神との死闘
フレイルは霊峰富士山に向かいながら、もう1人の自分が使っていたある魔法の記憶を思い出していた。
黒い光。禁忌魔法。
その魔術式をなぞる。
やがて、イグニスの影をその身に宿して古龍魔法を使えるようになる。
これまで使えていた複合魔法を犠牲にして……。
神の像の前についた
四つの灯りが灯っている
順に触れていくーーーすると、光り輝く女性が現れた。
衣を纏い、それが鎧のように見える。
その存在は「我は神だ」と言った。
フレイルが構えたのを合図に神と名乗る存在が動く。
「『腐界』解放」
神を中心に毒々しく禍々しい煙が発生した。
それは最初はゆっくりと広がるだけだったが、地面に触れた瞬間に急速に迫る蛇のようにフレイルに襲いかかってくる。
触れたものを溶かし、異臭を放ちながら。
上空にいたであろう鳥にも被害が及び、骨になりながらそれすらも溶けて塵と化しながら落ちる。
何も残らない。恐怖に身体が竦む。
空間に至るまで全てを切り刻む斬界よりも恐ろしく感じた。
それでもフレイルは魔法を唱える。
「飛翔魔法!エグストスカイ!
『我が身を後ろへ飛ばせ!』」
身体が青い光を放ち、後ろ30メートル以上一息に飛ばされる。
高速で景色が流れるなか、フレイルは続けて魔法を唱えた。
「火炎魔法!フレイムバレット!
『火炎よ。弾丸となりて、敵を葬れ!』」
右手が熱い炎に巻かれ、その炎が収縮して小さくなり、そして。連続で5つ発射され、
神に向かい風を切りながら貫かんと迫る。
神はバカにするように笑いながら、
「そんな初級じみた魔法の数々で私の権能に勝てると本気でお思いか? 笑わせるなよ、人間風情が。
こんなもの、権能を使うまでもない」
神の右手が振るわれ、その風圧で火の弾丸は消滅した。
しかし、
「でも、その腐界とやらは私の火炎魔法を消せなかったみたいですね」
フレイルはコケにするように鼻で笑った。
神は無言を返す。だが怒りが伝わってきた。
それでも構わず、フレイルは言う。
「手で払ってましたし、無理なものがあると知れて良かったですよ」
「貴様……私を愚弄するのか?」
「ええ」フレイルは頷いた。暗い口調で、腹の奥底から静かに燃えるような憎悪を吐く。
「あなたのせいで、私の友達が、仲間が死んだ。
だから、私はあなたの全てを否定します」
神を否定することで殺される覚悟はとうにできている。
「そうか……」
神の表情から笑みが消えた。
確実にフレイルを殺す、そのような意向を示したのだ。
神の右手がゆらりと動く。
「ならば死ね」
腐界が加速するだけでなく、
「『熱界』解放」
別の権能を発動させた。
(同時も可能なのか…っ! どうする、距離を取るか、それとも攻めるべきか)
考えている間にも権能は発動する。
地面から少しずつ滲み出てくる赤く煮えたぎるように熱い液状の物体。マグマ。
それが出現した時には、もう遅かった。
みるみるうちに自分の足場に迫ってくる。
それだけではなく、太陽のフレアのように弾けた拍子にこちらに向かい飛んでくるではないか。
毒の煙とマグマ、それらがフレイルに向かって絶対の殺意のもと迫り来る。
フレイルはそれでも冷静に対抗できる魔法を思考した。
(雷撃、防御、氷結……どれも決定打に欠ける。古龍魔法は威力は高いけど、失う代償が……)
(いや、悩んでいる場合じゃない!)
「空間を割き、状況を打破しろ
古龍魔法イグニススカイ!」
瞬間、魔力でできた線のようなものが視界を走る。
少しして空気の流れが変わったのを感じた。
魔力でできたその線は、空間の裂け目。
時間をも切り取るほどの高威力を誇る。
勝てると確信する。
しかし、フレイルは激痛を感じた。
視線をそこに向けると、右のふくらはぎの部分が溶け出し血が腐ったような黒い液体とともに骨が見えていた。ゾッとする。
このままこの古龍魔法を使い続けたら、いつか死んでしまうのではないかという不安。
支配されそうになるが堪える。
(分かってた。古龍魔法に代償があることくらい。親友を殺す時はもう1人の私が肩代わりしていただけで、私が使えばこんな風になっていた)
だからこそ、死ねない。
フレイルは歯を食い縛る。
代償が何度あってその度に死にそうになったとしても、親友や異界の住人に報いるためにも死ぬわけにはいかない。
だからこそ、編み出したあの魔法詠唱句を今ここで使うべきだ。
「古龍魔法……!」
「凄まじいが代償がある禁忌だ。それをまた使うなど死ぬ気か、貴様」
「いいえ……!私は死ぬわけにはいかない、だから!」
スペルチェンジ……っ!
