狼の月四日
なにか様子がおかしい。
筋繊維の分裂が加速度的に速くなっている。
あの重たい感じがランニングや教会内掃除だけでなくなってしまうような。
昨日の終わりに六十キロの物を持てた。
それも余裕で。
けれどさらにどれだけ持てるかという限界挑戦をしなかった。
怖かったからだ。
どこかの脚注に書いてあったような気がする。
筋繊維の分裂と骨の強化のスピードが合わなければ、筋肉の強化に骨が支えきれず折れることもあるとか。
かと言って動くのをやめる訳には行かない。
別の恐怖が待っているからだ。
負荷の重さに負けて呼吸することもままならず圧迫死する恐怖が。
気のせいか私の動きのスピードも加速度的に速くなっている気がする。
それも脚注で見た気がする。
筋繊維の数が同じでも人間に多いのは遅筋で獣に多いのは速筋。
動きが速くなっているのは速筋が増えているのが原因で、脳神経もそれに準じた仕組みに切り替わって行くと。
じゃあどうすれば良いんだ?
遅筋は狩りに向いていない気がするが確か長時間獲物を追跡するに適した耐久性のある筋肉だと聞いたことがある。
これは前世の知識だ。
遅筋が多くなれば速筋の発達にブレーキをかけることができないか?
これは何の根拠もない直感というか賭けみたいなものだが。
けれど獣のように激しく素早く動き続ければ耐久性も失われ、人間の骨がついていけずに破砕してしまう危険がある……ような気がする。
確信がない。
ないけれど何かしなければ破滅に向かって走って行くような気が。
気が付いた時はアンダンテシティの上流方向を水中歩行していた。
何故なら流れに逆らって行くから動きが速くならないという短絡的な考えだが。
えっ馬鹿じゃないかって?
畜生!
じゃあどうすれば良いんだ。
おいっ、ミッチェル・エンドレスさんよぉ。
自分って真面目にサボらずに動き続けたよなあ?
お前さんの指示通りに動き続けたんだ。
それなのになんでこんなに不安なんだ?
まるで体の中の時限爆弾がカウントダウンを始めたみたいに!!
水中を流れを逆らって歩いているのに、なんだか段々速足になっているような気がする。
おいっ、これって筋力が増加してパワーが付いて来たんじゃないか?
どうする?いや、それは困らないんだろう?
自分は小柄だから体の表面積が小さい割にパワーは六十キロ以上ある筈だから水の抵抗に逆らいやすくなってるってことだから。
いや待てよ。
あの下流に向かった十二キロの水中の旅が悪かったんじゃないか?
水の負荷を受けながら十二キロも歩いてというか走った?ようなことをやったから、筋繊維の分裂に勢いがついたんじゃないか?
いま私は……俺は……自分はどれくらいのスピードで進んでいるのかわからない。
時間の速度って主観的な部分があるから。
そうだ。
陸に上がって他の人間の動きと比べればわかるのでは?
おや、人の声がする。
な……なんかテープレコーダーを遅く廻したような変な声だぞ。
叫んでる?
「たーーーすーーーけーーてぇぇぇぇーー」
ん?
子供たちが黒い獣に襲われているような。
俺はすぐに動いた。
ほぼミサイルのように水中から陸に向かって撃ち出されたと思う。
今まさに村の子ども?に襲い掛かろうとする四つ足の黒い獣が空中にいるのを……素手でチョップした。
ところが俺の手刀はマサカリのように獣の頭部を真っ二つに縦割りにしたんだ。
でそのことに感想もコメントも感じないまま、俺は獣の血が子供に頭からぶっちゃけられているのを横目に他の子どもに噛みついている獣のところへ飛ぶように向かって行った。
そいつは女の子にマウントを取って覆いかぶさるようにしてなんと、女の命である、顔にかぶりつこうとしてたんだ。
俺はその畜生の上あごと下顎に手をかけて、そう……キングコングがトカゲの化け物にやったようにバリバリッと引き裂いたよ。
口裂け獣にしてやった。
それから?
足から血を流して泣き叫ぶ子どもを追いかけている獣の尻尾を掴んで引っ張ったら、尻尾が千切れてケツから血を吹きだして逃げようとするんだ。
お前はとかげかーーい?
