八話 とれたてのオレンジが来た
晴天の中、黙々とただ収穫作業を続ける。
既に飽きてカゴの中のオレンジの上でヘソ天晒して寝ている精霊とは違い、フィルネリアさんはため息の一つも吐かずに手を動かしている。
一体どうしてこうも精霊と主人で性格が異なるのか問いただしたいところである。
そろそろ時間はお昼にさしかかり、一度休憩を挟もうかと思い始めた頃
「あ、ごめんなさい!」
そう叫んだ彼女の手元には一個のオレンジがあった。
「どうしました?」
「失敗しちゃいました...」
そう言って見せてくれたオレンジは確かにへたのあたりでハサミが食い込み傷がついてしまっていた。
傷がついていなくとも形が悪ければ売れないような昨今である。
ハサミで傷がついてしまうとそこから腐ってしまうこともあり売り物にはできない。
「あちゃちゃー。」
「ごめんなさい!」
思わず口に出してしまった言葉に青い顔をした彼女は頭を下げて謝る。
「あいやいや!」
慌てて止めて説明する。
「こんなのよくある話ですから!むしろ今まで一つもミスなかったことの方がすごいというか。」
慣れていても手が滑って傷つけるなんてことはある。
初心者であることを考えると、ここまで全て綺麗に切っているのは百点満点の仕事ぶりだ。
「ほんとですか...?」
「ほんとですって!」
なぜかあんまり信頼されてない目で見られている。
今まで彼女を騙すようなことはしたことないつもりなんだが。
「だって水野さん優しいのでかばうために嘘ついてるのかなって。」
「しませんよそんなこと!...いやするかもしれないけど今のは違いますから。」
そう言うと彼女は口元に手を当てて笑い出す。
ひとまず機嫌が治ってくれたようでよかった。
まあ確かに何かミスしても厳しく言うようなことはしないが、単に処世術として人に厳しく言わないように育ってきただけだ。
彼女の思っているような優しさから来ているわけではない。
「じゃあまた失敗しちゃったら水野さんにかばってもらいますから。」
「勘弁してください。」
くすくすと上機嫌に笑っているがどんな失敗をしてくれるのか気が気じゃないのでやめてほしい。
半目になりながらも自分の作業に戻ろうとすると、話し声で起きたのか精霊が周りを飛んでいるのに気づいた。
「お、お前も見に来たのか。」
自由に飛び回る彼女には特に仕事を振っていないので本当に今日一日自由時間である。
そして俺の持っている傷のついたオレンジを見て手のひらの上で止まる。
「これ?あー、ちょっと失敗したやつだよ。」
そう言うとオレンジと俺の顔を交互に見る。
「いやちが、俺じゃないよ?...なんだその顔信じてないだろ。」
やれやれみたいな顔しているが違うぞ。
やったのはお前のご主人様だぞ。
「何かあったんか。」
「あ、父さん。」
話し声に釣られてやってきた第二号だ。
その後ろからは第三号の母さんもバッグを持ってついてきている。
「いやちょっと失敗したやつがあって。」
ほいとオレンジを手渡すとじっと観察しだす。
多分どうやって失敗したか見てアドバイスをする気なんだろう。
ミスした場所や切り方によってそれが本当にミスなのか、雑にやったからなのかは大抵わかる。
「すみません、私が失敗しちゃって!」
彼女がそう言うと、ぱっと視線を外して笑顔になる。
「なんな。そげんこつ気にせんでえい、夏樹なんて昔は十個に一個は傷つけちょった。」
「言わなくていいだろそれは。」
俺がやったならともかく今日初めてやった彼女にまで細かいことを言うつもりはないらしい。
さっさと切り替えると余計なことを言い始める。
まあ確かに初めの頃は不器用で、しょっちゅう失敗してはやれ持ち方がどうだとか言われていた。
しかしそれも六歳ぐらいの話。
そんな昔のこといつまで覚えてるんだ。
「そんで怒られてはよう泣いちょったなあ。」
