデンに対しての恐怖という感じで」
「そのリバーメイデンというのはいったいなんなんだ?」
「村人が付けた名前です。
というか子供の一人がそう呼んだそうです。
『川のお嬢様』と言った感じでしょうか?
子供たちの話を総合すると年の頃は十二三歳、髪が長い、その辺では見かけない容姿の整った少女の姿をしていたとか。
川の中から飛び出て来たにも拘らず服は濡れておらず、あっ、普通のスカートを履いていたそうで。
魔獣たちの血が噴き出ていたのに一滴も返り血を浴びてなかったと。
一方子供たちは返り血を浴びて酷かったらしくて」
「全く面妖な話だな。
その妖怪と言うのか魔妖精というのか……それに対する伝承は残ってないのか?」
「それも大勢人を使って調査しましたがこういうタイプは今回が初めてでして」
「だが放っておけば話はやがて伝わって行くだろうし、その前に王宮への報告はしなければならないだろうな。
そしてきっと調査が正式に入る筈だが、そのときはお前に対応を任せる」
「御前様!勘弁してください。
間違ってそのリバーメイデンと顔を合わせたりした時には生きた心地がしません」
「だが直接調査して魔獣の死体を確認したのもお前だけだ。
お前以外にいないだろう」
「まずそれは人間じゃないのは確かです。
可憐な少女の姿をしていて九頭の恐ろしい魔獣を素手で惨殺するなど、新手の人型モンスターなのでしょう」
「と、この報告書の通り執事は証言しているが、領主としてまた公爵としてどう判断して良いものか迷う所存である、とまあ、こういう文を添付して提出すればなんとかなるだろう」
「御前様、その書き方はご自分だけ責任を逃れようとしておりませぬか?」
「しかたがないのではないか?
現場に行って調査したのは儂ではないのだから、こう書くしか手立てはないのだ」
「ああああああ行かなければ良かった。他の者を行かせれば良かった……」
「他の者じゃ子供の使いにもならぬだろうに」
公爵の最後の言葉は呟きで執事には聞こえなかったようだ。