ーーーもう1人の私に頼らず私だけで見つけた力。思い知れ!
「ドラゴニックカルマ!」
龍神の影が剣へと変化する。
眩い虹色をたたえた光の剣。
柄に触れるだけで自分の体が融解し、消し飛びそうな圧倒的な魔力の塊。
それを手に持ちながら彼女は叫ぶ。
「私は! 神、あなたを殺す!」
「古龍魔法をスペルチェンジという効果および魔法の性質をも変えるその魔法詠唱で物にしたか。見事だ」
「だがな」と神は怒りをあらわにして次にこう続けた。
「神を少々舐めすぎているようだな。
やってみろ、矮小なる人間風情が!」
神の怒りがさらなる地獄を展開する。
熱界に合わせて腐界を発動させ、それからさらに
「斬界……全てを切り裂け」
神の右手が眩い光を放ち、龍神イグニスと同じような線を無数に発動させてきた。
(今度は三つ合わせてきたか!
しかも、斬界は私の何も詠唱を書き加えていない龍神イグニスの能力とほぼ同じ……)
つまるところ、フレイルの改良版の龍神イグニスの剣よりも強いと言うこと。
しかも神の放つ斬界は代償がない。
冷や汗が伝う。
だが、だからなんだ。
相手が自分よりも強い?そんなことは最初から分かっている。神なんだから当然だ。
だから、自分の友人を親友を失い、さらには代償を負ってまでも完成させたこの剣。
その能力を最大限に活かして勝利すると決めた。
なら、ここで臆してどうなる。
フレイルの足が前に出る。
震えは止まらない。冷や汗は出たままだ。
それでも、足が前に出る。
勝つ。勝ってやる。
私の親友ツキヨを。ハルトを! 殺した報いを必ず受けさせる!
気づけばフレイルは走っていた。
迫る線、迫るマグマ、迫る毒の海
それらをフレイルは光の剣で切り裂きながら、ただ一直線に神を斬るために走る。
「小癪な!」
神が権能を行使する。
切り裂かれた三つ全ての権能が復活する。
だが、ただ復活しただけではない。
毒の煙が渦を巻いたかと思うと、竜の如き姿となる。
それに合わせてマグマが津波のような高さとなった。
そして、切り裂く線は木々を切り裂きながら勢いを増した。
全てがフレイルを殺害するための確実なる殺意でできた「自然」の脅威だった。
「確実に殺してやる。フレイル、貴様は神に仇した愚か者としてその身を焼かれこの世から消え去るがいい」
まだこんなに勢いが増すのか、それでも!
フレイルは止まらない。
目を閉じない。恐怖はある。
足を止めれば確実にスペルチェンジをした反動が来ることが分かっていたからだ。
そうしたら、全く動けない。倒れてそのままになってしまい、魔力もからになるだろう。
権能の、格好の餌食になる。
フレイルは声を張り上げた。全身が逆立つ恐怖を消し去るように。
しかし、その声は言葉ではなくただ自分を鼓舞させるためだけの大声。
光の剣を振り翳し、そのまま横になぐように放つ。
毒の竜を切り裂くことに成功する。
足は毒の煙に浸かった。焼け爛れていくのが分かる。全身が焼けるように痛む。
それでも足を止めずに走る。
マグマの波に光の剣を突き刺すように放つ。
手が焼ける。骨が見えてくるのがわかる。
神経が露出して激痛が襲う。汗が出る。涙が頬を伝う。
歯を食いしばって耐え、光の剣を担ぐように構え直した。振り下ろす。
虹色の閃光と共に衝撃波が毒の煙を切り裂き、マグマの波をさらに切り裂く。
地面が露出した。毒の瘴気がそのままだが、気にせず走る。
斬界の線が飛んでくる。
光の剣を盾のように構えて受け流す。
何回も何回も受け流す。
そして、走り寄る。
避けようとする神の胸を光の剣で貫いた。
はあはあと息が漏れる。それでも、フレイルは確かな声で言った。
「神、あなたは自分が今、いかに人間的か分かりますか? 最初は圧倒的な存在感を出して人を殺す、超自然な立ち位置でしたが今は私に怒りという感情を持って対しています。
だから、そこに付け入る隙がある」
言いながら神の胸を蹴る。
その拍子に剣が滑るように神から抜け出た。
赤い血が流れる。暖かい血が剣身から柄を通り、両手を濡らす。
「舐めた口を……叩くな」
神の口から血が吐かれる。
「お前はここで死ぬ。それは決定事項だ。
覆らない。私の権能が三つだけだと思ったか?」
「まさか…」
「消え失せろ!権能「真空世界」」
神の握り拳から鈍い青の発光体が生まれた。
それが明滅を繰り返し、瞬間。
世界が切り替わる。
どこまでも暗い世界。今までいた世界が嘘だったかのように思えてくるほどの完璧なる魔法世界。
息ができない。立ってられない。
胸が締め付けられるように苦しい。
倒れることはなんとか耐えることができた。
しかし膝が折れてしまい、身体を起こし切ることが叶わない。
まだあったとは知らなかった。ここまで、来たのに。しかも別世界を呼び出すとは。
私は死ぬの?
