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離島の求人に多分エルフが来てる  作者: 白崎イチイ


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六話 丘の上に来た

「はあ...まじか...まだ半分って...」


「何をこれぐらいでへばっちょんか。」


 初めのうちは意気揚々と先頭を歩いていたものの、次第にその足取りが重くなる。

 それもそのはず山の斜面を切り開いて作られた果樹園を一番見晴らしのいい上まで登ろうというのだから、これはもう単なる山登りでしかない。

 ぜえはあと肩で息をする横をスイスイ還暦をとうにすぎた人間が登っていくんだから習慣とはげにすばらしきものである。

 おかしい。家業の手伝いをするはずがなんで山を登らされてるんだ。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないです...」


 フィルネリアさんにはこちらを気遣う余裕があるというのも恨めしい。

 この健康っ子め。

 デスクワークで鍛えられた健康-1の体では労働どころか職場を移動するのにも苦労するらしい。

 

 ふわふわと周りを飛ぶ精霊が不思議そうに見てくるが、そら君は飛んでるんだから平気だろうよ。


「もうあとちょっとですから。」


「...はい」


 ちょっとというかあと半分ぐらい残っている気もするが、まさかここでリタイアするわけにはいかない。

 自信満々に「小さい頃からやってましたから教えますよ」とか言っておいて辿り着けもせずに脱落は目も当てられない。

 せめて、せめて登り切るぐらいは。


「...でも、綺麗ですね。」


 心配そうに後ろを振り向いたフィルネリアさんがくるりと周囲を見渡すと、黄金色に輝く実をつけたオレンジの果樹がずらと奥まで並んでいる。

 精霊も興奮した様子を隠さず木々の間を飛び回っている。

 何より、登ってきた道を振り返ればそこには汐乃島を囲む瀬戸内海の青が見える。

 今日は天気がいいだけに、海面が魚鱗の如く煌めいている。


「一番上まで登ったらもっと綺麗ですよ。」


「!、早く行きましょう!」


 しまった藪蛇だったか。

 二人して「早く早く」と手招きしながら軽快に駆け出していく。

 一体どこにそんなパワーがあったのか知らないが少し分けて欲しい。

 一番前を歩く二人と、その後ろでもうすこしで追いつきそうな彼女と隣を飛びながら応援する精霊、そのかなり後ろでよちよち歩く成人男性。

 情けないことこの上ないがどうせいつかはバレる運命だったんだ。うん。


「夏樹、はよう来んか!」


 すぐ後ろを走る音に気がつき後ろを振り向いた二人が、そのだいぶ奥にいる夏樹に向かってとても老人とは思えない声量で叫ぶ。

 ここには音を遮るものが何もないので、一度発した言葉はそのまま遠くまで響き渡る。


「置いてくぞ!」


「ちょっと待ってって!」


 こちとら大声を出すのもしんどいというのに。

 叫んだことで乱れた呼吸を整えつつ、もう見栄えなど気にせず膝に手を置いて坂を登っていく。

 てか目的地はそこなんだから置いてくもなにもないだろと悪態をつきながらもなんとか最後まで登り切り切り株にへたり込む。

 へろへろと飛んできた精霊も真似して膝の上に座る。


「疲れた…」


「なんじゃ、体力落ちたにゃあ。」


 手渡された水筒の水をコップに注ぎ一息に飲む。

 口の中を水分で満たし、喉を落ちていく冷たい流れによって生き返る感覚を得られる。

 水筒を渡すために立ちあがろうと足に力を入れると足が生まれたての子鹿のようにぷるぷると痙攣した。

 これは絶対筋肉痛になるわ。


「フィルネリアさんは大丈夫で…」


 そういえばと思いきょろきょろと探すと、彼女は道の真ん中に立ち尽くしていた。

 呆然とただ、オレンジと海、汐乃島の雄大な自然が生み出す景色を眺めている


 精霊にどいてもらい、倒れないようゆっくりと立ち上がって歩き出す。


「フィルネリアさん、カメラ持ってきてます?」


「あ、あります!」


 はっとして鞄を前に持ってくると、開いて中からカメラを取り出す。


「撮ってみましょう。」


 うんうんと頷く妖精と一緒にカメラを覗き込む。


