九話 お昼ご飯が来た
「ところでさ。」
分けあったオレンジも食べ終わり、さてどうしようかといったところで声を上げる。
「そのバスケットはなにが入ってんの?」
「ああ!」
母さんが意味ありげに抱えていた木のバスケットは明らかに収穫用のプラスチックのものとは用途が異なる。
わざわざ蓋のついた丈夫なものを使っているぐらいなのだから、まさかなんとなく持ってきたということはないだろう。
「昼飯持ってきちょった。」
そう言って蓋を開けて見せると中には大きな重箱が入っていた。
「おー。でかいなあ。」
「夏樹もようけ食うき。」
笑いながら中からレジャーシートを取り出しばさりと広げる。
ようけ食うと言っても高校生じゃないんだから人並みにしか食べれないのだが、両親の中ではいつまでもあの頃のままらしい。
「残したら勿体ないって。」
「残したら晩に出すき気にせんでええわや。」
ぱかりと開いた重箱の中には俵形の握り飯がぎゅうと詰められている。
とてもじゃないがこの四人で食べ切れる気がしない。
まあ父さんが言ったように晩飯でも食べるということであれば今日中には無くなってしまうか。
「残っちょったら楽でえいな。」
その言葉に母さんが呑気に返すが、流石に晩飯になる程残るとも思えないけど。
ご飯の箱を置き、その下にあった箱を開けると今度はおかずが色々と入っている。
「卵焼き、ウインナー、からあげ...よくこんなに用意できたね。」
朝ごはんの準備も済ませながらここまでの料理をしている時間は多分なかったはずだ。
思っていたよりも遥かに早く起きていたと言うなら別だが、流石にそこまでとんでもない時間に起きているということはないだろう。
「覚えちょらんがか?」
「なにを...ああ!」
こちらをじと目で見る彼女の視線で気がついた。
そういえば今日の朝食はフィルネリアさんも手伝っていたのだった。
となると当然この料理も彼女の手伝いがあったのだ。
どうりで先ほどからなにやらそわそわしていると思った。
「フィルネリアさんも手伝ってくれてたんですね。」
「はい!」
嬉しそうに胸を張る。
横にいる精霊も一緒になって胸を張ったかと思えば、すぐにキラキラと輝く唐揚げに目が釘付けになる。
これは料理の最中も絶対つまみぐしようとしてたな。
しかし、早い時間から昼ごはんの準備までしてくれていたと言うのだから本当に頭があがらない。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
それもこんな、からあげやら生姜焼きやら冷凍でないものまでたくさん詰めて...
驚くべきことに、からあげも冷凍じゃないのだ。
四人分ともなると冷凍で賄うには流石に量が多すぎるとはいえ、朝っぱらから油物まで用意していたとは。
「いただきます。」
「いただきます!」
手を合わせて前のめりになったはいいもののどれから食べようかと迷ってしまう。
おにぎりからでもいいし、卵焼きも一口で食べ切れるのでとりあえず選ぶのに向いている。
箸を持った右手をレジャーシートにつきながら目線をあちこち飛ばしていると、フィルネリアさんから声がかけられる。
「からあげがおすすめですよ。」
「そうなんですか?」
じゃあここはその言葉を信じて唐揚げからいただこう。
手製の唐揚げだけあって一口では口の中に入りきらないサイズで満足感がある。
「おいしい!」
冷めているというのにパサパサせずにしっかりと肉汁が溢れ出てくる。
衣も迷子にならずにしっかりとついてきて油の旨みが肉の味を補強してくれる。
人の作った弁当ということであれば偶に惣菜屋で買うこともあるが、こうやって誰かが自分のために作ってくれた弁当を食べるのは随分と久しぶりだ。
「よかった。」
そう呟いた小さな声を聞き逃さずに済んだのはとてつもない勢いで目の前を飛び回り自己主張する精霊がいたからだ。
