五話 朝ごはんが出来た
鳥の鳴く声が聞こえる。
耳を澄ませば、どこからともなく木々の擦れる音も響いてくる。
ベッドの上で目を閉じたまま、しばらくそうして横になっていた。
「夏樹!もう朝ぞ!」
ゴンゴンとドアを叩く音と共に呼びかけられ眼が覚める。
木の天井に漆喰の壁、吊り下げられた電灯もうちのものではないが見覚えはある。
そういえば実家に帰ってきていたのだった。
いや待て、それどころじゃない。
家にエルフを招いておいて寝坊は許されない。
「今起きた!」
布団を跳ね飛ばしベッドから飛び起きる。
パジャマに手をかけ大急ぎで着替えると、どたばたと階段を下り洗面所に向かう。
「おそようさん。」
「おはよう。」
廊下ですれ違った父さんはメガネをかけて他所行きの格好をしていた。
「どこ行くん。」
「芦田さんに回覧板ば回してくる。」
そう言って手に持ったバインダーをほれと見せつける。
自治会の繋がりが色濃く残っているのも田舎の特色だろう。
まあ都会は都会で自治会はあるし、やれ誰が会長をやるかで揉めるしいいことばかりではないが。
それでもこういう、助け合う生き方はいいなと思う。
洗面所で顔を洗い、ついでにトイレに入って考え事をする。
フィルネリアさんは妹の部屋に泊まっているので起きているのかは分からないが、時計はまだ六時半。
離島の老人の時間感覚に叩き起こされることにはなったが、冷静に考えたらまだまだ寝ていてもいい時間である。
彼女はまだ夢の中かなと、今日の予定を頭の中で仮組みしながら居間に入る。
「あ、水野さん。おはようございます。」
「おはようございます?」
エプロンに三角巾を被ったフィルネリアさんがいた。
誰の仕業かはわかる。
まさか父さんがエプロンをどこに仕舞っているかなんて知るはずもないし、十中八九母さんだろう。
昔妹が作ったもののお下がりだが、ほとんど着ることのなかった妹よりもよほど似合っていた。
片手にはトーストの乗ったお皿を持ち、もう片方の手にはサラダを運んでいる。
精霊も彼女の持つ皿を下から支えようとしているが、君はそれ、手伝いになっているのかね。
「早起きですね?」
「いつもこのぐらいの時間に起きてますから。」
なんてこった。この時間割がマジョリティ側になるとは。
「夏樹。」
「はーい。」
天板に置かれた料理たちも、三人がかりで運べば一瞬で終わる。
トーストにサラダ、目玉焼きと牛乳。
シリアルや、時間がなければ何も食べずに過ごすようないつもの朝ごはんと比べるととんでもなく健康的だ。
回覧板を持っていった父さんの分も運んだら、結局机の上はパンパンである。
三人で帰ってくるのを待つ間ぼーっとテレビを見ていると朝の天気予報が流れる。
まさか汐乃島の天気予報が流れるわけもなく、県の天気予報にはなるが大体は同じだ。
雨雲レーダーもあるし。
「お、今日は晴れか。」
フィルネリアさんにこの島を紹介するのには晴れの方が都合がよかろう。
雨は雨で楽しいとはいえ、まずはベーシックな楽しみ方を知ってからだ。
彼女の方を見ると、わくわくした表情を隠さずこちらを見つめ返す。
精霊さまさまは窓から外を眺め、太陽の光を浴びてご満悦である。
喜んでいそうでよろしゅうございます。
しかし、そんな観光は業務外の話。
業務自体は晴れでも雨でもやることがたくさんある。
「一通り教えるき、夏樹は今日中に思い出しや。」
「んな無茶な。」
ある程度は体が覚えているとはいえ、細かな作業なんかは流石に聞かなければ分からない。
少なくともフィルネリアさんに指示を出せるほどではない。
しばらくやっていたらなんとなく掴めてくるとは思うが今日中には無理がありすぎる。
「わ、私も頑張ります。」
「あんたはゆっくり覚えてったらえい。」