「そうなんですか!?」
「覚えてない。」
本当にいつまで覚えてるんだ。
あんたがきつい言い方してたからだろと言いたいところだが、今更のことなので胸にしまっておく。
というか多分その時点では俺に継がせようとしてたから厳しくしてたんだろうし。
そしてフィルネリアさん、あなたはその期待したような目で見るのをやめてください。
機嫌を良くした親たちがいつ昔話を披露しだすか分からないのでその前に一応聞いておく。
「でこれ、食べて良いでしょ?」
「ん?ああ、かまへんよ。」
収穫に失敗したオレンジは出荷できない。
かといって、当然そのまま捨てるわけでは無い。
自分で食べたり加工したり、誰かにわけたりお供えしたり。
使い道はさまざまであり、失敗したその場で食べてしまうというのもそのうちの一つだ。
「いいんですか?」
「もちろん。」
「せっかくやき食べてみい。」
まあわざと失敗して食べるようなことは流石に許されないが、真剣にやって失敗した分にはそれぐらいの役得はあってしかるべきだろう。
ちなみにわざと失敗するぐらいなら、真面目に働いてくれたら山のようにある出荷できない分をいくらでも食べさせてやる。
だからそこの精霊、オレンジを揺らして落とそうとするんじゃない。
「こんなに新鮮なオレンジを食べるのは初めてです!」
「確かに、これ以上に新鮮なことは無いですよね。」
産地直送というのも烏滸がましい。
直送どころか産地そのものだ。
まあ熟す時間とかもあるから絶対に取れたてが一番美味しいとも言いづらいが、自分で獲ったとなるとそれは話は別だ。
「いただきます。」
丁寧に皮を剥いていき、一房取り出すとぱくりと口の中に入れる。
「ん!甘くて美味しいです!」
「それはよかったです。」
見守っていた三人でほっとしたように息を吐く。
これでもしオレンジが苦手だったらどうしようかと思っていた。
仕事は仕事で好き嫌いとは別とはいえ、やっぱり美味しく食べられる方が仕事もしたくなるものだ。
「うちのオレンジは潮風で鍛えられるき甘くなっちょろうが。」
「関係あんのそれ。」
自分のオレンジが褒められて気分を良くしてそう言っているが、本当に関係があるのかは知らない。
まあ他の地域との差は何かと言われると、この瀬戸内海から来る潮風や天気のいい気候が挙がるので一概に違うとも言いづらいが。
「なにを言うか。この自然こそがこの島の一番の魅力じゃろうが。」
「はいはい。」
耳にタコができるほど聞いた話である。
外に出て改めて帰ってくると、この自然の豊富さは確かに魅力だとは思う。
しかしそれは開発されてないということの裏返しで、この島の人口減少の一因である。
...こんなところでそれを言ってもしょうがないか。
「ところでフィルネリアさん。俺もそれ食べていいかな。」
一つ食べてそのまま待っていた彼女に声をかける。
ちょうど小腹も空いてきたので食べたかったのだ。
「もちろん!」
半分ほど千切って渡してくれたのをそのまま受け取り、三つに割って二人にも渡す。
「じゃこれ、あげるよ。」
「おお、ありがとう。」
「座って休憩しよか。」
「あの...」
自分の分もと声を上げかけたフィルネリアさんを視線で制する。
二人にも渡したのは食べることに集中してもらうためだ。
その時間で、精霊に食べさせても気づかれにくくなるだろう。
「...そうですね、休憩しましょう。」
意図を察してくれたのか自分も段差に座ってオレンジを食べ始める。
膝の上には一房をさらに細かく千切ったものが置かれていた。
自分の分をつまみながら眺めていると、膝の上に座った精霊が頭を突っ込んでまで食べ始めた。
「んふ。」
思わず吹き出した俺を怪訝そうに母さんが見てくる。
「なんかあったか?」
「いや、なんでもない。美味しいなあって。」




