面倒なマニュアル
『亜空間鎧装のスキルの正しい身につけ方』 ミッチェル・エンドレス著
この書を手にした者は死を覚悟せよ。
神が先に存在するのではない。
まず祈りがあるのだ、祈りがあってその祈りを捧げる対象として神が後からできたのだ。
遥か昔、優れた頭脳と優れた膂力を持った人々がいた。
まさに神の如く賢くて強き人々がいた。
彼らは十分強かったので、ごく近しい肉親たちの集まりだけで暮らしていた。
けれどそこに彼等より知恵が回らず彼等より力がない者たちがやって来た。
ただ一つ違うのは彼らは弱き者の為に『祈り』を知っていた。
祈る者たちは神を作り、その神のもとに集まった為膨大な人数になった。
その大勢の人々はは先の強く賢い者たちを追い出し狩りだした。
故に祈る者は弱き者であり、祈りによって力を得ることになる。
これから得ようとするスキルは弱き者の祈りがなければ完全に修めることはできない。
毎日が祈りであり、その祈りは苦行となろう。
余はこの苦行を乗り越え,遂にこのスキルを修めた。
そのことは奇跡に近く、もう一度再現させようとしても無理なほど困難な道なのだ。
故に余はここに記す。
この書を手にした者はよく考えてから書を下に置き立ち去るが良い。
誰もその者を責めない。
それは賢い選択だからだ。
この書の指示は簡単である。
スキルオーブを身に取り入れた時から体が重くなる。
全身重くなる。
重くても動くのだ。
動き続けるのだ。
足腰はもちろん手指の先まで動かし続けるのだ。
それも今日の一日が終わる前にだ。
体のどの部分も重みが消えたらゆっくり休むこと。
そして翌日目覚めるとまた体が重くなる。
だからまた動き続けるのだ。
そして体の重みが手指の先顔の筋肉に到るまで消えたのなら眠るのだ。
この繰り返しを三十日間続けよ。
一日の例外もなく続けること。
要求はそれだけである。
そして決してやり残しをしてはいけない。
やり残したところは次の日に倍の重さになって挑戦者を苦しめる。
顔の筋肉に重さが溜まれば表情がなくなる。
手指に重さが溜まれば指が動かなくなる。
深層の筋肉も忘れてはいけない。
一日の最後に全ての筋肉への負荷がなくなったかどうかを確かめる運動がある。
顔を百面相したり手足の指を開いたり閉じたりとかいろいろあるがそれを行うことによって見落としをチェックし、重さが取れてなかったら取れるまで動かすこと、それしかない。(運動の図があるがここでは割愛する)
必ず一日が終わる前に終えて眠ること。
それが大事である。
次に警告をする。
何かを得ようとすれば何かを失うことになる。
このスキルを手に入れた余は人としての当たり前を失った。
敢えて言おう。
それは人としての温もりを失い。
孤独に苦しむことになるだろうと。
断言しよう。
超人は孤独である。
人並み以上を望む者は人並みになることを許されないという覚悟をすることだ。
次に示すのはこのスキルの意味だ。
亜空間とは何か?現実空間ではない空間だ。
それは現実空間とは決して交わらない空間で、まさに水と油のような関係である。
そして現実空間は三次元で成り立つが、亜空間は四次元で成り立っている。
次元を一次元下げてたとえ話をしよう。
現実空間を一枚の紙に喩える。
つまり二次元の世界だ。
その中に二つの離れた点を書く。
その点を亜空間に喩える。
二次元の現実空間世界では決して二つの点の亜空間は交わらないと思われるが、亜空間は現実空間よりも一次元高い三次元の存在だ。
だから紙を折り曲げて二つの点を重ね合わせることにより亜空間同士はつながるのだ。
実際は現実空間は三次元で、亜空間は四次元の存在だ。
亜空間鎧装のスキルはそれが三十日の苦行を終えて完成されたとき、肉体は改造され亜空間も育つ。
肉体の成長と亜空間の成長は相互的であり、それが成長しきったときに訓練は終了し強靭な亜空間の鎧を身にまとうことになるのだ。
では実際にどういう仕組みで肉体が改造されるのか説明しよう。
その前に言おう。
この書を全部読んで理解した後スキルオーブを発動させることだ。
または発動することを諦めることだ。