で拳槌で背骨を叩いたら背骨がボキッと折れて逆くの字にへっこんでしまった。
きっと死んだ。
辺りを見回すといたいた。
二回りほどでかいのと雑魚が五匹ほど、黙ってこっちを見ていた。
きっと驚いているんだろうけど、放っておけないからそっちに突進して行った。
何か動きをみせたようだ。
間延びした吠え声が聞こえたような。
きっと撤退の合図でもしたんだろう。
なぜなら頭が背後の方に向きだして逃げるような姿勢が見えたから。
馬鹿野郎、逃がす訳ねえだろっ。
俺を誰だと思ってんだ。
ロッキーさまだぞっ!
クレッシェンド領のロッキーだぁぁ。
そこに到着したときはまず連続して二頭の雑魚を蹴り飛ばした。
一頭は太い木の幹にぶつかって砕けた……骨がたぶん。
もう一丁は放物線を書いて地面に落ちた。
でも最初の蹴りで逝ったと思う。
でかいのはメインデッシュにとっておいて、雑魚を追いかけて頭部に背後からフック!首が不自然に曲がって……あと飛びついて抱き着いたときに胴体部分が潰れたような。
残りの一匹はフリーズしていたので。そいつをでかいのに向かって蹴飛ばしてぶつけてやった。
後はお前だけだ、でかいの。
牛くらいでかいな。
重量はきっと百キロ越え……いや二百キロくらいあるかも。
だから俺の疑似体重でも敵わないだろ。
だから質量同士の衝突が分が悪い。
それにしても最初の飛んで行った時、俺ってめちゃ軽くない?
ミサイルがポー――ンと飛んでってボクンとやったとき重さがあったよな。
ああ、そう言えば疑似重量も自動で都合よく動くんだったけ。
だから実際の基本体重は五十キロだけど、疑似体重はそれよりも軽くなるってこともあるのかな?
っていうか俺はこの化け物の背中にしがみついてて。
この野郎!!
俺を振り切ろうと地面に仰向けになって背中で押しつぶそうとしてやがる。
馬鹿野郎。
そんなとこにいつまでもいる訳が!
今この瞬間に腹を見せてるな?
腹は柔らかいんだ。
お前が起きあがる前に、このやろっ、このやろっ!ボクンボクンボクンとパンチをめり込ませてやったら肋骨がボキボキ折れたぞ。
ついでに足でストンピングだ。
ボキボキバキバキグチャグチャ。
変な音がして気が付いたら化け物ひき肉になってたぞ。
いけねえ!
子供らが怯えて震えてる。
川に飛び込んで戻ろう。
戻って真っ先になけなしの金を持ってあの防具屋に直行だ。あの防具屋ていつも冷やかしに寄っていたとこなんだが。
実は今焦ってる。
骨がっ、全身の骨がミシミシ言ってるんだ。
「なんだい、お嬢ちゃん。
そんな顔してどっか痛いのか?
それなら来るとこ間違えてるぞ。
治療院に行けよ」
「おっさん、あんたんとこに貴族の子どもの為に作ったフルアーマーのセットがあったでしょ?」
「ん?ああ、あれか。
作ったのは良いけど一度だけ着て体が成長したからいらないってくれたもんだ。
暫く飾っておいたけど、倉庫のどこかに転がしてあるんじゃねえか」
「頼む、今日夜まであの中に入れておいてくれ。
金はこれだけしかないのよ」
「あの中って蒸れるし熱いし苦しくなるぞ。
何かの願掛けかい?
やめとけ」
「頼む。
いや頼みます。
中に入りたいんです」
「きついんじゃないかな。
サイズがあうかどうか?」
「きつい方が良いんです。
しっかりと固定しなきゃ折れる……折れそうなんです」
「何言ってんだかわかんねえけど、金は要らないから、苦しくなったらすぐはずせよ。
ここで死なれても嫌だからよ」
俺は……私は少しきつめのフルアーマーを無理やり体に嵌めた。
筋繊維が分裂して強化されてブルブル震えている。
そのたびにミシミシと骨が軋むんだ。
副木ではどの方向に折れるか分からないからフルアーマーで全身を保護した方が良い。
俺は骨が折れそうな痛みに耐えながら鎧の中で約三時間夕方まで耐え抜いた。
やがて骨自身も成長進化が追い付いたらしく傷みも止まったが。
し……死ぬかと思った。
なんとか今日一日生き延びたけど、危ねえなぁぁ、このスキル!!




