親友との死闘 聖夜の灯火を消して
魔法界
学院長室でエーニアスは口元を歪ませる。
「ツキヨは、もう手遅れだ。ネファエラの残滓も神の眼も自分の意思で取り込み、自分からレールの上に立った。ーーーとはいえ、そもそもだ。神の天啓の白羽の矢が立ったのがフレイルだった時点で、この決闘のカードは決まっていたのだ。以前まではフレイルが圧倒し、殺すことができたろうが、今は分からぬな」
「そうですね、学院長」
「この盤面がどう動くか楽しみじゃないか」
ーーー学院長、あなたは日本を滅ぼしたいのですか? ツキヨは神の器官を飲み込んでしまっただけでなく、おそらく禁書に反応があったから分かりますが、禁忌や大戦時代の魔法すらも使えるようになっている。ツキヨをこのまま放置していいわけがない
「学院長」
「貴様がいいたいことは分かるぞ。けれど却下だ」
「なぜですか、お教えください」
「貴様に語ることはない。死のダイブを楽しんで来い」
「学院長! 待っーーー」
続かなかった。転移魔法により、魔法界の真下に飛ばされる。
そして、言葉通り「死のダイブ」を経験することになった。
箒がなぜか使えない。教授は失神していたのが不幸中の幸いだった。
痛みなくこの世から去れたのだから。
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人間界 東京 渋谷区
フレイルは見た。
ツキヨが人を殺そうとする瞬間を。
ツキヨ! 待って! ダメだよ!
そう言おうとしたが、間に合わない。
血飛沫が舞った。
親子から真っ赤な花が咲いた。
ばたたっと音を立てて、鮮血が飛び散る。
はらわたも出ていたかも知れない。
しんしんとふり積もった雪にかかる。
赤と白がいやに美しかった。
ツキヨが次なる対象を探し始める。
フレイルは加速魔法を自分にかけて、殴りかかった。
弾かれーーーツキヨの右目の瞳が瞬いた気がした。
何かの刻印が、虫のように蠢く。
そして、空へと2人は戦場を変える。
「ツキヨ! どうして!?」
叫びながらフレイルは魔力を込めた火炎弾を放つ。
ツキヨは魔法のバリアを展開して防御。そして、フレイルの叫びを無視して建物を破壊する。空から落雷を呼び寄せ、放ったのだ。
中にいるであろう男女の呻き声が、建物の破砕音に混じり聞こえてきた。
「もう、よしてよ」
胸が痛い。苦しい。
悲しみが溢れて、フレイルを鎖で縛るようだった。
けれど、振り払うようにフレイルは叫び続けた。
「いつものツキヨに戻ってよ!お願いだから!」
「魔法を放ちなさい」
「え…?」
「私を止めたいなら殺すしかないよ、フレイル」
「なん……で……?」
「だって、これは神の天啓の最後の試練だから」
フレイルはその言葉に心を穿たれる思いだった。
なぜ、分かる。
なぜ、知っている。
最初は声を失った。言葉が出ず、ただ口をパクパクと動かすことしかできなかった。
けれど、どれだけの時間がたったかは分からないがやっと言葉にすることができた。
「それは私と教授しか知らないはずじゃ……」
「分かるよ……」呆れたようにツキヨは言った。「だって私の得意魔法をあなたは知ってるでしょう? 忘れちゃったの?」
そう言われてハッとした。彼女の得意な魔法、それは
「半径10メートル以内の、標的の心を読む魔法」
「そう、その魔法だよ」
そうだった。彼女の得意魔法は読心魔法。
半径10メートル以内なら心にプロテクトをしていなければ誰でも読み取れる。
「でも、それだけなら重要機密は聞き取れないはずだよ」
「その対策を突き崩すための魔法があるんだよ。禁忌だけどね」
そう言って笑い、ローブを捲り上げた。
あらわになったのは、ぐずぐずになって溶け出した右腕。
フレイルは思わず顔を背けた。
「顔、背けるんだね」
「違う、これは!」
「いいよ、親友の醜いところだし」
そういって悲しそうに笑った。
「禁忌魔法『鎖心』これを使えば、どんなに強固なプロテクトでも突破して心を読み取れ、そして破壊することもできる」
「そんな魔法を、どうして使ったの?」
「私はあなたが羨ましかった!」
突然の慟哭のような怒鳴り声にフレイルは硬直した。
畳みかけるようにツキヨは言う。
「私は、あなたが妬ましかった。新規魔法開発能力……、魔法の才に愛されるものだけが生来から持ち合わせてる最高の能力。将来、どんな仕事にもありつける……だから、あなたは魔法学院2学年にして選ばれた」
「勘違いしてるよ……、ツキヨ」
「どこが?」という顔をして睨むツキヨに、フレイルは続けて言った。
「神の天啓は、才があってみんなから疎ましがられている人を排除する、そんな試練なんだ」
「嘘だ」ツキヨは顔を横に振る。「フレイルの思い込みに決まってる」
「嘘じゃないし、思い込みでもないよ。それならどうして親友を殺せなんて天啓を下すの?