身体が震えてうまく立てない。
息ができない。世界が暗い。
感情が暗くなる。
そこに神が言った。
「ここまで追い詰められたのは初めてだ。血をはかされるとは屈辱だよ
だが、ここまでだ。神に仇した貴様はこの世界で塵と消える」
そんな、と声が出そうとしたがそれすら出ない。寒い。
視野が狭くなる。
神の姿が遠い。
『フレイル』
そのとき、声が聞こえた。
『フレイル、立って』
もう存在しないはずの声が。
無理だよ、息ができない。身体も切り裂かれて毒で溶かされて、もう体が動かせない
『あの神を殺すと決めたんでしょ?』
ハッとする。顔をなんとかあげる。
そこにはツキヨがいた。
「ツキ…ヨ」
『どうして? って顔だね。まあ、走馬灯なようなものだと思って』
「私もいるよ、こっちも見なさいよね」
その横にはもう1人のフレイルが立っていた。そのまた隣にハルトが立っていた。
「俺もいるぞ」ぶっきらぼうにいう。シルクハットをかぶってキザな感じ。変わらないなぁと思った。その傍に氷狼シルバーウルフが立っていた。悠然とした立ち振る舞いが、ほんとうに美しい。
「ハルト……シルバーウルフ……、みんな、みんなごめん!私は、死ぬかも…みんなに約束したのに」
『バカだね』
「え?」
『大丈夫、勝てるよ』
「どうして? どうしてそう言い切れるの?
私はみんなを殺した…死なせてしまったのに!」
『それでもフレイル、あなたは前を向いた。
だから3人と1匹で話し合って、力を分け与えることにしたの。もう一度立ち上がれ!ってね』
「みんな、ありがとう」
もう、迷わない。もう、下を向かない。
神が敵でも、この先、魔法学院が敵になっても私は自分を見失わない。
絶望しない。
それでも悲しみはあるだろう。でも、確かに手に入れた物がある。
それを胸に立ち上がるだけだ。
視界がクリアになる。
重い体を引き摺りながら立ち上がる。
神が目を見開きながら言った。
「バカな……なぜ、立ち上がれる?
なぜもう一度魔法が出せる!?
神でもない貴様がなぜ! 独界も常に発動しているのに、なぜ私は回復しない!答えろ!」
「絆だよ」
思い出を噛み締めるように確かめながら口にする。
苦い、楽しい、悲しい、それでも美しく燦然と輝く陽の光のような、私を変えうるだけのすべての記憶を。
「絆。あなたが、一回死んでも確実に決して手にできない、最高の私だけの力。それが私を立ち上がらせた」
「……絆?」
くはは、と神は笑う。
「ふざけるな! 絆などと言う力など、所詮は凡夫の寄せ集めでしかないし、ただの空想だ!
まやかしだ!」
「あなたが言わないでよ、神様なんて空想だよ」
フレイルの光の剣が一閃される。眩い光が放たれる。神はそれを掴もうとした。しかし、その手が焼け爛れ崩れ落ちる。迫る剣を避けようとして身を捩ったところで神の首が跳ね飛ばされた。
神の体が真後ろに倒れる。力なく倒れたように見えた。斬首された断面から白い光が溢れ出る。
真空世界が光で満ち、破壊された。
元の世界に戻る。空を見上げれば、晴々とした青空が広がっていた。
「勝った」
フレイルは青空を見上げて言った。
「みんな、勝ったよ」