ぷるぷると震える拳で意気込むが、母さんも流石にそこまで鬼じゃない。
木の世話をしていたとは言っていたが、一般的な樹木と果樹では目的が異なるのでそのまんま活かすというわけにはいかないだろう。
まあ、本当にやったことがない人よりかは覚えがいいとは思うけど、時間をかけて育てていくというのは人も樹も変わらない。
あの遥にすら何年もかけて叩き込んだのだ。経験者に教えるぐらい訳もない。
「どのみち今日は思い出しながらの軽い作業になるから、ちゃんと教えられるのは明日からだし。」
自分も騙し騙しやりながらフィルネリアさんの面倒まで見るのは難しい。
勿論分からないところや不安な部分は全力で助けに入るが、付きっきりで教えるには覚えてないことが多すぎる。
「じゃあ今日は練習のつもりで頑張らせていただきます。」
「それがええ。」
何事もまずは見てから学ぶのが大切である。
ほとんどないが危険な作業もあるし、初日はそこまで頑張らないでいただけると助かる。
しかしなんにせよ、まずは俺が作業を思い出さないといけない。
彼女の隣で一緒にレクチャーを受ける羽目になったら中々に恥ずかしい。
自分の名誉のためにも頑張らなければと謎のプレッシャーを受けているとようやく父さんが帰ってくる。
「なんじゃ、食うとらんかったんか。」
そう言って右手に持った朝刊をぽいと棚に置き、胡座をかいて座る。
「じゃあ、せっかくやき挨拶してもらおうか。」
ぱちん、と手を合わせたままにフィルネリアさんに顔を向ける。
それは、つまり彼女に音頭を取れということで
「なんでそげんこつ急に言うかね。あの、普通に言うだけで大丈夫ですから。」
「あ、いえ、大丈夫です。せっかくですから。」
咎めるようにそう父に言い、もう自分で言ってしまおうかとすら思ったが彼女の意思は固かった。
昨日はなんだかんだとゆるく集まったが、ついに今日から仕事も始まる。
つまり、お客さんから従業員に変わる。
「今日からここで働かせていただきます、フィルネリア・レグナシエルと申します。果樹園のお仕事は慣れないことばかりかとは思いますが、精一杯頑張らせていただきますのでよろしくお願い致します。それでは、いただきます。」
「いただきます。」
彼女の挨拶は簡潔で、しかしそれが心からの言葉であることは聞いていたら分かる。
結局、両親は彼女がエルフであることも、すぐそばに小さな精霊がいることにも気づいていない。
彼女も俺も、わざわざそのことを言うつもりはない。
知っている人は少ければ少ないほどいいだろう。
単なるアルバイトの一人として、この島に、この家に、馴染むことはできるのか。
それはこれからの頑張り次第だ。
「おいしい?」
「ん?おいしかけどなんで?」
ぱくりと目玉焼きをトーストに乗せて食べはじめたところで母さんに尋ねられる。
そりゃあ普通に美味しいが、本当に普通の目玉焼きトーストである。
いったい何が違うんだと思いながら顔を上げ、こちらをじっと見つめるフィルネリアさんに気づく。
「まさか。」
「作ってもらったがや。」
うんうんと頷いている彼女に、どうりでエプロンを着ていた訳だと合点がいく。
運ぶだけなら必要ないのにと思っていたがそういうことだったのか。
というか母さんが作る前から起きてないと代わりに作れないけど、本当に何時に起きてたんだ。
「夏樹より働いちゅう。」
冗談混じりにそう言う父さんも、母さんと変わらないぐらいに起きているから知っていたはずだ。
まあ確かに今のところ何もしていないのでそうなのだが、その時間はまだ寝ていたのだ。
「働いて欲しいならもっと遅い時間に起きてよ。」
こっちは普通の生活リズムで生きてるんだから、それと合ってるフィルネリアさんの方がおかしいんだと言いたい。