異界の者を殺せって言うのだってそうだよ。
異界の者だっていい人がいた。それなのに殺せなんておかしいと思わない?」
「黙れ!」
ツキヨは杖を掲げる。もう話を聞くつもりはないらしい。神の眼が……ぼおう、と怪しく光った。
刻印が蠢く。
杖の先端につけられたオーブに光が灯る。
それが明滅することに少しずつ強さを増していく。
「隕石の礫よ、来たれ! 炎爆魔法『メテオストライク』」
唱えた瞬間、空が赤く染まる。
破滅を告げるような赤の光が箒星のようになり、無数に飛来してくる。
人間で言うところの絨毯爆撃を可能とする。
魔法戦争において敵対勢力を殺戮するために使われた凶悪なる魔法として使用を禁じられたはずだった。
「っ…我が身を守る盾となれ、氷像魔法『サーヴァント・アイス』」
騎士をかたどった氷像が2体現れ、盾を構えてフレイルを守る。
(これでは足りない……すぐに破壊される、あと私のできる魔法は)
そうだ。二つの魔法を同時に出して重ね合わせればより強固な防御となるはず。
フレイルは叫ぶ。
「防御+反射魔法プラズマフォース!」
透明な気泡のような魔力の塊と紫色の電気を帯びた魔力の塊が同時に現れる。
それが溶け合い、混ざり、フレイルと氷像を中心にドームを作り出した。
炭酸水の中にいるような感覚。
メテオストライクの一つと激突する。
反射が作用しているおかげで、ある程度の威力は抑えられているが、それでも脂汗が出るほどの重力を感じた。
「笑える。神の天啓に選ばれた学生が聞いて呆れるわ」
ツキヨの嘲るような声がする。
「反射魔法をプラスしてそれ? ただ守るしかできないなら私の魔法で砕け散って死ねばいい!」
その言葉とともにメテオストライクの数が大幅に増加する。一発一発の速さと威力も凄まじいものになりつつある。
地面が耐えきれずに崩壊していっている。
ドーム状のバリアも少しずつだが確実に亀裂が入るのが観て取れた。
限界が近い。氷像が身を守っているにしても、メテオストライクの礫と炎の熱に一瞬にして破壊されてしまうだろう。
死が見えた時に、ふと声がした。
「あの子を殺したら?」と。
もう1人の私とのたまうが、実際のところは違うとフレイルは思っている。
神の天啓においての課題をこなすためのナビ、そう言った存在なんじゃないかと。
だが、冷静になって答えようとするが感情的にフレイルは言ってしまう。
私は、親友を殺したくない。
天啓は?
それでも、唯一無二の理解者だからあの子がいなかったら私は…。
本当に?
あの子は親友だけれど、己が思いのためにあなたを殺そうとしている。それでもいいの?