なんだろうと思って丁度彼女の方を見たところだった。
「もしかして唐揚げ作ってくれてたんですか?」
「え!?あ、はい、そうです。」
しれっとした顔で答えようとしているが、最初の一言でもう隠せていない。
なるほど自分で作ってたからおすすめしてくれてたのか。
「料理上手なんですね。」
「いえそんな、それほどでもないんですけど。」
「いやいや料理できない人間からしたらめっちゃすごいですから。」
揚げ物なんてした日には全てが焦げること間違いない。
なにせまず味付けをレシピ通りにやれる気がしない。
三つ星レストラン並みの料理でなきゃ満足できないわけでもあるまいし、美味しい料理を作れるというだけですごいことだ。
「でしたら料理...してみます?」
おずおずと切り出されたその提案にすぐさま反応したのは両親の方だった。
「おお、それがえい!夏樹も料理の一つや二つできるようにならにゃあ。」
「手伝ってくれたら楽になるわや。」
母さんの方はともかくとして父さんは絶対面白がってるだろ。
大体あんたも料理できないじゃないか。
...とはいえ料理ができるようになった方がいいのもまた事実。
一人暮らしに戻ればまた外食生活が始まるのかと思うと、確かにいくつか作れる料理を持っておいた方がいいだろう。
これまでも料理をしてみようという機会はあったがなんだかんだと言い訳して逃げ続けてきた。
「じゃあちょっとだけですけど。」
「頑張りましょう!」
この張り切りようを見るとなんだかんだと引っ張られる気がするが、後のことは未来の自分がなんとかしてくれるはずだ。
「まずは今日の夜ご飯からですね!」
...思ったよりも早い未来だった。
「今日の夜はなんにするかまだ決めちょらんき、あんたの好きに決め。」
「好きにって言われても。」
どれが簡単な料理なのかすらよく知らないのに決められるわけがない。
頭の中のレシピ帳をめくっても精々十ページもなかった。
困ったようにフィルネリアさんの方を見ると早速頼られたのが嬉しいのか候補を見繕い始める。
「簡単なのだと...カレーとかですかね?包丁さえ使えれば失敗することはないですし。」
材料を切って炒めてあとは全部市販のルーにお任せするカレーなら失敗のしようがない。
だがそれなら別にわざわざ教わるようなことでもないと思い口を挟む。
「流石にカレーぐらいは作れますよ?」
「じゃあ尚更いいじゃないですか。最初から難しいことをしようとしても大変ですから。」
優しく微笑む表情には静かな圧があった。
「そ、そうですよね。」
カレーぐらいと考えていたのを見抜かれていたように鋭い眼光の前に縮まって返事をする。
危ない。
これで難しい料理でも提案してたらどうなっていたことか。
「今日は夏樹のカレーか。」
「うまくいったらね。」
しみじみと言う父さんに保険をかけておく。
あんまり期待されても困る。
「うまくいきますよ絶対!」
フィルネリアさんまでそんなことを言ってくれる。
これで失敗したらかなりのプレッシャーなんだが、まあカレーか。
「まあ、カレーですからね。」
「ですです。」
ここで躓いていちゃあ料理が出来るようになるのなんて大分未来の話である。
「料理を上達させるには何より回数が大事ですから。カレーでも料理を通してやる練習にはなりますし。」
先生がそう言うのだから生徒は素直に頷くだけだ。
「料理には後片付けもありますからね...」
「ああ...」
一人暮らしの使った箸を洗うのでさえ面倒なのだから、四人分の食器や鍋を洗うなんて言わずもがなだ。
それでも料理をしてくれている人は毎日これをやっているわけで、とにかく慣れていくのを待つしかない。
「今度からは朝ごはんもやってもらわにゃ。」
いつも何時に起きているのか知らないが、昔よりも起きるのが早くなっているであろう両親の生活リズムに合わせて生活するのはつらい。
「それは起きられないから勘弁してくれ...」