ではスキルの説明に入る。
このスキルは体の表面を亜空間の層が覆い鎧のように身を守るものだ。
つまり結界の働きがある。
肉体改造が途上であり不十分な場合は結界は不十分である。
強い攻撃を受けた時、肉体は打撲症を受ける。
だが結界が完成したとき打撲症になるのは攻撃を加えた側になる。
亜空間の鎧で体表を覆うと外気と遮断されるため窒息することになるが、実際はならない。
何故かというとずっと離れたところにある亜空間と繋がっている為そこから空気が供給されるからである。
現実空間と交わらない亜空間なのに何故空気を供給できるのかという問題がある。
それはその亜空間の構造が『開』の状態であるからである。
そして体表を覆う亜空間は『閉』の状態になる。
それ故泥水をかけられても決して濡れない汚れない体になる。
炎の中を歩いても燃えない体になる。
なぜなら泥水や炎は現実空間の中の現象だから亜空間とは何の関係もないからだ。
だからその影響を受けることはないのだ。
亜空間は人の念などによって移動するが、本来は座標の中で固定しているものだ。
亜空間鎧装は人体の移動によって共に移動するように出来ているが、その際も空間固定重量という数値がある。
つまり亜空間がA地点にいつまでも留まろうとする慣性の大きさのことをさす。
この値が大きいと体重が重い者のように簡単に押しても引いてもびくともしない。
つまり疑似体重になるのだ。
だから実際の体重が軽い者でも亜空間鎧装を持つと巨人のようにその身を重くすることもできるのだ。
さらに亜空間鎧装を持つと亜空間の外殻部分が筋力の補助をし、強大な力をえることができる。
それこそ何百キロもの重い荷を持ち上げるほどに。
その公式を記しておこう。
つまり基本体重をαとし基本筋力をβとするならば、最大疑似体重γ=(β+α×3)×2となる。
また訓練中の数値を示すと訓練何日目かによって違って来る。
つまり訓練δ日目だとすると、γ=(β+α×δ×0,1)となる。
但しこの場合のγはその日の訓練が終了した時点の数値となる。
また訓練中の筋力について言うならばβ+δ×0,1となり、それは外殻筋力に常に等しい。
つまり筋力をXとし外殻筋力をYとすればそれが合わさった合成筋力ZはZ=X+Y=(β+δ×0,1)×2となる。
また最大疑似体重γは結界耐性限度重量μに等しい。
また毎日の訓練に加わる負荷G=α×0,1である。
つまりその重量を越えない限り体には衝撃が伝わらないということになる。
説明の順序がばらついているかもしれないが、いったん亜空間鎧装を発動したなら体の外形的成長は止まる。
つまり見かけは全く訓練開始時の体形と何ら変わらない。
変わるのは筋肉繊維や骨そのものの構造である。
外形の筋肉の太さや長さは変わらないが、筋繊維の一本一本の太さが細くなり数が増える。
通常筋繊維は訓練によって太くなることはあっても数は変らないのが常識である。
しかしこのスキルでは筋繊維の数が増えるのである。
骨に関しては鋼のように強く柔軟で弾力に富むようになる。
また体温調整についてだが、この亜空間は何か所もに設置された亜空間と繋がっているので、その接続の調整によって体に快適な気温になるようになっている。
そういう亜空間を移動させたり増やしたりすることを覚えれば、そのうち亜空間同士の接続を利用して瞬間移動ができたり、亜空間収納を覚えたりすることも可能だと思う。
余はそこまでのレベルに達してないが一応理論的に可能だと言おう。
また、亜空間鎧装のスキルには訓練最初から排泄に関しては直接離れた所定の場所に排泄物を送るようになっているので、トイレに行く必要がない。
以上、もしかすると重要なことを言い忘れているかもしれないが、今のところ余がこのスキルに関して知るところを全て述べたと思う。
書いてないのは失敗して死ぬときのことだが、骨折したり圧死したり窒息したり、血管が切れたりすることもあるが、毎日祈るが如く動き続ければ全く問題ない。では健闘を祈る。
俺はパタンとその本を閉じた。
そして叫んだ。
「めんどくせぇぇぇぇ!しかもわかりづらぁぁぁぁい!!」




