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私の名前を呼んで

 風を切るような音が後方で響いた。

 フレイルは背中を薄皮一枚切られるだけで、なんとか防御魔法でガードに成功。


 しかし


「ぐう……」


 血が垂れる。

 雫がポタポタと音を立てて垂れて地面に落ちる。


 そしてハルト目掛けて吹き飛ばされた。


 身体がくの字に折れる。腹を突き出すような形だ。

 恥ずかしさなんて感じている暇がない。

 プレッシャーがひどい。

 背中から垂れる血の量が増えてきているのが分かる。


 フレイルは目を閉じかけたが、なんとか薄目でも耐えた。


 ハルトが光の大剣を構える。


 テレビ中継でやっていた野球のような……。


(私が球? 笑えない……そこまで私を認識できなくなっちゃったの? ハルト)


 高速で景色流れ、ハルトに近づく。

 ハルトが渾身のフルスイングをかまそうとしてきた。

 熱と風を魔法防壁を突破して伝わってくるのが分かる。


 このまま直撃すれば死ぬ。


 フレイルは言葉にならない叫び声をあげた。


「っ……ああああああああああああっ!」


 腹から肺から空気を全て出すように。火事場の力とでも言うような、そんな奇跡にも似た全力で避けることだけに集中する。


 風魔法を放ち、自分を海面目掛けて吹き飛ばす。


 ごぼぼ……という音とともに世界が水の中に変わる。


 危機は一旦脱した。

 ため息を吐く。機転を少し効かせただけだ。

 おそらく襲いかかってくるのに時間はかからないだろう。

 フレイルはそのまま、三つ目の証を目指した。


 しばらく泳いでいると、目の前に薄紅色に輝く球体があった。


 手を伸ばす。


 ーーー世界が、切り替わった。


 エーニアス学院長の過去だ。


 学院長は私と同じ学生の姿をしていた。


 魔法大戦真っ只中で、神の天啓を命じられた彼女は誰よりも一生懸命で、誇りもあっただろう。


 それがーーー後に、仲間を殺し、「ーーー」を殺すことになったことが、彼女の心を食い潰すことになったとしても。


 私はエーニアス学院長の怒りを、憎悪を感じた。


『私は騙されていたの?』


『私は……「ーーー」を殺したくなかった。神の天啓だからと言って、なんで仲間も! 友達も!殺さないといけない……私は! 神を許せない』


『私はーーー神を、殺してやる。いつか! 必ず!』


 その怒りの叫びは、白い正方形の神の台座がある世界で反響して消えていった。


 エーニアス学院長の目や頬は、怒りでーーーそして悲しみで、涙に濡れていた。


「な、にこれーーー。こんな、こんなものが神の天啓の三つの証を探すこと?

 1つ目が信頼

 2つ目が疑念

 3つ目が殺意

 こんなの……まるで今の……」


 そう思った時、並々ならぬ怖気を感じた。


 人が消えるかもしれないという恐怖。


 自分の危機ではないーーー民間人が死ぬかもしれないと言う恐怖。


 フレイルは舌打ちして、震える身体に鞭打って水の中を飛び出した。


 遠ざかっていく影二つに叫ぶ。


「そこまでだ! ハルトも、化け物も止まれ!」


 無視してハルトも化け物も足を止めない。


 フレイルは実力行使に出た。


「止まれって……言ってんだ!」


 加速+防御 アクセルパレット


 それを壁に展開した。


 ハルトと化け物が壊そうとする。


 何度も攻撃して破壊しようとするがさらに硬くなるだけだ。


「私と……戦え」


 ハルトに民間人を殺させたくない。


 だから、脊髄らしき光の柱を攻撃すれば元に戻るかもしれない。


 けれど、威力は十分じゃないとこちらが死ぬ。


 フレイルは覚悟を決めた。


 ハルトの光の大剣が閃く。

 フレイルの脳天をかち割るかの如き、容赦のない一撃。

 そして、傍にいる蝙蝠の化け物も舌舐めずりをしながら剣を閃かせた。


 胴を割く。


 頭と腹の両方を切り払うのが目的。


 フレイルは歯噛みした。

 とりあえず、自分に対象はうつせた。

 けれども、仲間だったハルトに殺意を向けられるのはすごく苦しい。


(だけど、やるしかないんだ!)


