暗い水底 死が這い寄りしは
がぼぼ……
水を飲む感覚。苦しい。
薄くとも魔法防壁を張ったのに。
精神をかき乱される感覚。ウラーだけじゃない。
三つの証の二つ目の関係しているのかとも疑ってしまうほどの強烈な精神攻撃の圧。
そもそも魔女には心を守るためのプロテクトがかけられる。
毎日毎夜毎朝、精神攻撃や言葉の刃から身を守る手段だ。魔法大戦時代からの名残だが、これは、フレイルにとっては学院にいた時に毎回受けていたいじめから身を守る手段でもあった。
これは幼少期の頃からできることで、それでも、天使ウラーの権能の前では全くの意味を持たなかった。
一瞬だった。
死のイメージ。いや、死の概念を全身に、心の臓や脳裏に明確に叩きつけられる。
いやいやいやだいやだいやだ
迫る、死が。恐怖が胸の大部分を占める。
怖い。死にたくない
いやだいやだいやいやいやだいやだいやだ
『死ね、魔女。貴様の過去は分かっているーーーだからその根源の痛みすら引き摺り出して胸の奥を掻き乱してやるよ』
ははははははははっ! 天使ウラーの聞くに耐えない下卑た笑いが聞こえる。
精神を逆撫でするのに、いつもは怒りになるのに。
何故か恐怖に変換される。
死への恐怖に。
それでも、黒い泥のような湖の深みに入ろうともがく。
『もういい。圧搾して殺してやろう。死への恐怖は貴様の外から中から、溢れ出して凶器へと変わり、殺し尽くすだろう。一思いに死ね』
激痛
体が捻じ曲がっていく。
左足が折られる感覚。
そして全身が引き裂かれるような痛みが走った。
涙が溢れて止まらない。
悲鳴をあげる。
死にたくない死にたくない死にたくなーーーそう、思った時だった。
ーーーあなたは救いようがないのね。毎回死にかけて、今度は勝算もなにもあったものじゃない。バカだわ
魔女たる者、心にプロテクトがかけられるのに、それを何度も突破されて。恥ずかしくないの?
「ーーーな、に。私?」
ーーー変わりなさい。バカなあなたのために、少しだけ見せてあげる
「禁忌魔法アストラーべ」
一言だけの魔法
それによって世界の時が止まった。
いや、正確には自分が感じる『痛みの感覚と死への感覚』だけが時を止めた。
ーーーこの魔法効果あるうちに決めなさい。バカなあなたには、これくらいで上等でしょう。
そしてね
胸中でもう1人の私がつぶやいた。
フレイルは言い方を少し変えて言う。
「ゲス羽虫ーーーあんたの攻略法が分かったわ」
『そんなバカなことがあるか。あれだけ怖いと身体を震わしていたのに、今更何を。負け惜しみも大概に……』
「あんたは確かに強い。けれど、自分から弱点を作ったのよ。それはーーーあんたの心臓に、あの輝く『三つの証の二つ目』と同期させてしまったこと。そもそも二つ目自体が精神的にダメージを負うようなものなのよ。作った神の使者はクズね、鬼畜すぎんのよ。ーーーで。あんたの対象に強力な死への恐怖をもたらす呪いの権能を強くする。でも、同時に抗いがたい弱点にもなり得た」
『ーーーふはは、何を世迷言をほざいて……。おい、貴様待て。それ以上近づくな!』
「残念だけどーーーもう無駄よ、私はもう加速魔法をかけたから!」
『一気に死へと近づくつもりか! 我が心臓に近づいて、無事で済むと思うなよ。死に晒すがいい、生娘が!』
「あんたこそ! さっさとこの世から消え失せろ!」
そうして、さらに踏み込んで光を手に取ったまさにその時ーーー声が聞こえた。
『私は騙されていたの? ーーー世界に。……神の天啓という狂気に』
見知った声だった。カチッと何かのピースが挟まるように、思い出す。
学院長の、声?
ひどく震えたような……。それに若いし。
なんで? 神の天啓は、世の異常を修正する大役なんじゃないの?
それなら騙されたって一体どういう……。
『クソがああああああああああああああああ!!
貴様を私の傀儡にするつもりだったのに、私がまさかこんな……!
貴様、貴様……!やめろ……!
私の心臓に触れるな
今すぐに手をどけ……ろ!
死に晒せよ、昆虫風情が!』
思考が途絶される。
学院長の声も聞こえなくなった。
ため息を吐いて、眉根に皺を寄せる。
全ての怒りを両手に込めて、さんざっぱら痛めつけてくれたゲス羽虫に鬱憤をぶつけるように、
「あんたのせいで、台無しだ。さっさとこの世から消えなさいって言ってんでしょう、が!」
ばきんっ!
と光を握りつぶす。
すると、ふっ……と、死への恐怖から解放されていく。
ただの水の圧だ。
「勝った……! 勝ったよ、ハルト。あんたも勝ちなさいよね、帝王などとほざいてる傀儡なんか目にものを見せてやりなさい」
ーーーとりあえず二つ目は手に入れた。ゲス羽虫もこの世から抹消した。あとは……学院長の過去っぽい声が聞こえたのと、騙されたってのが不穏だけど……まあ、問い詰めればいいわけね
疲れた。身体が泥のように重い。
全身が潰れるような、そんな重だるさ。
フレイルは力を抜いて、目を閉じて。浮上しようとしていた。
淡い光に照らされて湖が綺麗に見えていた。
まるで海のように。