「どうやって撮るんでしょうか。」


「えーっと…」


 電源を押して、レンズを向けて、画面を確認してシャッターを押すだけ。

 普通のデジカメなので難しい調整などはしないでもいい。

 隣でわかったふうに聞いている精霊にだって撮れるだろう。


「じゃあ、最初の一枚をどうぞ。」


 ゆっくりとカメラを構える。

 どこを切り取るのか迷ってうろうろと移動しながらも、カメラのレンズから目を離さない。


 その光景を見て、自分が最初に写真を撮った時を思い返す。

 といっても自分では覚えていないが、見ていた母さんから散々思い出話として聞いている。

 母さんのカメラを勝手に持ち出して自分の顔の写真を何枚も撮っていたという話で大体妹が爆笑して終わるのだが、そんな話でも貴重な思い出に違いない。

 惜しいのは、カメラを持っているのが自分なのでそれを更に撮ることができなかったことだ。


 それを思うと、今こうやってフィルネリアさんが初めてカメラを構えてこの島の写真を残そうと言う瞬間の記録を撮っておいたほうがいいかもしれない。

 ポケットからスマホを取り出して彼女に向かって構えた。


「…」


 誰も喋らない静かな時間が流れた。

 精霊でさえ彼女の隣で音を立てないように見守っている。

 こっちにおいでと手招きすると、ひよひよと飛んできて肩に乗る。

 スマホ越しに映る彼女の姿を二人で眺めた。


「...撮れました!」


 くるりとターンした彼女の笑顔を一生忘れられないだろう。

 カメラを下ろして満足そうに、何よりも大切な宝物を見つけたかのように微笑む彼女の笑顔を。


「...よかったです。見てみましょうか。」


「はい!」


 カメラを受け取り、横から顔を覗かせる精霊と一緒に確認すると海を背景にしたオレンジの果樹の写真が入っている。


「初めてでこれなら才能ありますよ!」


「ほんとですか!」


 なんでもないデジカメで撮った、なんてことない景色の写真。

 それでも彼女が撮ったというだけでひどく美しく見えた。


「見せてみい。」


 写真を見ながらやいのやいのとはしゃいでいると気になったのか二人も覗いてくる。


「おお、よう撮れちょる。」


「ほんと上手。これならね、この機能つこたらもっとピントが...」


 一眼見て満足した父さんとは違いカメラ好きの母さんはなにやら技術指導を行っている。

 果樹園の仕事よりも先にカメラについて指導することになるとは思ってなかった。

 それでもフィルネリアさんも真剣に話を聞いているので、この調子ならあっという間に上手に写真が撮れるようになるはずだ。


「にしてもこら収穫が大変ぞ。」


 見渡す限り果樹になるオレンジを収穫していくとなると、これは確かに夫婦二人ではなかなか骨の折れる仕事だろう。


「おう、二人が来てくれて助かったにゃ。」


 嬉しそうに言うが、毎年これを二人でやっていたのかと思うととんでもないバイタリティに驚きしかない。


「今日はこいつを四人でやるき、大したもんじゃなかが。」


 そう言って指差した木には数え切れないほどの実がなっている。

 高さ自体は精々大人の二倍程度で、高くなりすぎないように選定しているわけだがそれでも場所によっては斜面での作業であることを考えるとかなり辛い。

 この中でそれが苦じゃないのは飛んでいる精霊だけだ。

 まあ今は精霊に収穫作業をさせるわけにはいかないのだが。


「たくさんなってますね!」


「こんでも摘果しちゅうき減っとるんじゃけどね。」


 ようやく話が終わった二人も戻ってきた。


「フィルネリアさん、せっかくですからこの木でもう一枚。」


「いいですね!」


 そういうと画角に収まるように少し後ろに下がっていく。


「ほら!三人とももっとよって!」


「人間も撮るんか。」


 笑いながら三人で木の正面になるように並ぶ。

 思えばこうして三人で写真に映るのは久しぶりかもしれない。

 二人には見えていないだろうが精霊も彼女と一緒になってもっと上やらもっと下やら指示を出している。

 カメラから顔を一瞬だけ離してこちらまで届く大声で言う。


「撮りまーす!...3、2、1!」



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