 フレイルはベクトルリコチェットで自分を弾にして宙へと避難する。


 そしてーーー


(私1人じゃ化け物を倒すことも、ハルトを止めることもきっと叶わない。だから、力を貸して。

 氷狼シルバーウルフ)


 召喚した。空中で氷狼を。

 急降下する身体を無理に動かして氷狼にまたがる。

 シルバーウルフは痛がるそぶりを見せなかった。


 やるんだろ?

 そう言うように主たる、フレイルの目を見る。


 フレイルは静かに頷いた。


 シルバーウルフはそれを一瞥すると、ただ敵を見た。


 足場を作り出す。


 氷の板でできた足場だ。


 それを一度踏み込むと、地に降り立つ。


 そして瞬時に飛び出した。


 全速力で駆ける。風のように、嵐を裂く稲妻のように早く早く疾駆する。


 氷の礫を周囲に形成し、ハルトを守護するように立った蝙蝠の化け物に放つ。


 氷の礫同士が互いに擦れ合い電気を帯びて、迫った。


 蝙蝠の化け物が両翼をはためかせる。

 黒い風が吹き荒れて電気を纏った氷の礫を弾き飛ばした。

 氷狼とフレイルにそのまま飛んでくる。


 氷狼は足を止める。

 唸り声をあげて前を睨んだ。


 フレイルは舌打ちして、防御魔法を展開して防ぐ。


 ギインッ!! 


 とかんだかい金属質の音が響く。

 氷の礫が落下したと同時に、氷狼はまた走り出す。


 あともう一歩と思った、その時だった。


「ーーーーー」


 蝙蝠の化け物とハルトが同時になんらかの言葉を発した。


 揺れる。


 海水ごと地面が盛り上がったと思ったその時、針状になった突起物が無数に突き出してきた。


 フレイルは叫ぶ。


「シルバーウルフ! 上へ跳んで! 早く!」


 シルバーウルフが跳躍する。フレイルはそれに合わせて足場を作った。


 けれど、地面だけじゃない。


 周囲の壁も天井からも「地獄」が迫る。


「こんなところで、死んでなんかやるものか!!」


 フレイルはそう叫んだ。


 身を屈めて、シルバーウルフの足を止めないようにサポートする。


 壁や天井からの突起物を火炎弾で破壊し続けながら。



 そしてーーー辿り着き、渾身の体当たりを蝙蝠の化け物に喰らわせる。くぐもった声が響く。

 フレイルは氷狼に襟首を咥えられてその要領で飛び上がる。

 フレイルがハルト目掛けて火炎剣を振り翳したその時


 ドスッ


 そんな、何か押しつぶすような、何か刺し貫くようなそんな音が真下で聞こえた。


 絶望にも似たそんな音だった。


 氷狼が、鼻で息をする音がする。

 ひゅーひゅーと、液体が混じったような息遣いも聞こえた。


 フレイルは氷狼が死ぬ直前にあることを悟った。

 それでも、今はハルトを倒さなきゃならない。

 ハルトがまたあの化け物を召喚する可能性も否めない。


 だから今はーーー前を向いて剣を振るうことだけを!


 ハルトが光の大剣を相変わらず容赦なく振ろうとする。

 それでもフレイルは、「ベクトルリコチェット」を唱え、自身を弾にして燃えるような赤を纏いながらハルトの胴を両断した。


 それだけで終わらない。


 加速魔法で無理矢理にでも進路を変える。


 天井に一度だけ足をつけると、ハルトの王冠と光り輝く脊髄を切り裂いた。


 ガラスが割れるような音とともに、似合わない王冠も光輝く鎧も消え失せる。


 フレイルは、勝利した。


 民間人は守れた。

 これで復興も少しずつ進むだろう。


 けれど、フレイルはひとりぼっちだった。


 フレイルを残して、みんな死んだ。


 ハルトも、シルバーウルフも、みんな。


「私の名前を、呼んでよ……ハルトぉ……」


 フレイルのその叫びは、青の洞窟に反響して消えていった。


 1人は嫌だよ……。


 そんな寂しがりの声を嘲笑うかのように、何度も何度も反響した。


 三つ目の証が輝き出すーーーそして、共鳴するかのようにハルトの死体が光る。


 その先に、ハルトの過去を見た。


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