それでも私は
と言いかけたところで、
「私が殺してあげる。見て、これが『古龍魔法』だよ」
やめてと言えなかった。
フレイルの意識は薄らぎ、「誰か」がフレイルの体の主導権を握る。
唱え……、絶望が訪れた。
巨大な闇。巨大な漆黒なる闇の炎。
死神のような虹色の光を讃えた龍の影が、天上に現れる。
「Break it down, the breath of the dragon god. Burn it out, the light of destruction. Anger is the incarnation of God. Come from the darkness, Dragon Ignis
(突き崩せ、龍神の吐息。焼き払え、破壊の光。怒り狂いたるは神の化身。宵闇より来たれ、龍神イグニス)」
歌うような詠唱、その一節ごとに紫色に眩く輝く星のような鱗。
幻想的であり、狂気を感じ、暴力的なその光が明滅を繰り返す。そして、天を貫く爆発的な光が起こったかと思うと龍が現れた。
まさしく神と呼ぶに相応しい姿だった。
もう1人の私は告げる。
「古龍魔法『イグニススカイ』」
世界が暗転するような歪みが起きる。
次いで世界を両断するかのような線がいくつも現れた。
龍が呻き声にも似た咆哮をあげる。
瞬間、メテオストライクが世界に隔絶されたかのように次々と消え始めた。
正確には線による超高圧の引力によって引き延ばされ、逆に押し潰され、その矛盾に耐えきれずに崩壊するのである。
だが、崩壊した後のちりは舞わずに掻き消されていた。
「なに……これ」
ツキヨが驚愕の声を上げる。
もう1人の私が言う。
「ツキヨ、あなたはいらない」
「え?…」
「この子のこれから作る世界にあなたは、いらない。消えて」
その言葉と共に一本の線がツキヨの腹を貫いた。
血飛沫が上がる。
悲鳴をあげるまもなく腹から下が両断された。
浮遊魔法が効力を失い、ツキヨは地面に叩きつけられる。
フレイルの意識が戻った。
フレイルは走る。ツキヨを探さなきゃ。
見つけた時、薄れた意識の中に見たツキヨを重篤な状態にしてしまったのが現実のものとなった。
ツキヨは腹から下が両断されていた。
臓器が見えて血が止まらない。
ツキヨの死は覆らない。
それでも、フレイルは助けようと回復魔法をかけた。
無駄なのは分かっている。
けれど、神の天啓に逆らってでもツキヨを助けるんだとフレイルは思っていた。
「だめ…だよ」
ツキヨは震える手でフレイルの腕に触れ、言った。
「私は……あなたを殺そうとしたんだよ?」
「それでも!」
フレイルは泣きながら言う。
「それでも……、ツキヨは、私の親友なんだ。
助けなきゃ……私を殺そうしたのなんかどうでもいいよ!」
「私はあなたが疎ましかった」
「黙って!血が止まらない……」
「それでも、あなたのことが大好きだった。友達としてずっと一緒にいたかったなぁ」
「これからも、ずっと一緒にいようよ……こんなところで死なないで!死んだら絶対許さないから!」
「ねえ」
フレイルの手を絡めとるように持ち上げる。
魔法の集中が切れかかる。
振り解こうとするが、ツキヨは手をどけない。
手を離してと言うが、ツキヨは聞かない。
聞いてくれない。
「私はあなたの特別になれたかな?
才能がない、私でも……あなたの隣に立てるくらいの力は持てていたかな? 教えて?」
「特別になれてたよ……ツキヨは、私の1番の友達だよ」
「良かった」
そう言ってふ、と手を握る強さが消えた。
ガクッと腕が落ちかかる。
フレイルはすんでのところで掴んだ。
「ごめんね、ごめん……本心から私のことを友達だって思ってくれてたんだね。それなのに私は…ほんと、バカだよ」
「ツキヨ、ダメだよ! 死んじゃだめ…生きて!生きて私と一緒にいてよ」
だが、体温が急速に失われていくのを感じる。
ツキヨがこのままでは死んでしまう。
嫌だ、嫌だ。
ツキヨは私の親友なんだ。
死なせたくない。
死なせたくない。ツキヨを殺したくない。
強く思う。
それでも、回復魔法の効力を感じなくなっていた。
血を止めようとしてもまるで止まらない。
傷も一向に癒着しない。
癒しの力など皆無かのように。
そして、フレイルの魔力が尽きた時。
ツキヨがついに事切れたことを悟った。
長い、長い沈黙。
ツキヨの死に顔をただ見ていることしかできなかった。
呆然として座り切ったまま。
ふとした時、涙が一筋ほおを伝った。
それからはもう涙が溢れて止まらなかった。
私は何もできない。
仲間も死に、親友も殺してしまった。
何が才能がある魔女だ。
異界の12体を殺す大役の他に、なぜ親友すらも殺さなくてはならない。
神の天啓を受けなければ。断っておけば!
何が、、、。
「何が、、、神の天啓だ」
その声は、宵闇に落ちた2人だけの世界に力なく消えていった。
ーーーそして、悲しむフレイルの知らぬ富士山近くの林の最奥に神の像が出現した。
四つの明かりが灯る。
神の眼
神の心臓
神の脊髄
そして、永遠を司る者=神の肉体
それらが恒星のように強い光を放った。




